第二章 アオイワと魔物の群れ
第8話 馬車にて
ガタコトガタコト……。
腰の痛みと戦いながら乗合馬車の荷台で揺られる。色々と迷ったが、移動は市民がよく使う馬車を利用する事にした。とにかく目立ちたくない。港まで出て船で遠くに、とも考えたが、刺客が差し向けられている以上その選択は取れなかった。万が一船上で襲われようものなら、血みどろのゴーストシップになる可能性があるからだ。俺一人であれば適当に走って逃げるのが一番早くて安全だが、連れがいる以上そういうわけにもいかない。
時折石に乗り上げる馬車に辟易しながら隣に視線を向ける。白いローブで隠れた顔は少しだけ青ざめているようだった。大聖堂に缶詰めだった聖女様にはちょっとばかしハードな逃走方法だったようだ。正直、俺でもきつい。未舗装のけもの道を通ているんじゃないかと思うほどにこの馬車は揺れる。
「……こんな汚ねぇ馬車に乗るなんて、兄ちゃん達わけありかい?」
聖女様に体調を聞こうかと思った時、前に座っているみすぼらしいおっさんが話しかけてきた。俺が胡乱な目を向けると、おっさんがすきっ歯を見せて笑う。
「そう怖い目で見んなって。こうやっておんぼろ馬車で揺られてるだけじゃ退屈だろ? 他愛のない世間話の一つくらいしたくなるってもんだ」
その言葉を無視しておっさんを注意深く観察した。どうやら凶器の類は持っていないらしい。仮に魔法系のジョブを持っていたとして、詠唱される前に喉を潰せば問題ない。恐らく、本当に暇つぶしで話しかけてきたのだろう。さて、どうしたもんか。別にこのまま無視し続けてもいいが、ちょっと確認したい事もあるし、ここは会話に付き合うか。
「魔導馬車を愛用する金持ちに見えたか?」
「お前さんはこの安い場所がお似合いだが、隣の小綺麗なお嬢さんはな」
セレスティアが俯いたままピクッと反応する。さりげなく肘で口をきかないよう指示をしつつ、少しだけおっさんの方に身を乗り出した。
「意外と見る目があるんだな。こいつは下級貴族の娘だよ」
「へぇ? 下級貴族の娘さんがなんだってこんな馬車に、しかもこんな仏頂面の男と一緒にいるんだ?」
「こんだけ乗り心地が悪きゃ誰だって仏頂面にもなんだろ。まぁ、なんでこいつがここにいるのかっていうとあれだ。どうにもこいつの親父さんはわからず屋でな。俺みたいな甲斐性なしと一緒になる事を全然許しちゃくれねぇんだ。だったら汚い馬車でも文句言わずに乗るしかねぇだろ」
「ほっほう! 愛の逃避行ってわけかい! いやー! 若いっていいねぇ!」
再びセレスティアが反応する。不本意だろうがここは我慢してくれ。平民と落ちぶれ貴族の娘が駆け落ちしたっていうシナリオが、この場合だと一番しっくりくるんだ。
「そうなると、キンタッケーの貴族さんかい?」
「いや、バージニアだ。細々と乗り継いでやっとのことでここまで来たのさ」
「へー、王都の貴族さんかよ! そりゃ随分と高貴な身分じゃねぇか!」
「住んでたのは王都のスラム街に近いところだったけどな」
「あー……じゃあ本物じゃなくて見栄っ張りの方か。おっと、こいつは失言だったな。すまねぇ」
「かまわねぇよ。今の俺とこいつには関係ない話だしな」
王都に住んでいる貴族は国の運営にも関わる重鎮ばかりだ。そんな娘を強引に連れ出したりなんかしたら一大ニュースになってないとおかしい。上級貴族に憧れた没落貴族くらいにしておく方が都合がいい。
「それならアオイワまでいきゃ安心だな。流石にそこまでは親父さんも追ってこないだろう」
「アオイワ……この馬車の目的地か」
「あぁ、そうだ。何の特徴もねぇ小さな町さ」
おっさんが自分の袖をごそごそと漁りながら言った。そして、ところどころ錆びてる銀のボトルを取り出し、ごくごくと小気味よく喉を鳴らす。
「しっかし、王都からだと結構な長旅だったんじゃねぇか?」
「あぁ。一週間ずっと馬車に乗りっぱなしだ。流石にけつが痛ぇよ」
「ははっ! こういう馬車に乗る時はマイ座布団を持参するのが常識だぞ!」
「次からはそうする事にするよ」
愛想笑いを含めながら適当に話を合わせる。さて、そろそろ本題に入るとするか。
「……それにしても、この辺は随分と田舎っぽいな。王都とは大違いだ」
「天下のバージニアと比べたらどこだって田舎になっちまうだろうよ」
「それに素朴な女性も多い。分厚い化粧と派手な衣装で着飾った王都の女とはえらい違いだ」
「おいおい、隣のお嬢さんが怒り出すぞ?」
アルコールの匂いをさせながらおっさんが笑った。
「確かにこの辺りは素材そのままの女が多いな。だからこそ、美人もいりゃブスもいる。あんまり大きな声で言ったら刺されかねねぇけどな」
「そりゃ王都も一緒だ。とはいえ、あそこは王都だから、女を彩るあらゆる物資が集まってる。だから、美人は半端ないくらい美人だぞ? まぁ、それが本当の姿か怪しいけどな」
「ベッドの上じゃ化けの皮が剥がれるってやつか? くくっ、例えそうだとしても、一生に一度くらいはお相手してもらいてぇもんだけどな」
俺はおっさんに気づかれないようセレスティアに合図を送る。今から俺が何を言おうと絶対に反応するな、と。
「おっさんじゃ見た事ない美女だってあそこにはいるぞ? セレスティア・ボールドウィンって知ってるか?」
「セレス……誰だそれ? 有名人か?」
煙草を咥えながら眉を曲げるおっさんに、俺はにやりと笑いかけた。
「セント・ニコラス大聖堂にいて、絶世の美女と名高い聖女様だよ」
「あー……そういや、王都の教会にえらい別嬪がいるってのは聞いたことあるな。そんな名前だったのか」
おっさんの反応を確認しつつ、他の乗客の反応も確認する。それで俺は確信した。この辺りじゃセレスティアを詳細まで知っている者はいない。
「そのセレスなんちゃらさんは兄ちゃんの目から見ても最高の女だったのか?」
ようやくセレスティアの身を隠さずに行動できると、少しだけ気が楽になった俺は満足げに笑う。
「何言ってんだよ。最高の女がその聖女様だったら、俺はこんな馬車に乗って逃げたりなんかしてないって」
「惚れた女が最高の女だってか。かー! ご馳走様だよ馬鹿野郎!」
俺の隣に座る、フードを目深にかぶったセレスティアを見ながらおっさんが言った。王都から結構離れたところまで来た甲斐はあった。この感じならアオイワの町で色々と準備をする事が出来るだろう。旅をするには俺もセレナも手ぶら過ぎる。
そんな思いでちらりとセレスティアの方へ視線を向けると、馬車酔いで青白くなっていたはずの頬が、なぜか少し赤みがかかっていた。
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