『壊れる』力 2
……一つ問題があるとすれば……
「いぎ?ようそ?言葉にするとそんな感じなの?」
私自身が、本当にそれが正しい表現なのかを判定することが出来ないことだろうか。
納得できるような……できないような……私の感覚的には合っているのだろうか。
きゅっとしてどかーんというか……指先に力を込めて、中身だけを割るみたいな……そういう感じのイメージで行っている『能力』の結果が、お兄様の言っていることなのだろう。
「ごめん。お兄様、もう少し詳しく教えて」
どちらにせよ、私の教養では理解しにくい領域だ。自分の能力を客観的に知るためにも、この話題は深掘りする必要がある。
ゆっくりと頷いたお兄様が唇に人差し指の第二関節を当ててから、数分が経った。そこまで考える必要があるのか、とも思ったのだが……この静寂でその疑問は取り払われた。
魔術の勉強の際に知ったことだが……私の持っているような『能力』というものは、『魔術』を極限まで習熟したり、精神的なダメージを受けることで、常識的にできないことを実現させる行為らしい。
つまり、根底が魔術であるために、能力も『認識によって多数の可能性を生み出す』ものなのだ。イメージを固定させれば発展は無い。
そんなものを解説させようとするのだから、言葉を選ぶに決まっている。
しかも、お兄様は私が暮らす屋敷の中で、唯一『能力』と呼べるようなものを持っていないのだ。(私が見たこと無いだけで、持っている可能性はあるが)
お姉様は『未来を観測する』能力。メイド長のセッカは、『心の声を聞ける』能力(私の声は聞けない)……そして、司書の空さんは、『魔法』と呼ばれる『魔術で実現不可能な行為を自由に使えるようにした』という功績を考えれば、『能力』を持つ人間と言って差し支えない存在だ。
……そっか。だからこそ、この三人は私の『能力』のことを教えてくれなかったのかもしれない。自分自身が『普通』できないことが出来るからこそ、他人の持つ『異常』には踏み込めないのだ。
そういう意味では……お兄様がいてよかった。こうやって私の事を理解しようと、『異常』に触れようとする『普通』の人だから。
いや……自分から危険に入ってくる人は『普通』じゃないんだった。
夜風が私の身体に眠気を誘わせ始めた頃、ようやくお兄様は言葉がまとまったらしい。
まぁ、食べかけだったご飯を食べ終わった頃なので、実際は二、三十分くらいしか経っていないのだが、お兄様にしては熟考したほうだ。
「フィリア様の力は……普通よりも、いろんなものを『壊す』ことが出来る。という感じなのでしょうね」
お兄様が出した結論は、結局ふわふわした曖昧なものだった。
実際、こういう表現以外できないだろう。だって、私の力加減でどの様にも『壊す』ことが出来るのだから。
もう一度、お兄様のメモ帳の紙を持ち、「パキ」と、壊す。
紙は、まるで砂粒のように私の持つ部分の反対側から崩れていった。
懐かしいな。一人ぼっちのとき、こうやって色んな壊し方をしいて遊んでいたんだっけ。三ヶ月くらい経ってから、飽きてやめちゃったけど。
「……お兄様も、私と同じ意見なんだね。言葉は違うけど」
「フィリア様の言い方だとどうなるんですか?」
「そんなに変わらないよ。ただ……『何もかもが、壊れやすい物に見える』って感じかな」
「悲観的だし……なんだか、壊れそうなところが見えるみたいな言い方ですね」
「……実際、そうだよ」
「……え?」
驚くお兄様をよそに、ゆっくりと眼を閉じる。眼球に血が巡り、目がじんじんと痛む感覚を覚えた時に眼を開けると……私の視界に、新しい景色が現れた。
「別に私は、ただ触れるだけで『壊して』いる訳じゃないんだ」
視界に映るのは、お兄様と、私たちを照らすランタンに、それらをすべて包み込む木。
そして……それらの内部に映る『ヒビ』だ。いや、浮き上がっていると言った方が正しいだろう。
暗闇よりもさらに深い、黒く、鈍く光る線。 まるで生きているようにうねる、ヒビの先は私も分からない。少なくともこれの先を知ろうと触れた時には、もう無いからだ。
これが、私がこの『能力』を自覚した瞬間に現れ、すぐに見えないように鍛えた視界だ。
ため息一つと、瞬き。
久しぶりに視たけど……やっぱり、いつ見ても気持ち悪いものだ。
まぁ……一ついいことがあるなら、この壊れやすい場所は意図的に視ないと、同じ場所に触れても効果がないことくらいだろうか。
「フィリア様の『能力』は……分からない事だらけですね」
胸に多量のヒビを浮かべていた私の執事は、興味深そうに呟いた。
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