『壊して』も届かない空に
「っつ!フィリア様!」
木の下から、がらがらと物が落ちると共に、草を踏み荒らす音が聞こえてきた。
慌てるのも無理はないだろう。私がこの『音』を出してしまった時は、きまって私に何かの問題が起こっている状態だったのだから、否が応でもこの音に過敏になる。
やっぱり、この『能力(ちから)』の練習をこっそりするのはやめておくべきだったかもなぁ……
「ここだよ、お兄様」
葉の隙間から通すように声をかけてみる。
「……旅の最中は、目の届く範囲に居てもらわないと困るのですが」
お兄様は、私の位置にようやく気が付いたようで、木陰の外へと出て、呆れたような声で、見上げながら話しかけてきた。
……?一瞬お兄様が視線を逸らした。
そういえば、今私はドレスを着ているから、この位置からだと『見えて』いるのか。別にペチコートだから、気にする必要はないのに、そういう所はませている執事だ。
「お兄様も来る?ここ、いい景色だよ」
枝を軽く叩き、隣に座る事を誘うと、お兄様は唇を少し締め、しかめるような顔をした後ため息をついた。
「……二、三分だけですよ。少し待ってくださいね。……『
「ううん、魔術は使わなくていいよ」
足元に帯びる風を口で制止すると、お兄様は魔術を解除し、首を傾げる。
それはそうか。木陰に選んだ木は、指さした時は比較できるものが近くにできるのもが無かったので分からなかったが、馬車が埋まってもまだ影のスペースがあるほど大きな木なのだ。どう見ても真面目に木登りしていない私が、一瞬で上るには魔術を使うくらいしか『普通』はできない。
「……フィリア様?どこを見ているんですか?」
だが……残念なことに、私はそんな『普通』じゃないことができる、『悪い子』なのだ。それなら、その力を使ってちょっと悪いことをしても、仕方ないことだ。
……うん、残ってる。
せっかくだから、お兄様にも直に体験してもらおう。
「お兄様、私が見ているところ、来れる?」
「……?はい、できますが……」
怪訝そうな表情のまま、首を動かさずとも、目が合う位置にお兄様が向かう。
その位置なら簡単な指示が出来そうだ。
「そのまま一歩下がって、前に飛んでみて」
半信半疑のまま、お兄様が言われた通りの動きをした次の瞬間。
「うわっ!」
お兄様の姿が地面から消えると共に、草木が大きく揺れる音が聞こえた。
「あ」
横を見てみると、骨や筋の浮いた右手だけが、震えながら枝を掴んでいた。
『座るような体勢で着地するように飛んで』と、指示すべきだったかもしれない。
「……いい景色ですね」
「えっと……ごめんね、お兄様。危ない目に遭わせちゃって」
お兄様は自力で登れそうな雰囲気だったので、余計に申し訳ない。
「別に……気にしていませんので」
……その間は、気にしてないと出ないよ、お兄様。
それにしても、夜の空はまた、別の美しさがある。
普段は屋敷の寝室で少し見える月を見る程度に過ぎなかったが、平原で見る夜空は、ここまで粒のような光がひろがっているのか。
特に、帯のように広がる光の川。たしか……ミルキーウェイ(天の川)と言う名前だっただろうか。
黒い空を切り裂くように映る景色は幻想的で思わず呼吸を忘れてしまう。
……やっぱり、ここで手を伸ばしても届かない。この空は、どこまで先に続いているのだろう。まぁ、届いたところで何か出来る訳ではないが、何もできないからこそ知ってみたい。
「いつかは……空に手が届くまでの『距離』を、『壊せる』ようになるのかな?」
「……高いところが苦手な僕は、ついていけなさそうですね」
「……え?」
「降りても……いいですか?」
今にも泣きだしそうな顔のお兄様は、私に懇願するように聞いてきた。
「……無理させて、ごめんね」
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