第23話 星々の契約

……遠くから音がする。爆発の音だ。揺れる感覚もある。


「……ん?」


外は真っ暗だ。隣を見てもヨハンはいない。もう少し視線を動かすと、銃に弾を込めている男がいた。


「よく寝てたな」


「ご、ごめんなさい……!」


「謝ることはない。俺も今起きた。最初は雷かと思ったが……」


ヨハンの持っている銃は組み立てられ、三脚の上に乗せられる。そしてスコープを覗いた。


「どうやら違うようだ」


こっちだ、と手招きしたロジェにスコープを覗かせる。スコープの中では赤いドラゴンが宿場町の手前で民兵と格闘していた。


「ドラコーンね。ドラゴン種の中で比較的よく見られる弱い種だわ」


月明かりに照らされてぬらぬらと鱗が光る。スコープから目を離すと、


「行きましょう。弱い種って言っても、魔法使いがいなきゃ戦いは厳しいものになると思うもの」


自慢げに笑うロジェを横目に、ヨハンはぱっぱと設営を片付ける。スコープと諸々の設備を外した銃はショットガンだけの形になった。


『なんか……凄い銃だね、それ』


「ショットガンとライフルを掛け合わせたものだ。かなりの威力が出る」


ロジェが全ての荷物を詰めた頃にヨハンが立ち上がる。


「出るんだが、威力が強すぎて直ぐにガタがくる。一発打つ度に整備し直さないといけないくらいだ」


「あんた武器って他何持ってんの?」


「ロングナイフと拳銃二挺、このショットガンとライフルだけだ」


ほら、とヨハンは白衣を脱いで裏につけられたロングナイフと腰につけられた二挺を見せる。宿場町を駆け足で目指しながらぽつりとヨハンは呟いた。


「ロケラン使ってみたいんだよな」


「なぁにそれ」


「つつがでっかくてめっちゃばくはつするやつ」


『小学生の説明かな?』


「問題は命中率の低さなんだよな。……まぁ俺は死なないから間近に撃てば解決するんだが」


『それ銃の意味無くない?爆弾で殴ればいいじゃん』


町からそんな遠くないところに野営していた為か、ドラコーンが間近に迫る。一番弱い種といっても、それは『人智を超えた種の中だけの話』であって、普通に化け物サイズの大きさだ。軽く十mはある。


「い、いや、でか……」


「倒すんじゃなかったのか?」


ヨハンはニヤニヤとからかう様な笑みをロジェに向けると、ムキになって少女は返す。


「べ、別に怖がってなんか無いわ!ちょっとビックリしただけよ。見てなさい、やってやるんだから……!」


少女の手はほんの僅か震えている。貴族の家に入るのは怖くなくて、こんな大きな獣に対しては怖がるなんて、何とも面白い娘だとヨハンは心の中で笑う。


「それじゃ俺は後ろで控えてる。精々頑張れよ」


「わ、私の活躍を安全なところで見ておくことね……!」


ヨハンは振り返ることなく、少し離れたところでスコープを取り付けたショットガンを構える。


『あれ〜?ヨハン、何してるの〜?』


黒い影の姿になったサディコが、ヨハンの足に擦り寄った。


「念には念を入れておかないと、だろう?」


死なれると夢見が悪い、と彼は付け加えて、


「それよりお前はロジェの傍に行かなくていいのか?使い魔なんだろ」


『ドラコーンくらい倒せなくちゃねぇ。それにぼくまだ本調子じゃないし』


だからこんな石油塗れみたいな格好になっているのかとヨハンは得心した。


さて、当のロジェはかなり怯えていた。彼女は気が強く、昰と決めれば昰を通す性格。それは揺るがない。本人もそれは相手が誰であろうとも当てはまると思っていた。


だが、いざ獣を眼前に突きつけられると普通に怖い。でっかくて力を持った獣が、殺意を持って殺しに来るのだ。思っていた以上に怖い。


「落ち着け私……まずは撃退か討伐かを選ぶのよ……」


どうなってもいいように、ロジェは宿場町に結界を貼った。ただ範囲が広いためどうしても薄くなる。代わりに水蒸気を発生させて家に含ませた。火がついても周りが遅くなるだろう。


撃退をするのなら生半可な攻撃では許されない。『二度と来ない』と思わせなければ。


「『二度と来ない』って言うのなら、倒した方が良いのでは……?」


ロジェの真横に太いしっぽが振り下ろされる。そのしっぽを足場にして、ドラコーンの背に乗っかった。


ドラコーンの討伐試験は高等部で行われる。普通の魔法使いであれば、普通の魔法使いになった私であるならば、きっときっと倒せるはず。


首目掛けて光線を撃った。ただそれの身体は固く、中途半端に傷をつけただけだ。まずい、激昂させてしまった。


大きく身体を揺らしたそれに、ロジェは後ろに吹っ飛ばされる。受身を取るその手前、逃げられないようにドラコーンの羽を焼いた。


ドラゴン種は生命力が高く、その基に『筋』がある。五体に太い筋肉の筋があり、これを断つことで命を絶たせる。一本でもそれが残っていれば、竜は動く。


ドラコーンの意識は完全にロジェに向いた。その瞬間、緑の糸が見えた。アリスと戦った時にも見えた、あの煌めく破壊の糸。


「あの魔法、完全な殺意が私に向くのが条件なのね……!」


スピードを上げてドラコーンに近づき、一本ずつ糸を切り取った。星の魔法の因子をその糸ごとに置いて、ロジェは怒り狂うドラコーンの前に立った。


「星は全ての人の上にあるもの。導き、破壊するものよ。数多の時空を超え、星辰の導きに従って進むべき道を示し、天命はこれを持って進め。運命と時は神の上にあらず、常に人の上にあらんことを。固有魔法『終焉もたらす弥終の凶星(シュペルノヴァ・マレフィック)』!」


あまりに至近距離で打った為か、暖かい爆風が頬を焼く。音が過ぎて戻って来た時、ロジェはゆっくり目を開けた。ドラコーンの頭は目を開ける速度と同じ速さで地面に落ちていく。


「たお、したの……?」


ロジェはゆっくりとそれに近付いて、血腥いそれの五体の『筋』を切れているかを確認する。じゅわりと足に何かが染みる。血だ。この靴買い換えないと……。


「……ふぅ。どうやらちゃんと死んでるみたいね」


笑顔でヨハンの方を向くと、その男の笑顔は見えなかった。真っ直ぐに銃を、ロジェに向けて来ている。あの男が自分を殺す訳はない。であれば、殺す対象はその うしろ で。


「伏せろ!」


「おっと危ない!」


銃声と別の男の声が同時にして、ロジェは慌てて血に伏せた。銃とほぼ同時に剣が肉を断つ音が聞こえて、ごろごろと何か転がっていく音がする。


「こんなところにドラコーンが出るなんてね。珍しいったらありゃしない」


おずおずと振り向くと、吟遊詩人の男がいた。その手に持っていたのは神器。仕舞われた剣の刀身には、確かに神の宿る文様があった。


あの剣は仕舞う時、文様が輝いていた。それをドラコーンの首に当てたのだ。あんな短期間でやってのけるなど、並大抵の集中力では無い。


「あ、あの!助けてくれて有難う御座いました!私またツメが甘くて……」


「いいやぁ違うよ。君はよく頑張った。コイツは突然変異種だ。首に二本『筋』があるドラゴンが偶にいるんだよ」


その細い一本が残ってたんだねぇ、と吟遊詩人は呑気に笑った。


「魔法師の高等部試験でドラコーン討伐が多いのは、機転を試す為。ある者は身体を完全に日上がらせて『筋』を断ち、ある者はドラゴンの体温が高温であることを利用して、内部から溶かし『筋』を断つ」


静謐だった夜空は徐々に明るくなり、男はロジェに手を差し伸べた。


「それにしても君すごいね。何か特別な魔法を使ったの?」


「あぁ、えっと……なんて言うのか、破壊の糸が見えるの。存在してるっていうか、切るべき場所を示すって感じだけど」


ぶんぶん、とロジェは首を振って、そんなことよりも、と言い放った言葉には。


「私よりも貴方の方が素晴らしいわ。旅の途中でこんな凄い術使いに会えるなんて!ねぇ、差し支え無ければ、名前を教えて欲しいんだけど……」


「オレは旅の神、北極星を司る北極紫微大帝(ほっきょくしびたいてい)」


「そうなの!?」


「の、下っ端さ。これでも仙人の端くれだよ」


本物じゃなくて悪かったね、と男は苦笑いする。


「そうだ。まだ名乗ってなかったね。オレの名前は詩酒仙 景星ししゅせん けいせい。景星でいい。君の名前はなんて言うの?」


「私の名前はロジェスティラ・ヴィルトゥ。あの人はヨハン。使い魔のサディコと旅をしてるの」


二人に向かって歩いて来ていたヨハンとサディコを手で示しながら、ロジェは向き直る。


「なるほどねぇ。オレはずっと石の上で歌っていたら昇仙したんだ。もう千年は生きてるかな。それからずっと、旅をしてる」


ふふ、と景星は自慢げに笑った。


「ロジェは運がいい。大帝は北極星を司る神だ。旅の守り神だからなぁ」


陽気に笑っていた仙人は、目を細めてじっといやらしくロジェを見詰める。


「それにしても……ロジェスティラって、マグノーリエで大暴れしたコと名前が一緒だね。もしかして、〝そう〟なの?」


そうじゃない、と言おうとして辞めた。ロジェスティラなんて珍妙な名前、名乗ってしまったが手前そうじゃないなんて言えない。


その上、この髪にこの目だ。相手は仙人、読心なんてお手の物だろう。意を決してロジェは呟いた。


「……〝そう〟よ。言いふらさないで頂戴ね」


「あはは!それは分かんねぇんじゃねぇかな」


声音は明るいが、ずっと冷たい雰囲気で景星は笑う。ロジェは後ろ手で『ヴァンクール』を構えた。


「神は優しいのばっかりじゃないんだ、知ってるだろ?契約だよ。契約しよう」


戦うという重い作戦の前に差し出された軽い提案に、ロジェは深いため息を着く。そして足元にすり寄ったサディコを一瞥した。


「……人外ってのは皆こうなの?」


『悪魔や神は長く生きるからね。どうしてもそれにこだわりがちっていうか、なんて言うかぁ……』


「そうだなぁ、何にしよっかな……」


景星はしゃがんで指折り数え始める。


「金だろ、命も欲しいな、目もいいなぁ……あとは魔力、その気質と……」


「それじゃ釣り合わないだろ。もっと少なくしろ」


「別にオレは契約しなくても良いんだけどね」


ヨハンの一言に景星は突き返す。彼の手に持つ拳銃に込められる力が強くなった。


「私だって別に良いわよ。向かってくる奴は全部倒すだけ」


ロジェは冷たくその言葉を見詰めて。


「あなたもその一人になる?」


「……おぉ怖い怖い。分かったよ。調子に乗ったオレが悪かった。君の言う条件で契約しよう」


そうねぇ、と少女は思考した。こっちもこっちで色々条件がある。


「私はサディコに命をかけた。だから命は渡せない。そして貴方は、私達のことを告発すると脅している」


ロジェは景星の口を指した。


「……そうね。貴方の話のネタに私がなるわ。旅の話を会う度にする。ただし、全てが終わるまでは黙っていること」


「全て終わるっていつなんだよ」


「この『ヴァンクール』を狙うやつがこの世に一人も居なくなった時よ」


景星は逡巡したが、直ぐにため息をはいてロジェの目に手を伸ばす。


「あーあ。ロジェの目が欲しかったな。でも契約としては釣り合ってるし、もういっかぁ」


「目は渡せないわ。大事だもの」


「大事だから秤にかけるんだよ。いつか君もきっと、大事なものを天秤にかける」


君に命をかけたようにねと呟きながら景星はサディコを撫でた。


「そうだ。これはオレからの厚意。ノルテに行くならこれを使うといい」


ロジェは景星から二枚の紙を受け取った。判子と彼の名前が書いてある。


「あそこは確かに無法地帯だったけど、流石に身元が分からない奴をいれることはしないからなぁ。端くれでも仙人の書き付け持ってりゃ、入れてくれるだろ」


複雑そうにヨハンは呟いた。


「……有難う。世話になった」


「良いってことよ。オレも偶には善行も積んどかないとね。最近は上がうるさくて困ったもんだ」


景星は立ち上がって手を出すと、何かしらの印が現れた。ロジェとの契約印だ。


「将来有望そうなヤツのサインを貰えて良かったよ」


「それはどうも。私も貴方に会えて良かったわ」


「オレはずっと旅をしてる。またどこかで会えるかもね」


軽く挨拶して、景星はそのまま都の方に歩いて行った。ぼんやりとそちらの方を見ていると、やっと身体を取り戻したサディコが言う。


『契約はちゃんと覚えておくんだよ。不履行になったら色々ややこしいからね』


何も言わずにロジェは頭を撫でる。


『ロジェは人外モテするから……』


「何そのモテ。初めて聞いたんだけど」


今一番お礼を言わなければならない人に、ロジェは言っていない。朝陽に照らされたオレンジの髪が、見詰めるだけのロジェに首を傾げた。


「ヨハン、有難うね」


「礼を言われることはない」


「でも私ヨハンが居なかったら死んでたわ」


「ははっ!死なないんじゃないか?」


「どうしてそう言えるのよ」


「怖い物にちゃんと怯えことが出来る人間は、結構しぶとく生きるもんだぜ」


ヨハンは北の方向を指した。その先の青い空の下には、城塞が見える。


「さぁ、行こう。ノルテまでもう少しだ」


先を歩き始めたヨハンを追いかけて、ロジェも歩き出した。

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