荷造り


 がちゃり。

「……あれ、いない」

 てっきり自室で荷物の確認か何かをするのかと思っていたが、お兄様はいなかった。

 代わりに、私の学習机に紙と肩にかける鞄が置いてあった。たしか……『ばっくぱっく』とか、『リュック』っていう名前だったっけ。

 そして机に置いてある紙は……メモ紙だ。

 丸字だが、読みやすい丁寧な文字列……お兄様が書いたものだ。


「荷物をまとめようと思いますので、着替えと最低限必要なものをまとめて、図書館の方に来ていただくようお願い致します。目安としては、(服を除いて)鞄に余裕がある範囲(大体七割から六割)で持ち運べるものでお願いします」


 図書館……?暇つぶしのための本でも用意しているのだろうか。

 まぁ……お兄様がそう書いているなら、指示に従うことにしよう。

 とは言え……着替えはともかく、こんな感じに書かれると、どこまでが最低限の領域となるのかがあまり分からないなぁ……

 とりあえず、旅の最中も勉学は欠かしたくないし、ノートとペンは必須として……消毒液も必須なんだっけ。今は夏だし、雨も怖いから傘とコートを入れて……そうだ、茶葉とフィルターも……


 必需品は入れたけど……まだ一つくらいなら入りそうだ。

 せっかくだから思い出の品でも入れておこうかな。

 とはいえ……私の部屋にそういう類のものはほとんどない。昔使っていた使い捨てのおもちゃはほとんど壊すか捨てちゃったし、思い出と言っても、どちらかと言うとガーデニングで育てた花を、今から押し花かドライフラワーにするのは無理だから……

 ……いや、ある。ぎりぎり入って、尚且つ思い出深いものだ。

 私は自分のベッドの前へと向かい、隅に置かれたそれに手を伸ばし、掴んだ。

 ……不格好な継ぎ接ぎだらけのクマのぬいぐるみ。数年前、一度地下室に軟禁状態になる前にお姉様からもらった、お気に入りの玩具だ。

 抱きしめてみる。相変わらず、ちょっと力を入れすぎたらすぐ壊れそうな抱き心地だが、悪くない。

 これなら、『ほーむっしっく』というものになってもある程度緩和されるのだろうか。

 鞄の紐を開け、荷物の上に載せると、綺麗に収まった。


「あ、フィリア様。荷造り、終わったんですね」

 自室から出て、図書館へと向かうと、司書の空さんと、月詠夢が部屋の中央、勉強兼読書スペースとなっている机が等間隔に並べられたスペースの一角で話をしていた。

「うん。まぁ……執事なんだから、手伝いくらいはしてほしかったけどね、お兄様」

 カーペットを踏みしめ、お兄様の近くへと向かうと、二人は何かが描かれた紙片を持っていた。

「うーん。一理あるけどー……私としては月詠夢クンが手伝わないのは正しいことだと思うよー?旅っていうのは、自立と同義みたいなものなんだから、自分でやるべきだってねー」

 ブロンドの長髪を風になびかせながら、空さんは、私の意見に対して反論を述べてきた。一応立場上彼女は屋敷の職員の一人ではあるが、図書館自体は空さん自身が設立したものであるため、割とフランクに話しかけてくれる。

「……確かにそうかも」

「ねー。聞き分けのいい子は私、大好きだよーっ」

「んぅっ……」

 わしゃわしゃと愛でるように空さんに撫でられた。悪い気はしないけど、髪の毛が乱れるからもう少し優しくしてほしいなぁ……


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