第9話 アオイワの町

 後の道中はおっさんと本当にくだらない話をして過ごした。何かしら有益な情報を探ってもよかったが、この手の男の話なんて酒の肴に出てくる冒険譚とそう大差ない。要するに当てにならないってことだ。

 そんなこんなでようやく目的地であるアオイワの町に到着した。馬車から降りて、凝り固まった筋肉をほぐすように大きく伸びをする。


「はぁ……」


 少し遅れて馬車から降りたセレスティアが、ふらふらと覚束無い足取りで歩いて行き、近くに置いてあった木箱に腰を下ろした。


「随分と楽しい旅行になったな、

「え? ……あ、はい! そうですね! ……はぁ」


 一瞬きょとんとした顔をしたセレスティアだったが、

決め事を思い出し、慌てて元気よく返事をすると、またすぐにグロッキー状態に戻っていく。

 あのおっさんが知らなかったとはいえ、セレスティア・ボールドウィンという名前を使うのはリスクが高すぎる。ということで、話し合った結果彼女の名前は新しく「セレナ」という事になった。


「じゃあ兄ちゃん、恋人と仲良くな!!」

「おっさんもあんまり酒飲みすぎんなよ」

「馬鹿言え! 飲む事こそが人生だぞ!」


 大声でそう言いながら離れていくおっさんを見ながら思わず苦笑いを浮かべる。


「……すみません、もう大丈夫です」


 馬車を降りてから三十分後、ようやくセレナの顔色が戻ってきた。


「よし、じゃあ少し町の中を歩いてみるか」

「はい」

「確認もしたい。顔を出してくれるか?」

「……わかりました」


 大きく深呼吸をし、セレナがゆっくりとフードを下ろす。普段よりもだいぶ顔が白いのは場所のせいだとして……うん、改めて見てもやっぱりものすごい美人だな。十五、六の頃だったらだらしない顔でぼけーっと見惚れていただろう。二十にもなればある程度耐性がつく。それでも心臓の鼓動が少し早くなるのは生理現象だから仕方ない。


「よし、行こうか」

「はい」


 俺の少し後ろをセレナがついてくる。俺は澄まし顔で歩きつつも感覚を極限まで研ぎ澄ませた。……彼女に視線が集まっているのは想定内。これだけの美貌だ、男だけじゃなく女からも見られるのは当然の話。問題は、彼女を見てアオイワの町民達が何を話すか、という点だ。


「お、おい……あれ見ろよ……」

「うわ……すっげぇ美人……!」

「ねぇねぇあの子……」

「え、奇麗すぎない? マジやばいんだけど」


 よしよし、誰もセレナの事を聖女だと気づいていないようだ。王都の大聖堂に缶詰めだったメリットがここで活きてる。


「お、俺……声かけてみようかな……?」

「やめておけよ。どこぞの貴族の娘かなんかだろ? 手を出したら面倒くさい事になりかねないぞ。ガラの悪いボディガードもついてるみたいだし」


 セレナの気品のある所作もプラスに働いてる。ところで、ガラの悪いボディガードっていうのは俺の事じゃないだろうな?


「教会の関係者なのかな?」

「そうじゃない? 修道服着てるし」


 …………んん?

 足を止め、セレナの方に振り返る。白を基調に青のラインが入った修道服がとても似合っていた。いや、聖女だった事を隠したいというのにこの恰好はないだろう。俺は馬鹿か。


「……セレナ、今すぐ服屋に行くぞ」

「……?」


 無表情でそう言うと、周りの人達の話声を聞いているわけではないセレナが首を傾げた。


 一時間後、町を行きかう人と遜色ない服装になったセレナと町の散策を再開する。


「随分とご機嫌だな」


 鼻歌交じりで歩くセレナを見て俺は言った。その言葉で我に返ったのか、セレナが恥ずかしそうに顔を俯ける。


「ご、ごめんなさい……教会に入ってから修道服しか着ていなかったもので、つい……」

「いや、別に謝る事じゃねぇよ」


 セレナと出会って初めて楽しそうな彼女を見る事が出来た。洋服一着なんて安いもんだ。とはいえ、元々手持ちに余裕があったわけでもなく、セレナの服を買った事で路銀が底を尽きた。これは早急に目的の場所に行って資金を工面しなければならない。

 アオイワはこじんまりとした町だった。広さ的にも王都の十分の一程度。まぁ、あそこがでかすぎるって話ではあるが、これまで中継してきたどの町よりも小さい。そのため町を見回るのにそう時間はかからなかった。


「ふぅ……やっと見つけた」


 ようやく目的の建物を見つけ息を吐く。町の中心地ではなく随分と端っこに建てられたもんだ。アオイワではそれほど需要がないのか?


「ここは?」

「冒険者ギルドだ」


 冒険者ギルド。その町に住む民から依頼を受け、それを冒険者に斡旋する場所。依頼内容は護衛から始まり、魔物の討伐、素材の収集、時には探し物を見つけて欲しいとかだったり、新魔法の実験に付き合ってほしいとかだったりもする。早い話が何でも屋だ。勇者パーティとは、より正確に言うと魔王を討伐する事を国から期待された冒険者パーティを指す。つまり俺も冒険者の一人という事だ。魔族を討伐する道中、ギルドからの依頼を受けて金を稼いだもんだ。


 ……まぁ、今の俺は勇者パーティでも何でもないただの一般人だから、冒険者かどうかすら怪しいところではあるがな。


「ここで旅の資金を稼ぐ。そして、色々揃えたところで改めて向かう事にする」

「どこへですか?」

「どこか遠くへ、だろ?」


 俺が軽い口調で言うとセレナが柔和に微笑んだ。どこへ行くにしろ先立つものが必要なの事には変わりない。セレナに差し向けられた刺客の存在が気になるところではあるが、稼げるときに稼いでおいた方がいいだろう。

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