第7話
女子たちの話を思い出す。
合コンに来たというΩも、きっと悲しい境遇から抜け出そうと勇気を振り絞って参加したに違いない。異性愛者である男のΩは特に、自分の第二性を受け止めきることができなくて、苦しんでいるはずだ。
それなのに、苦行だと一蹴され、二丁目行ってろと馬鹿にされ。
どうして現実は、こんなにも生きづらいのだろう。
──本当に運命なんてものがあったら、もっと世界中のΩはαに大事にされている。そしてαも、愛するΩと抱き合えることに喜びを感じているはずだ。
αに心から愛されるΩなんて、存在するわけがない。
『四の五の言わず俺のものになれよ、カナコ。じゃねえと、あんたの元カレ……全員ぶっ殺しちまうぞ』
『そ、そんな! やめてサクト、他の人に酷いことしないで!』
俺のもの、ね。
熱のこもったセリフも、いかにもエンターテイメントで、笑えた。笑えてよかった。
「んなこと、言われたこともねえっつの……」
胸がぎゅうっと締め付けられるように、苦しくなった。
もしもこの先俺に彼女というものが出来て、その彼女とやらと普通の男女のように体を重ねることになったら──想像しただけで気持ち悪さがこみあげてくる。
由奈のことは嫌いじゃない。けれどもそれ以上の気持ちは抱けない、抱いちゃいけない。だって由奈はいい子だから。
決して応えることのできない感情を向けられるのは、正直しんどい。
兄に、今日は女の子が弁当を作ってきてくれたんだと報告したら、どんな顔をされるだろうか。モテモテですねと笑ってくれるだろうか、それとも泣きそうな顔で抱きしめられるのだろうか。
ごめんなさい、ごめんなさいと。俺に縋り付いて謝り続けていた兄の姿が、今でも鮮明に瞼の裏に焼き付いているのだから。
『ぜってーおまえより先に童貞卒業してやる!』
茶目っ気たっぷりの瀬戸の軽口も結構効いていた。
「たぶん俺は、一生童貞だろうな……」
瀬戸と、競争するまでもなく。
「……ッ、う」
その瞬間、眩暈の伴う疼きに襲われた。
慌てて、人気のない路地裏に逃げ込む。
「は、ぁ……は、ふぅ」
口を両手で押さえて、ふらりと壁に寄りかかる。急激に膨れ上がる気怠さと、ぐずりと波打ち始める腹の奥。足がかくかくと震えた。最後に薬を飲んだのは、昼前だ。
「……く、しょぅ」
あれからまだ3時間しか経っていないというのに。今日は随分と調子が悪い。
震える手でリュックの外ポケットから錠剤を取り出し、ペットボトルをあおって水で一気に流し込む。
ぐしゃりと柔らかな容器を潰し、ゴミ箱に叩きつけるように捨てた。
ひんやりとした壁に額を押し付けていると、ようやく乱れた息が落ち着き始めた。
壁を伝い、ふらりと人気のない道を進む。
早く家に帰って体を休めてしまおう。このままここでもたもたしていたら、そのうち人目も憚らず、壁に下半身を擦り付けることぐらい、してしまうだろうから。
本能のみで腰を振る、惨めな犬のように。
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