無いということ

リュウ

第1話 無いということ

 僕は画家で、彼女は何時からか一緒に居る小説家。

 昨日、花火を見に行ってそのまま僕の部屋に泊まった。

 僕はベッドからカーテンに手を伸ばし、少し開けた。


 いい天気だ。

 青空。

 麦わら帽子の少年が虫網を片手に歩いているような青空。

 

 僕は隣りに寝ている彼女を見た。

 白いシーツは、見事な曲線を描いている。

 綺麗だと呟く。

 彼女は目を覚まし、うーんと伸びをして僕を見た。


「起きていたの」

「うん、今ね。いい天気だ。晴天だ」

 彼女は、シーツを引っ張って自分に寄せると僕に胸に頭をつけて、目を閉じる。

 僕は、彼女の天使の翼のような肩甲骨に軽く手を置く。


「僕は、今、青を探しているんだ」


 僕は、自分の青を探していた。

 夢で見たあの青。

 自分で作り上げるつもりだった。

 この世に無かった色。

 僕だけの青。


「そうなの」

 彼女は、猫がアクビをしている時のような声で言った。

「この世に無い青なんだ」

「君は、絵を描くから自分だけの青を求めるんだね」

「そうだね、僕が画家だから求めるのかも」

「私は、文章なの。小説ね。

 小説は、嘘だからそれを求めなくてもいいの。

 読者が勝手に想像するの。

 例えば、私が文字で青って書くだけで、読者の数だけ青が出来るの。

 見ることは出来ないけどね」

「見れないんだ」

「そう、見れない」

「逆なんだね。

 一枚の絵から、その絵の青から、湧き上がる感情や匂い、空気。

 その人の記憶を掘り起こしたり、新たに想像したりすると思うんだ」

「目に見える様にする……つまり、存在させるってこと」

「そう思う」

「私は、無いモノには、無いと言う意味があると思うの」

 僕は、分からないよと眉間に皺をよせる。

「例えば、青い薔薇って知ってる」

「バラって花の薔薇だよね」

「そう、ある漫画で青いバラが出で来るの。

 その名は、ブルーウィッシュ。

 神の祝福、奇跡と言うのが花言葉。

 その頃、青い薔薇は、この世に存在していなかったの。

 存在していなかったのに、花言葉があるの。

 存在していなかった……

 不可能だったことに意味があるんじゃないかなと思って」


「なるほど……」


「だから、君は、君だけの青を探すのもいいけど。

 見つからなかった……作ることも出来なかった……

 君だけの青っていうのも素敵だと思うの」


「見つからなくてもか……」


 僕は、考えたことが無かった。

 僕の青があると信じていた。

 存在するんだと……


 彼女は、考え込んだ僕の上になって微笑んだ。

 彼女の細い髪が僕に触れる。

 そして、僕の口を君の唇が塞ぐ。

 僕は、細い背中を抱きしめる。

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無いということ リュウ @ryu_labo

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