旅の一歩の感触は


「じゃあ。そろそろ行くね、お姉様」

「えぇ。貴女達に幸福が訪れますように」

 私が屋敷の玄関前で自分の癖毛をくるくると回すお兄様の所へと向かう寸前、お姉様は言葉と一緒に何かを手渡した。

 妙に硬く、小さな袋だ。蝶結びっぽいけど……二重になった紐で綴じられている。

 作りはシンプルだが、表側には『幸運(ルッカ)』と刺繡されており、中に何かが入っている。

「『オマモリ』っていう東国のお土産らしいわ。空さんに教えてもらったから作ってみたの。荷物の邪魔にならないから、丁度いいでしょう?」

「表側に文字が書かれてるのは?」

「これと、何か大事なものを入れることで、書かれていることの効力を高めるみたい、こんなもので上がる訳が無いのに、面白いものよね」

 そう言って、お姉様は薄手の黒手袋に包まれた左手を口の前に添え、笑った。

「その割には、頑張って作ってあるね」

 私は、手袋に隠された、普段より不自然に太いお姉様の人差し指や親指を見ながら笑った。

「……貰ってくれる?」

 お姉様も私の気が付いたようで、左手を隠し、照れ隠すように顔を伏せながら、不安そうな口調で私に訊いた。

「あはは。お姉様の名前に肖るよ」

「そう……ありがとう」

 不慣れな笑顔のお姉様を見れたあたり、このオマモリの効果は絶大なのかもしれない。


「フィリア様。もう、お話は済みましたか?」

 私が玄関前まで近づくと、お兄様は弄っていた髪の毛を離し、耳から何かを引き抜いていた。

 どうやらわざわざ耳栓までして待っているなんて、よっぽど私たちの邪魔をしたくなかったのだろうか。逆に私たちの会話が聞かれて恥ずかしいものだと思ってしまうじゃないか。

「うん、それじゃあ行こっか」

「……ええ。幸せな旅路になるといいですね」

 お兄様は、私の腰辺りに一瞬視線を向けた後、私の眼を見てほほ笑んだ。

 リボンの結び目の中にオマモリを付けて見たが、そこまで不自然ではなさそうだ。

 すたと、石畳を一歩進んだお兄様が振り返り、手を差し出す。

 執事のエスコートによって引っ張られた旅の一歩目は、思ったより今までと変わらない感触だ。

 庭いじりで必ず踏む石畳なので当たり前だが……違いを挙げるなら、庭の横で私の姿を凝視し、手を振る大切な人が、私を見送っていることだろうか。

 大きすぎず、小さすぎない、同じ歩幅。

 一定の縮尺で小さくなっていく私のお姉様が、木陰によって完全に見えなくなったことで、ようやく私の心の中に『旅』という言葉の意識が芽生えた。

 

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