第8話 ようこそダジャレー・ヌーボーへ
おっさん同士の
幸子の手紙を読んで、僕たち
僕は固く決意をして、オーナーたちから身体を離す。
「というわけで、だ。高橋君」
抱擁を終えたオーナーが改まってそう言った。
「なんですか」
「早速だが、高橋君にはチャンピオンとエキシビションマッチをしてもらう」
オーナーはそう言って指を鳴らすと、僕は制服を着た男たちに囲まれる。
「エキシビションマッチ?」
何のことだか分からずに呆然としていると、五人の裏方スタッフが僕に銀色の全身タイツを装備させた。
銀色の全身タイツには二本の角が生えており、膝から下には不自然な光沢のあるフリルがついている。どう見ても、「銀歯を被せたばいきんまん」だ。
僕は鏡に映る自分を見て絶句した。
「これで戦えって? 本気か?」
衣装もそうだが、僕は、ダジャレー・ヌーボーはNGを出している。
すぐにオーナーへ抗議を行った。
「これから殺血孤を探そうって、いいところだったじゃないですか! 僕はダジャレー・ヌーボーには出ませんよ。早く、アイドルの仕事を!」
僕がそういうと、オーナーは無言で契約書を取り出す。
僕は嫌な予感がして、目線をオーナーに送った。すると彼は、人差し指で文章の一部をなぞって見せる。
「まさか」
僕が契約書に目を通すと、そこには主文の下に、薄く小さい文字が羅列されていた。初老に入り、視力が芳しくなくなってきた僕にとって読み取るのが大変厳しい。
「老眼鏡は必要かな?」
「……いや、かろうじて読めます」
目を細めて読み取った文章には、信じたくない現実が並んでいた。
薄い文字を目で追ううちに、冷や汗が背中を流れた。目の前の契約書は、ただの紙ではなく、僕の未来を縛る鎖に見えてきた。
「無敵艦隊の主なアイドル活動内容はダジャレー・ヌーボーでのダジャレ対決を行います?」
「そこもだが、その下も大事だね」
オーナーに言われてさらにか細い文字に目を通すと、そこには『断った場合、借金を二倍にします』と明記されていた。それを見た瞬間、全身が凍りついた。
僕が震える指で契約書を指さし
「ね」
河本宗助の顔がしてやったりと歪んだ。何が“ね”だ。
「河本ォォォォ‼‼」
「卑怯だろ! 何故ここだけ薄く小さい文字で書いた!」
オーナーは口元を吊り上げてにやりと笑う。
「卑怯? 契約書は最後まで読まない君のミスだねぇ。社会人なら当然じゃないか」
そう言いながら、指で契約書をぺしぺしと叩く。くそ、こいつ、本当に性格が悪い!
「高橋君、考えてみたまえ」
僕が文句を言う隙を与えないオーナーのペース。静かなはずなのに、不思議な説得力を持った声だった。
「アイドルとして売れるには、多くの人に認知してもらう必要がある。だろう?」
「まあ、そうですけど……」
「このコロシアムは、毎晩一万人以上の観客が来る。そして、ここで君が輝けば、幸子君にも君の活躍が伝わるだろう」
その言葉に、一瞬だけ動揺した。
「幸子に、僕のことが……?」
僕は一瞬だけ動揺したが、すぐに首を振り、自分に言い聞かせた。
「いや、駄目だ!」
確かに、僕の活躍が彼女の耳に入れば、向こうから連絡をくれるかもしれない。
「でも、僕みたいな冴えないおっさんのダジャレが、人の心を打つとは思えませんが……」
「い~や!」
オーナーが大きな声で僕の悩みを否定する。
「ここにいる観客はみんな、ダジャレを聞きに来ているんだ。君が今までダジャレ・バーで培った熟練のダジャレをね」
「本当ですか?」
「本当だとも! 現に、君より年季の入ったおっさんであるタカシも、君みたいに無名から成りあがった。今では、このダジャレ・コロシアムの大大大スターだ!」
僕は、タカシさんを見た。彼はこちらを見て、得意そうに鼻を鳴らす。
「だから、心配はいらない。初心者歓迎、福利厚生充実、アットホームな職場で、君もダジャレ一番星として輝きなさい」
「う~む。そういうものなんかな?」
「そういうものだとも。そして、君の名が知り渡れば、きっと幸子君の元に君の活躍が届くはずだ」
「幸子に、僕のことが……」
「そうだとも。だから君はすべてをさらけ出しなさい。この場で」
オーナーは僕の背中を叩いた。
「今日から君は、新しい自分に生まれ変わるんだよ」
そして、何かを刷り込むように、僕の背中をいやらしく撫でまわした。
ダジャレ・ヌーボーの細かい説明と、施設の案内、ダジャレ闘士としての研修を挟み、夜になった。
午後の興業が始まり、コロシアムにお客さんが流れ込んでくる。
そしてついに、今日の目玉であるエキシビションマッチが始まった。
「幸子。ダジャレなんて……やるんじゃなかったよ……」
試合が始まってすぐに、僕は自分の選択を後悔することになる。
――これより、ダジャレー・ヌーボーエキシビジョンマッチを始めます!
会場中に、アナウンサーの声が響く。
――東、若き四十代! 新人闘士……間男のサトシ!
名前を呼ばれ、僕は前に出る。会場中からはざわめきと共に、僕に期待を寄せる声が降り注いできた。
「新人頑張れー!」
「間男? ……間男頑張れー!」
「ウルトラマン? ……銀歯野郎頑張れー!」
「わー! わー!」
――西、対するはダジャレー・ヌーボー不敗のチャンピオン。不沈漢のタカシ!
そして、タカシさんの名前が叫ばれた瞬間。会場中が地鳴りのような声援で埋め尽くされ、辺り一面色とりどりのテープやらぬいぐるみやらが投げ込まれる。
「凄い! タカシさんが出てきただけで会場の関心は一瞬でタカシさんが独り占めだ!」
僕は唾をのむ。
タカシさんは裏方からマイクを貰い、しゃべり始めた。
「ファンの皆さん。今日は、彼のデビュー戦にお付き合いくださり、ありがとうございます」
「うおー! タカシー!」
「キャー! タカシ様私の子どもを産んでー!」
「新人相手に優しすぎだろチャンピオンー!」
タカシさんが一言しゃべるたびに、会場が湧く。
しかし、タカシさんが手で制すると、示し合わせたようにコロシアムが静寂に包まれた。ファンたちの統率力も異常に高い。
「手始めに、彼が何故間男と呼ばれているのか、知りたくないですか?」
「知りたーい!」
「なーにー?」
「わくわくっ!」
「学校へ行こうかよ。ていうか、今更だけど何で僕は間男なんだよ」
そう呟いた瞬間、タカシさんはとんでもないことを言った。
「最近、有名政治家の不倫問題が話題ですが――」
タカシさんが言葉を切るたびに、会場のざわめきが膨れ上がる。そして次の瞬間、彼は笑顔で断言した。
「この男も不倫をしています」
会場が凍りついた。
数秒の沈黙の後、まるで刃物のような視線が僕に向けられる。僕はその視線の重さに耐えきれず、喉を詰まらせた。心臓が握られるような感覚――いや、それ以上だった。
観客がすべて、僕の敵になる。
「高橋聡君」
怖いほど静かなコロシアムに、タカシさんの声が響く。
「はい」
「殺してやる」
タカシさんの目は、完全に獣のそれだった。ぞくりと背中を冷たいものが駆け抜ける。会場中が静まり返り、その沈黙が僕の耳を痛くするほどだ。
そして、その状態のまま、彼は口角だけを上げる。
――おっさんのおっさんに向けた完全な敵意がそこにあった――。
ダジャレー・ヌーヴォー 鷹仁(たかひとし) @takahitoshi
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