第三章 怪夢黍離王国ノルテ
第22話 導きのセプテントリオン
「1 Hit.」
「うーん……」
「Blowが全然出ないな」
「分かりにくいのよ、あんたの過去」
「未来が無限なら、それを証明できない他者からしても、過去も無限と言えるだろう」
昼下がり。街道外れの木陰の中で、ロジェは哲学者みたいなことを言うヨハンの過去当てゲームをしていた。たださっきから全然当たらない。
思いつく限りで述べたのだが、どれも当たらない。さっきの1Hitだって『男』という点で出ているボーナス点だ。欠伸をして、ヨハンは呑気に呟いた。
「それより書類を見せてくれないか。盗んで来たんだろう」
「盗んで来たなんて人聞き悪いわ。借りてきたのよ」
はい、とロジェはレヴィ家から盗んで来た書類を渡す。少女は書類よりも、一緒に入っていた手紙を読んでいた。
「それ、何だ」
「書類の中に入ってたの。ギルトー・エイルズさんから、私に宛てた手紙なんだけど……」
ほらここ、名前があるでしょうとヨハンが持っていた書類の名の部分をなぞった。
「元々別の事が書いてあったみたいなんだけど、かかってる魔法が高度過ぎて書いてあった内容が復元出来ないのよね」
「魔法が高度って魔力でどうにかなる問題じゃないのか?」
「仕組みが分からないって感じかな。感覚的には機械を解体しようにもネジ穴が見つからないって感じが近いかしら」
「なるほど……」
試しに複雑な解呪魔法をかけてみるが、静電気みたいな音がして終わった。ダメだ、魔法に全く隙がない。
「俺の本当の依頼主はエイルズって奴だったんだな。初めて知った」
「そういうのに無頓着なのは知ってるけど、気をつけなさいよね。どんな目に遭うか分からないんだから」
「いや、あの時は確か困って……?……ん?」
やっぱり依頼付近の記憶が曖昧だ。その前後のこと、言うなればロジェに会うまでのことは概ね覚えているのに、そこだけぽっかり抜けている。
「なによ。どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
来た道の山手の方に雲が陰っているのが見える。そろそろ出発しないと濡れてしまう。
「そろそろ行こう。サディコの具合はどうだ?」
『喋れるくらいにはなったかな。もう少ししたら影から出れそう』
主人が答える前に主人の影に潜んだそれが喋る。それでも声は夢現。オマケに欠伸も聞こえてくる。ロジェも荷物をまとめた。
「それにしても時間を飛び越えて内容が変わる手紙なんて、凄い魔法使いだわ。会えるものなら会ってみたいわね」
『そんなのが出来るのって仙とか預言者くらいなものだけど』
「予言ねぇ」
「何か知ってる?」
しみじみと呟いたヨハンは、訥々と語り出す。
「死や生を扱う者は、その概念故、過去と未来に両方存在する。生死はいつの時代、どの世界でも存在するからな」
死を扱うのに良いのはいないが、とぽそりと言い放って。
「だから……時間を語る預言者も、そういった面では過去と未来に存在しているのかもしれない。メタ的に言うと、全ての時間軸に存在しているから観測地点的に現在から見た時間軸に合わせて話しているとも言える。お前の持っているその手紙も、未来から送られて来たものかもしれないぞ」
「あんたってこの世界にごちゃごちゃ言う割には結構哲学的な物の見方をするのね。なんかの学者だったの?」
「俺は元本草学者だ」
「そうだったの!?」
元だぞ、とヨハンは付け加えた。長い年月に加えて違う世界の植物など、調べている暇も生まれない。
「ただ、この世界の植物については一切興味が無い。植物の多様性がないからな」
街道は森を抜けて大きな草原に出た。山は雲を突き抜け、草原には花々が乱れている。ずっと山の向こうには街が見える。宿場町だ。
「この世界は『ラプラスの魔物』に祝福されているそうだな。故に、意味無く『苦しむ』ことは許されない」
それは一見、楽園の様に思える。
「だから……痩せた土地ってのが無いんだよ。どこまでも一定の植生が続くから、同じ植物しか生えない。生えてる植物の量はしれてある」
ただそれは、全て決められているという訳で。
「この世界の奴らは『全ては『ラプラスの魔物』がお決めになることだ』と言って受け入れているが、信じられないな。研究しても突き詰めても無に帰してしまう」
ヨハンは草をむしった。その草ははらりと手から滑り落ちる。その草に手をかざした。
「俺にはこんな決まった世界は耐えられない。言うなればゲームの中に閉じ込められているようなものだろう」
翳していた手をヨハンはどけた。抜いた草は『抜いたこと自体』無かったことになり、元に戻る。が、それをヨハンが知覚することはない。この先も、これまでも。
「運命論的だって言いたいのね」
「研究は……分からないから楽しいんだ。楽しくて、苦しい。苦しくても辞められなくて、そして結果を得る。その結果が神の一存であったりなかったりするなんて、俺には耐えられない」
その心情はロジェにも心当たりがあった。仮にも研究所の研究員の端くれ、やりたい研究は山のようにあった。魔法が使えないからと何も出来なかったが。
「だが。『意味無く苦しむことは許されない』ということは、ある種の救いなのかもしれない。どれだけ辛くてもそれには根拠がある。それが吉と出るか凶と出るかは分からないが」
「吉と出るのよ」
「それがこの世界のルールだもんな」
そんなことをもぞもぞと話していると、宿場町は目の前だ。ここを抜けてもう一日歩けばノルテである。振り返ると、ロジェのいた場所は雨で濡れているのが見えた。
「宿場町に泊まるのよね?私初めて!ねぇねぇ、どこの宿にするの?」
周囲は暗くなり始めて、ぽつりぽつりと光が灯り始めた。
「泊まらない」
「野宿ってこと?全然歓迎だけど……」
「金が無いし、それに……」
ちらとヨハンはロジェを見詰めて。
「俺もお前もお尋ね者だからな。宿泊先で戸籍を問われればまずい」
あと俺に至っては天慶国から改めていないから戸籍がない、とヨハンは続けた。至極真面目な顔で。
『理由が切実ゥ……』
「戸籍が欲しい」
「今度の誕プレに考えといたげる」
「助かる。誕生日忘れたけどな」
宿場町の食堂で二人は夕食のポークステーキと半熟卵を頬張っていた。その辺で動物を狩っても良かったのだが、街近くで発砲音はまずいというヨハンの判断により賑やかな食堂で食べる事になった。端的に言うと狩るのが面倒だっただけだ。
「なぁロジェ。『マクスウェルの悪魔』ってどうやってなるんだ?」
「よく分かってないのよ。血縁や種族にはよらないみたいだし。それに『ラプラスの魔物』は世界の王。不利なことは研究できないの」
それにね、とロジェはポークステーキを切り分けながら、
「『マクスウェルの悪魔』の依代となるのは、大体が麒麟。優れた治世に表れる神獣よ。だから、『ラプラスの魔物』の依代となる竜に比べて格式が高い。実際はマクスウェルが世界を治めるべき、なんて人もいるわ」
「今どき麒麟なんているのかね」
『神代の頃の仙が住むような霊山の奥の奥にはまだ居たらしいけど、今は居ないだろうねぇ』
あ。切り分けたポークステーキが一欠片無くなってる。サディコが食べたのだろう、影が揺れている。
「そうだ。聞きたい事があったの」
「どうした」
美しい所作でヨハンは肉を切り分けた。さながら貴族の様だ。
「指輪の役目が何か聞きたいの。あんた、これが作られた時に居たって言ってたわよね?」
「……あー。言ったなそういや」
『ほくは使い魔を封じ込めてたんじゃないかなって思うんだけどね』
「アイツにはもうその頃には使い魔がいたんだ。お前みたいに物言う獣じゃなかったが」
テーブルの肉を食べに来たサディコの頭をヨハンは片手で押さえ込んだ。
「確かそれは……仲間の魔女から贈られた物だ。助けがない時に、助けてくれる人の元へと導く力を持ってる魔法がかかってるらしい。最初は麦角患者の妄言だと思ってたんだがな」
奪われる前にその欠片を口に運ぶ。獣は悔しそうにロジェの影に戻った。
「俺がマリシアと出会ったのは、アイツが十八だったかの時だ。魔女の嫌疑がかかったから、隣国に逃げて来たと」
ロジェはその話を半熟卵に絡めながら聞く。
「そこで出会った。十三から立て続けに子を産んで、その頃にはもう子供が五人いた。その内の一人がお前のお祖母様だよ」
『他の子供は?』
ロジェは盗もうとしたサディコの口に果物を放り込んだ。むしゃむしゃと聞き心地の良い音を立てて食べている。
「夭折したと聞く。少なくとも俺の世界では何も変な事じゃ無かった」
「ね、ってことは、ヨハンと曾祖母様は……」
「そうだ。俺とマリシアは同じ世界の出身。その辺については、また今度」
また先延ばし?という言葉がロジェの顔に書かれる。
「そんな残念そうな顔をするな。俺とマリシアの話をしたところで俺の目的は何も変わらない。それに……」
ヨハンは最後の一口を口に放り込んで、視線だけ横にずらした。
「もっと聞かなきゃならないこともありそうだしな」
視線の先はステージだ。茶髪だが毛先が銅色をした青年が謳っているのが聞こえる。服装は白を基調にして、腰にはレイピアが差さっていた。
「吟遊詩人だわ」
「初めて見たか?」
「えぇ。とても良い声で歌うわね」
青年の声はざわついた店内に明瞭に響く。宿場町でもそうだが、色んな国を渡り歩く吟遊詩人のその歌は、僻地では更に信頼出来る情報源として重宝される。
一瞬だけ青年はこちらを見た。ヨハンはロジェの空になった皿を見る。
「行こうか」
「もういいの?」
「構わない。それに……」
ヨハンは立ち上がった。そして光り輝く赤髪を視界に入れる。
「アイツはお前を見ていた」
「偶々じゃない?」
「何にせよ、気にしておくことは大事なことだ」
確かに、青年はロジェを見ている。店を出るまで微笑みを崩さない。喧騒から出ると、もう外は静謐な夜だった。
「戸籍はノルテで作ろうと思う」
「心当たりがあるの?」
「無いが、そういったところはあるだろう。あそこは治安の良い無法地帯だから」
「……私、何にも知らないわ。ずっとこの世界の生まれなのに」
悔しそうに唇を噛んだロジェに、ヨハンは柔らかく笑った。
「仕方ない。ロジェは箱入りお嬢様だからな」
「箱入りお嬢様ってのは面白い表現だね」
聞き慣れない声に、二人はゆっくりと振り返る。さっきの吟遊詩人と声が似ていた。正しく声の通り、その彼だった。
「声をかけて悪かったかな」
「いや、問題ない」
それにしても、と詩人はロジェとヨハンを見比べて続ける。
「君達どういう関係なの?きょうだい……ましてや親子でもないし、仕事仲間って感じでもないね?」
「……俺は護衛だ。こっちは主人」
「そうなの。都に用事があったからお父様がつけて下さったの」
ヨハンはつらつらと嘘をつくが、慣れていないロジェは冷や汗をだらだら流しながら呟いた。ちょっと声が上擦った気がする。
「へぇ!それでノルテに帰るところなんだ!」
「そうよ。最近何かと物騒でしょう。帰るのが不安になっちゃって」
「最近どこも物騒だよね。オレは今から都に行くんだけど、『ラプラスの魔物』関連の噂ばっかり立ってるし。なんかこう、良い感じの物語はないのかなぁって」
ロジェの視線を受け取ったヨハンは、それらしい相槌を打つ。
「ネタ探しという訳か」
「そう。だから色んな人と話してるんだ。君達は何かと面白そうだし」
「ご期待に添えるような話はないわよ」
「そっかぁ。それなら仕方ないね」
吟遊詩人はじっとロジェの目を見る。逸らしては余計怪しい。そのまま、何も考えず、ロジェは男を見た。
「キミ、綺麗な目をしてるね」
「そう?有難う」
深い夕焼け色の目がじっと見詰めてくる。自分に見詰られる様で歯がゆい気分だ。
「いやぁ引き止めて悪かった!良い旅を!」
じゃあねぇ、と男はぶんぶん手を振っているのを後ろにして、一行は宿場町を出た。
「なんか変わった人だったね」
『人間じゃなかったからじゃない?』
「人外ってのは皆〝ああ〟なのか?」
もごもごと揺れる影に、ヨハンは語りかける。
『あんな変なのばっかじゃないよ。ぼくは普通でしょ?』
「何を持ってして普通とするかは別として、物言う青色の狼が普通って言うのなら普通ね」
くすくすと笑うロジェに、影の中に隠れているから分からないが、サディコが口を尖らせた様な気がした。
「ふふ、意地悪言ってごめんね。貴方は誇り高い悪魔よ」
影からにゅっと顔を出して、綺麗に口角を上げてサディコは微笑む。そのふわふわの頭を撫でる。
「さて、今日はここにしようか」
そこは、宿場町が見える小さな池の傍だった。遠い灯りが水面に揺れている。
「良いわよ。よいしょっと……」
ロジェはぽーんと布を放り投げた。その上にバックも置いて枕代わりにする。横になって空を見上げると、満天の星空だ。
「野宿は良いけど、良いけどねぇ」
「なんだ」
「お風呂に入っとけば良かったわ」
ノルテに行ったら入れるかしら、ロジェはゆっくり息を吐く。
「風呂か。……俺も入りたいな。明日も早い。早く寝るぞ」
そうね、と返す前にロジェは重力が招くまま瞼を閉じた。
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