『壊れる』力
「それで、どういう
木を下りたお兄様は、落としてしまった馬車の荷物を再度外に運び出しながら、さっき私が起こした怪現象の説明を求めてきた。
「あぁ。それはね……」
……あれ。どうやってあんな事をしているんだろう。
簡潔に言うならば、さっきの現象は、私の能力で自分と行きたい場所の間にある『距離』を『破壊』することで、疑似的な瞬間移動を行っているのだが……
これでは納得はできても実感はできないだろう。なんというか……化学式の記号だけを見て物質の特性を丸暗記しているみたいな……頭に残らない説明になってしまいそうだ。
もっと実演を交えるような……例え話が出来ればいいけど……
「別に無理して説明しなくてもいいですよ?『そういうことが出来る』ってだけでも僕は、『僕にはできないことが出来て凄いですね』と、言うだけなので」
「ありがと。でも、出来る限り伝えてみたいんだ。もう……極力一人で抱え込むことはしたくないし」
「フィリア様……」
ふふ、お兄様というよりは、お母様みたいな喜び方……している気がするな。
わざわざ何かの支柱を四方に置く作業を止めてまで、私の事に喜びを隠さないなんて、本当に私のことを大切に思ってくれているのだと実感する。
ここまで私のことを想ってくれた従者なんて、それこそ……あれ、何て名前だったかな。
……
いや、今は私の起こした現象の説明が先だ。
せっかく私の事を知ろうとしてくれる人が目の前にいるのに、顔も名前も思い出せない過去の従者の事なんて考えるのはもってのほかだ。
……意外とお兄様、嫉妬深いし。
結局説明の方法を思いついたのは、お兄様が就寝スペースを作り終え、料理を作り始めた時だった。
まぁ、お兄様も悪い(?)。支柱から微小な風を引き起こすことで、外部からの虫の侵入を防ぐ簡易結界だったり、植物や月光から発せられる魔力を吸収して半永久的に明るさを担保するランタンだったりの原理を分かりやすく、簡潔に説明してくれるせいで自分の思考を何度乱されたことか。
屋敷で勉強していた時もそうだったが、お兄様は教えるのが妙に上手かった。意外とお兄様は過去に旅先で、家庭教師でもやっていたのだろうか。
今日の夜ご飯は、昼間にお兄様が作っていたという『ウメボシ』?が中に入ったおにぎりと、ヴィシソワーズ(いもがベースの冷製スープ。具は入っていないから、いもの甘みが引き立つシンプルな味わい。ミソシル、コンソメスープの次くらいには好きなスープ料理)。
お兄様曰く、「この近くは草原しかないので、火を使わない簡単な料理にしました」とのこと。確かにここで火の不手際を起こしたら、一面が熱のカーペットと化しそうだ。
「はむ……むぅ!しゅっぱい……」
両手で持ちながらおにぎりを食べ進めていると、唐突にきゅう。と口の中が締まる酸味があふれてきた。なるほど、この赤色の果実のようなものがウメボシか。少しびっくりしたが、お米の甘みが強調されて悪くない。スープで口直しが出来るし、折衷料理も悪くない。
「……そうだ。お兄様……はむ……はのへんはへど」
「あ、説明案がまとまったんですか?」
「むぅ……うん。紙とペンを用意してくれる?」
「あぁ、どうぞ」
お兄様が腰に付けたポーチから手渡してくれた。
さて、説明を始めることにしよう。
「お兄様って、私の『
罫線のついていないメモ帳を一枚ちぎりながら、私はお兄様に説明の前提を、一応聞いてみた。
「もちろん。フィリア様は手に触れたものを『壊す』魔術……いや、僕が知っている限り誰も使うことが出来ない魔術なので、『魔法』と言ってもいいかもしれない代物を、貴女は……物心ついた時から持っていた。これで合っていますよね?」
私はお兄様の言葉に頷きながら、紙を一枚人差し指と中指で挟み──
──パキ
「合ってるけど、ちょっと足りないかな」
それを、『壊した』。
と言っても、何か紙の状態が変わったわけでも、砕け散ったわけでもない。
一見すれば何も変わらない、白い紙だ。
「お兄様、この紙に文字を書いてみて」
紙を手渡されたお兄様は、私の発言通りに紙に文字を書こうとペンを走らせた。
「……?書けない」
少し変な言い方だが……どうやら、正しく『壊せた』ようだ。
ペンは正しくインクを出し、紙を黒く染文字や模様を描いているにも関わらず、紙は白紙のまま、変わらない。
「仕方ないよ。だって、この紙は『壊れて』いるから」
「……なるほど、確かに何でも壊すだけなら、この紙を破ったことも壊れる事に分類されますが……フィリア様のそれは、そんな次元じゃない」
そう言うと、お兄様は紙の香りをかいで、頷いた。
流石はお兄様。すぐに私の言う『壊れる』の本質を見抜き、確信に至ったみたいだ。
「フィリア様は、その物質が存在する『意義』や物質が持つ『要素』すらも『破壊』できるんですね」
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