未知の世界に指差して
がらがらがら……
「お兄様、この花は?」
「シロツメクサ。いわゆるクローバーと呼ばれる花ですね」
「じゃあ、その近くにいる羽の節が曲線になってる蝶は?」
「たしか……ソヨカゼアゲハだったかな……ちょっと待ってくださいね。はい、ソヨカゼアゲハで合ってます。自身で微小な風を引き起こすことで、動きをさらに不規則にしているから、今にも墜落しそうなほど乱高下しているんですよ」
「虫も魔術を使うんだ」
「なんならお花も魔術的現象を引き起こす種はありますよ。もちろん普通の草花もありますが……お、バルーンフラワー(キキョウ)だ。珍しい、ここに生えてるなんて」
「当たり前だけど……私の知らないお花や虫が、外にはいっぱい広がっているんだね」
「えぇ、ここは掛け値なしに美しい場所ですから」
馬車の後部に腰掛けながら、私は目の前に溢れる未知の
観光用の形態も乗り心地は悪くないが、やっぱり風や匂いを直接感じられる布張りの状態で見るのが一番いい。
『春風』ちゃんには……悪いことしちゃったなぁ。また戻してって伝えた時、わざわざホログラムまで出して私に不服な表情見せていたし。
まぁ……人間で考えるなら、いきなり「身長を二十センチ伸ばした後に戻せ」って言っているようなものだから、嫌な顔をされても仕方ないか。
交換条件として変形分の魔力パスを与える事を私に要求してきたあたり、この馬車にとって、私は『お兄様のお客さん』くらいの扱いなのだろう。
幸い、この馬車に構成されている木材そのものが回路となっているので、こうやって肌が直接触れているだけで魔力供給となるのは、楽だ。
しばらくすると、ぱちっ、という音と共に、木材が静電気のような衝撃を発し、私の手のひらが反射的に離れる。
「『もう十分貰った』、らしいです」
私の様子を見たお兄様が、『春風』の言葉を代弁した。二分くらい魔力を渡すだけでいいなんて、この子は燃費がいいみたいだ。
「くぁぁ……意外とあっさり終わったね」
「……普通の人間なら眠っちゃう速度で吸っていましたけどね」
なるほど、さっき出た欠伸は、風に撫でられた眠気ではないみたいだ。
「それにしても……お兄様は動植物に詳しいんだね」
知らないものの名前を聞き、それを名称と共に簡易的な説明を受けること数度後、ふと、気になって聞いてみた。
旅人だから当たり前だ、と言われたら元も子もないが、それでも野生に存在する生物を目視だけで判別することが出来るのはなかなか難しいことだと思うのだが。
「旅先の本屋さんで、よく図鑑を読んでいましたからね。短時間ならともかく、長時間と考えると図鑑が一番なんですよ。絵も描いてあるし」
私の後ろ、荷台の中で何かを書き記していたお兄様は、ペンを置き私に答えた。
少し共感できる気がする。というより私と同じなのかもしれない。
私の場合は、それが絵本であり、それが少し広かっただけだ。
「お兄様、絵も好きなの?」
「写実的な絵は、よく見ますね。デッサンの濃淡で描かれた生き物を見て、色を予想し、実際に見て感動を覚える。僕は抽象的な芸術には疎いですが、こういう楽しみ方もなかなかおしゃれなものだと思ってますよ」
「特に好きな動物のイラストとか、あるの?」
そんな私の質問に……
「ふふ、何が好きに見えますか?」
左耳辺りに付けてある、様々な宝石が埋め込まれた蝶の髪を揺らしながら、お兄様は口元を膝に載せた腕で隠して答えた。
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