第3話

「なんだ、まぁたΩネタかよ」

「またってなに」

「女子ってそういうの好きだよな。運命とか、完璧なαアルファの男が地味で平凡なβベータ女に惚れるとかさぁ」

「溺愛? ないない」


 綾瀬の一言に瀬戸がうんうんと頷いたことで、二人そろって女子たちに一斉攻撃を喰らった。


「うっざ、話振ってきたのてめーらじゃん。そーいうのわかって観てんだよこっちは」

「あーあ、あたしも隠れΩだったらなぁ……運命の人と番になってぇ、地味逃げのサクトみたいなイケメンα様に溺愛されてたかもしんないのにぃ……こいつらみたいなモテない非モテド平凡ドβはイヤ!」

「やめて、刺さるっ刺さるから! ったくさぁ、俺らβ男子には人権ねぇってのかよ。なぁ橘」

「……」

「おーい、橘?」


 へ? と顔を上げれば、瀬戸に顔を覗き込まれていた。

 ──しまった、ぼうっとしていた。

 冷えきってしまった手の甲を擦り、へらりと乾いた笑みを零す。


「あー……確かに、運命の番とかはねぇよな。聞いたこともないし」


 頬が引き攣らないよう、努力した。


「ったくお前な、自分はモテるからってスルーしてんじゃねえよ。これだから彼女持ちは」

「……だからいねぇっての」

「ウソつけ」

「由奈とはそんなんじゃねぇんだってば」

「あれぇ? 誰も来栖だなんて言ってないんですけど~?」

「う……」


 ニマニマしている瀬戸に肩を力任せに突かれたので、突き返す。


「やめろって、いっつもそうやってからかわれるからつられたんだよ!」

「へーへー、そういうことにしといてやるよ。見てろよ? 俺だって次の飲み会で彼女作って、ぜってーおまえより先に童貞卒業してやる! なぁなぁ、どっちが先に卒業するか競争しよーぜ」


 何やら熱く燃えている瀬戸に、肩を竦めて笑ってみせる。


「……そんなことばっか言ってっから振られんだぜ~? 瀬戸くん」

「やかましい、ちょーしにのんなこの雰囲気イケメンが!」

「お、ありがとな褒めてくれて。毎朝無造作センター分けっぽくなるよう頑張ってんだけどこれがまた難しくてさァ……って、いててっやめろバカ、俺の命の髪がっ、ハゲんだろーが!」

「ハゲちまえこの金髪っ」


 瀬戸にわしゃわしゃされて、やり返して、雀の巣みたいになった髪を綾瀬に盗撮されて、ゲラゲラと笑う。


「あ、そういやさ、昨日の美亜たち合コン、ヤバかったんだって」

「えーなに、ハズレばっかりだったの?」

「ちがうよ、Ωの男がきたの」

「えっ、それマジ?」

「マジマジ、普通来る? 雰囲気最悪だったんだけど。本人も緊張しまくっててさ、β共にそそのかされて参加したって丸わかり。あたしより背ぇ低いしさ……マジで身の程を知れっての」

「合コンにΩ男子はきついよ、悪いけど。こっちが苦行じゃん」

「ねー、大人しく2丁目行って足開いとけよ」

「この前Ωの男の人がさ、渋谷でホームレス相手に腰振ってんの見たよ」

「やだーキモ、悲惨」

「しってるー、それ動画拡散されてなかった?」

「番に捨てられちゃったのかな、かわいそ」


 瀬戸たちと戯れている間も、女子たちは好き放題言い合っていた。

 その他愛もない会話が、深く深く、胸に刺さる。


「ねぇねぇ、橘ぁ」

「……ん?」

「あんたって見た目遊んでそうなのに、遊んでないのなんで? てかなんで瀬戸たちとつるんでんの、違くない?」

「え、ちょいまち。違くないって酷くない?」

「……まぁなー、ほら俺、病弱なんで?」

「出たよ、謎の病弱アピ」

「あたし、病弱な橘の髪直してあげる~」

「お、さんきゅー」


 一人の女子にぼさぼさになった髪を、丁寧に櫛で梳かされた。


「え、俺は、俺はぁ?」

「チビは自分で髪とかしてくださーい」

「ひっでぇ!」


 誰か俺にも! と泣き喚く瀬戸に、女子たちの笑い声が被さる。風間も綾瀬も、笑っていた。

 女子に好き勝手に髪を弄られながらも、俺は全ての話が流れたことにほっとした。

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