旅の前には紙束の山
「『死亡証明書』は、二枚でいいですかな」
「いえ、一枚で十分です」
「なら、『生存証明書』の発行も……」
「はい、大丈夫ですよ」
「はっはっは。流石は領主様の執事様ですな」
あくびをしながら村の風景を眺めていると、なんだか物騒な書類の名前が聞こえてきた。生存証明書は何となく理解はできる。だが、死亡報告書を書くというのは意味が分からない。今から旅をするというのに、なんとも縁起の悪い書類を書くものだ。
家の中に入り、かりかり、と金属製のペンで書きこんでいる紙を見てみる。
確かに、『死亡証明書』と書かれている。
苗字が空白で、名前に『月詠夢』と書かれている書類には、活字で細かい字が大量に記されていた。
直近三か所の来放地や、これは……持病を持っているかを書く所……みたいな普通の旅行で確認の必要がありそうなものの中に、『正式死亡想定期間』みたいな素っ頓狂な記載箇所が当たり前のように書かれている。
「……なに?この書類」
手慣れたようにさらさら書き連ねるお兄様に聞いてみると、お兄様は淡々と答えてくれた。
「『死亡証明書』。端的に言うなら、『旅の最中、あらゆる事故、傷害は自己責任であり、旅行内で一定の期間『生存証明書』が提出されなかった場合、正式に『死亡』したという扱いを受けることを承認する』ことを……報告する書類ですね」
「……変な書類」
「旅人には必須な書類なんですよ?いつ死ぬか分からない『旅人』という職業の都合上、『どのような人材を失い、どのような功績を建てたのか』を証明する貴重な資料となるんですから。まぁ、フィリア様は旅人ではなく観光客として書類上通す予定なので、一枚だけで済むのは助かりますね。『死亡証明書』は、一回目の書類を書くのに二日かかるとまで言われるほどの文章を書く必要がありますから……っと。はい、村長さん。書きあがりました」
金属ペン特有の少し重みある音が家に軽く響く中、お兄様は『死亡証明書』を対面に座る村長に手渡した。受け取った老人も、これまた手慣れたように書類を確認した後、軽く頷いて、
「ありがとうねぇ、すぐに生存証明書と、『預かりもの』を持ってくるから少し待ってなさい」
と言い、ゆっくりと、部屋の奥へと消えていった。
「旅人って職業なの?」
家の奥で、箪笥を探る音が微かに聞こえる中、私は、お兄様が書類を書くときにしていた発言の一つにふと疑問を持ち、質問をした。
「職業……というよりは、ボランティア団体に近いかもしれませんね。国から国へ移動する人間の中で、非政府組織(特定の国家の企業や法人に属すことない、公認組織)である『旅人協会』に加入している者が、『旅人』と定義される職業の人間なんですよ。まぁ、国内に住む人にとってはそんなものが無くても国の外からくる人間は大体旅人か行商人扱いされますがね」
「『旅人』が職業なのは分かったけど……具体的にはどんなことをしてるの?」
「それは……口で説明するよりも、実際にみた方がわかりやすいですかね。まぁ……そんなそんな時間は無いですが」
足音が近づいてくる。どうやら、探し物は見つかったらしい。
「待たせましたな。では、書類と、『預かりもの』ですよ」
村長がそう言って机に置いたのは、『生存証明書』と、輪の付いた、革製の綱だった。
「本体は、家を出て左にある小屋に置いてありますので。それでは、良い旅になることを少なからずですがお祈りさせていただきますよ」
「はい。安らかな旅路になるよう努力いたします」
深々と礼をするお兄様を見て、私は少し遅れながら頭を下げた後、お兄様に連れられて村長さんの屋敷を出た。
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