ひとひねりの寄り道は、


 籠った車輪の音を聞き続けること数分間だろうか。流れる木々に飽きかけた所でようやく、村の出口が見えてきた。

 天然の樫のトンネルは、暑さをしのぐには丁度いいが、隙間の光に目を眩まされてしまう。

「そうだ、フィリア様。国に向かう前に少し寄り道をしてもよろしいでしょうか?」

「え?また寄り道をするの?」

「そんな面倒そうな顔をしないでください」

「寄り道ばっかりだと、予定を過ぎちゃうじゃん」

「ですね。実際、寄り道含めて一か月の到着予定ですから」

 ……そこまで織り込み済みなら、私はもう何も言えない。

「いいもん。どうせ私は屋敷の外に出たらただの女の子ですよー」

「そうですね。誰もが振り向く、ただの美少女です」

「……照れ顔期待してるんだったら、期待しないほうがいいよ」

 別に謙遜する気は無い。実際、お兄様の前に私の執事をしていた人達も、例外なく私を見た瞬間言葉を失い、私の姿を見つめていたのだ。あの時の私を考えるのなら……畏怖も含まれていたのかもしれないが。

 なんならお兄様も、初めて逢った時は同じ反応をしたのだ。これで変な卑下を入れれば逆に失礼になるだろう。

 まぁ……正直こんな言い方をしているお兄様自身も、中性的で、整った顔立ちをしているが。従者を決めているお姉様は、面食いなのかもしれない。


「あ、そろそろ出口ですよ」

 景色の繰り返しを見ながら他愛ない会話を交わしていると、ようやく隙間からではない真っ当な日差しが当たり始めた。どうやら先に広がっているのは草原のようだが、窓越しからでは窓枠によって絵画のように縁どられ、色鮮やかな揺れ動く緑の絨毯しか見えない。

「それで、何処に寄り道するの?」

 お兄様は、優しく笑って答えた。

「馬車の横にあるドアを捻り、押す。たった数秒の寄り道です」


 お兄様の言葉通りにドアを開けた瞬間、密閉され、窮屈さを感じさせる室内の空気が、涼風と共に、取り払われた。

 入って来たのは、青く、爽やかな草木と日の香り。それらは軽い眠気を感じていた私の眼を広げ、吸った息を飲み込ませた。

 そうか、お兄様が馬車を開放感のないものへと変形させたのはそういう事だったのか。

「外に、出ないんですか?フィリア様」

 心が、胸の奥が振動し始めた時、お兄様がわざとらしく質問する。

 分かっているくせに。新しいものを見るたびに感動し、感情があふれ出てしまう私が、この扉を何気なく開けてしまえば、喜びでどうにかなってしまうことなんて。

「すぅ……ふぅぅ……」

 入り込んだ新しい空気を吸い、肺で味わった後に吐き出す。柔らかく、循環する外の空気。これを吸って、気持ちを落ち着かせないと。

 とくん。とくん。

 うん……大丈夫。私の鼓動はうるさいままでいい。

 がちゃり。

 私はゆっくりと馬車の扉を開け、軽く飛びながら降りた。

 粒のある、踏みしめられた地面。土で出来た道の先に広がっていた景色は……

「すごい……これが、『外の世界』なんだ……!」

 どれだけ手を広げても、包み込めない無数の草木や花々が、風によって波打つ絨毯と、どれだけ足を地面に離しても届かない、蒼いキャンバスと白い綿に囲まれた天井。

 人が描いたもの絵本では表現しきれない、私が思わず無邪気に目を輝かせ、その光が頭の中を通り抜けるかのような、光景だった。

 


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