初めて見る、夕焼け
眼の奥まで鼓動が響くほどに景色を堪能し続けていると、やがて青かった空に橙が現れ始めてきた。これが、夕焼けの始まりなのかな?
紙に絵の具が染みていくみたいに、ゆっくりと、見続けないと分からないくらいゆっくりと侵食していく橙が空の色を幻想的に照らしていく。雲の影が深くなっていく。
ページを捲れば、切り替わっていた空は、実際はいろんな過程を抜いたものだったのだ。
「そろそろ、どこかで休憩しましょうか」
後ろからお兄様の声が聞こえ、木の床が軋む音の後、幕の捲れる音が聞こえる。
どうやらお兄様は運転席へと戻ったようだ。
せっかくなので、私も首だけを前方の幕から出し、進行方向の景色を見てみる。草原の左側に、木陰になりそうな木が一本生えていた。
「お兄様。あそこ、丁度いいんじゃない?」
見つけた木の方向を指差し、お兄様に提案してみる。
「ですね。今日はここで一晩過ごしましょう」
お兄様も同意してくれたようで、すぐに手綱を握り直すと、手綱の先から回路のような刻印が、ホースに水を通したように馬車内に一瞬浮かび上がり、馬車はゆっくりとその場で方向を変えた。
おそらく車輪のみを動かすことで、このような芸当を発揮しているのだろう。馬がいない魔道具の馬車ならではの移動方法だ。
「でも、この先道路がないけど大丈夫なの?」
「念の為空転しないように、錬金術で車輪にゴムを一時的に装着してので大丈夫です。それに、『春風』側も対策でいているでしょうし」
後部に戻り、後ろの車輪を確認してみると、馬車の車輪の幅が大きくなっている。荷台を見直すと、予備の車輪が無くなっているので、車輪を繋げることで幅を広げているのだ。
なるほど、それなら道余程ぬかるんでいない限りは走破できそうだ。
草木が擦れ、千切れる音をしばらく立てていると、やがて馬車が止まった。
仕切りを外し、降りてみる。
さく。
柔らかすぎず、硬すぎない。踏み心地のいい地面だ。
おまけに心地よい風も吹いてくる。ここなら気持ち良い夜を過ごせそうだ。
「少し待っていてくださいね」
馬車を木陰に停め、手綱を外ているお兄様がそう言うと、馬車の荷台の中へと入っていった。おそらくここで一晩過ごすための道具を揃えているのだろう。
せっかく立ち止まったのだ。三百六十度見渡せる今の景色を堪能しよう。
目を瞑り、深呼吸をする。
草原の爽やかで、暖かい香りを体に循環させた後、目を開く。
綺麗な景色だ。
夕焼けの橙の占有はいつの間にか終わりを迎え始めており、不鮮明な境界線で黒と紫のコントラストを作り始めている。雲はまるで火の欠片を固定させたかのような陰影を作り出し、一日の終わりを表わすかのように、風に流されるその様子は、どこか儚さを感じさせ、この一日をもっと楽しみたかったという感情を心の片隅に作り出した。
だが、それは後悔ではない。また、明日も楽しめばいいという思考に起草させる、新たな一日を待ち遠しく思わせるような斜陽だった。
もう少し、高いところで見たら、どうなるだろうか。
そうだ、せっかく近くに木があるのだから、そこに上って見てみよう。
体重を支えられる丈夫そうな木だし、丁度いい。
私は、少し木から離れ、木の頂点が視界から隠れるように手で覆った後……
──パキ
手を握ると共に、音を鳴らした。
硝子がひび割れるような音。私の人生を悩ませた耳障りな音。
だが、今となっては慣れっこだ。
手を普段の位置に戻し、一歩踏み込んで前に飛ぶと……
がさ。
お尻に、硬い木の感触が触れる。
地面にいた私の身体は、木の頂点の枝にあった。
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