第19話 使徒への手紙
『えと……どこから話せばいいかな』
「先ずはあんたの名前を教えてちょうだい。お嬢様との関係も」
ロジェが眠るベットの傍に座るサディコはヘティの質問に素直に頷くと、
『ぼくの名前はサディコ。種族はマルコシアス。ロジェとは使い魔の関係』
「マルコシアス?悪魔じゃないか。お嬢様とはどこで?」
ルネが食い気味に問うた。
『ヨハンの家の近くにある遺跡の中。ぼくが最初にロジェを襲ったんだけど返り討ちにあって、それで契約した』
「なるほどね。あんたはこれが何か知ってるの?」
ヘティはロジェの右腕に着いている『ヴァンクール』を指さした。
『それは神器『ヴァンクール』。ヨハン曰く、『力無き者に力を与える』……つまり、魔力があっても魔法が使えない者に力を与える神器なんだって』
「へぇ。あんたが知ってるのはそれだけ?」
『うん。ぼくが知ってるのはこれだけだよ』
「……どうする?」
ルネは一通りの話を聞いてヘティへと視線を移した。ヘティはそれに返すことなく、サディコへと言い放った。
「私達は本家からお嬢様の監視を仰せつかってる。事があれば連れ戻すことも、ある」
「今日俺達が来たのは、それを決める為だ」
だけど、と何か言いたげにルネは一拍置いて、
「判断材料に欠ける。ヨハンってヤツの事も何もわかんないし……」
じろりとサディコを見て。
「お前、ヨハンについて何か知らないか?」
『『ヴァンクール』を作って不老不死で、別の世界から来た人って事くらい。他は何も知らない』
「お前から見てヨハンって人間はどういうヤツだと思う」
ルネの問いかけにヘティは顔を顰めた。
「ルネ……それ、悪魔に聞く?」
「主観が入ってるって点では、お嬢様も悪魔も変わらないだろ」
それはそうだけど、とヘティは黙る。あー、やっぱり面倒だけど本家の人間呼ぶしかないのかな、心の声がヘティの頭に回った。
『正義に基づいて怒れる人、だと思う』
「……それ、本気で受け取っていい答えなのか?」
『魔法使いならマルコシアスの性質は知ってるでしょ。ぼくらは聞かれた事にはちゃんと答える。ちゃんと君は質問したじゃん』
ヘティは俯いた。世間知らずのお嬢様の冒険は、ここで終えてしまってもいい。旦那様は恐らくお嬢様が誠心誠意謝れば姓を返して家に戻して下さるだろう。
だが誠心誠意謝ることをお嬢様がするだろうか。そもそも旦那様の真意も分からない。何故私達を遣わしたのか。勘当したというのなら、放ったらかしでも問題ないんじゃないのか。
『君はアンリエッタ、だよね』
「ヘティでいいわ」
サディコの質問にヘティは無感情で答えた。
『じゃあヘティ。ぼくはロジェと使い魔の契約をしている。何故それが出来たか、分かるかい?』
「聞かせて頂きたいものね」
『ロジェと約束してるから。『使い魔契約している間は、食ったりしない』って』
「……俺達を脅しているのか?」
ルネの質問に否定も肯定もせずに、使い魔は続けていく。自身が『自信』と『快楽』を操る魔獣であるのなら、この空間にいる人物の『自信』を操るのなど余裕だ。
『考えてみなよ。君達の腕は素晴らしいものだと思うよ。だけど最優先課題は『お嬢様を守ること』。使い魔契約を破棄させて、約束が無効になったら、君達はどうやって最優先課題をこなす?』
じろり、二人はサディコを睨んだ。使い魔は態とらしくたじろいだ。
『分かった。分かったよぁ。そんな怖い顔をして睨まないで。君達も仕事だもんね。お土産に一つ、良い話をしてあげる』
てしてし、と可愛い肉球でサディコはロジェの額を叩いた。前からずっと思っていて、それはこの子が自覚していなかったとびきりの秘密。
『ロジェは魔法の最上位、星魔法が使える。……どう?これで帰る気になった?』
慌ててヘティはロジェの手首を触った。脈を図るように確認すると触れたところが線香花火みたいに光った。
「……確かに、星の魔力が流れてる……。」
『それをお土産にして今日はもうお帰りよ。またこの子が目を覚ました時に、色んな話をすればいい』
魔法の最上位である星魔法が主属性で使えるとなれば、家の当主足り得るビッグニュースだ。これだけ話せば二人は帰るはず。
「お嬢様が眠っている間にお前が食っているかもしれないだろ?」
『契約内容ちゃんと聞いてたぁ?そんなことするわけないって』
「……分かったわ。とにかく今日は、帰る」
ヘティは立ち上がってサディコに告げる。
「都は今大変なの。何かあったら困るから、あんたがちゃんと見るのよ。行きましょルネ」
訝しげな目線をサディコからずらさない二人は、そのまま部屋から出て行った。
本家としては前前当主であるマリシアと面識のあるヨハンと接触したのがまずかったから、二人を寄越してロジェに話を聞き、事の次第では連れ戻す予定だったのだろう。
『星魔法。全てを破壊する魔法。まさしくぼくの『真昼の
使い魔はすやすやと呑気に寝息を立てているロジェの鼻をつついた。
『だいじょうぶ。君ならきっと、全てを壊して進む事ができるよ』
そして使い魔も、ベッドに身体を埋めた。
「アウロラ」
「はい、ここに」
日が暮れた半壊した教会の中で、ミカエルはアウロラを呼び寄せた。彼女は人の姿をしていてシスターの格好をしている。
「あの人が僕の臣下になる人だったんだよね」
「左様に御座います」
「嫌われちゃったかな」
崩れかかった水魔法で湿った十字架をミカエルは眺めた。
「そういう運命だったので御座いましょう。それに……」
ふふ、と優しくアウロラは笑って。
「御来客の様ですわよ」
天使の声に、ミカエルは振り返った。桃色の髪をした少女とお付きの者、そしてミカエルの信徒が付き添っている。
「えっと、君は……」
すっ、と少女は膝を折ってミカエルに頭を下げた。
「私の名はアリス。アリス=ジャンヌ・レヴィ。神託を受けたと聞き、参上致しました」
「レヴィさん、でいいかな」
「アリスで構いません」
そこから会話が無くなってしまった。何かを求めて来たのだろう。見かねたアウロラが、ミカエルに耳打ちする。
「レヴィ家は朧月夜家に匹敵する名家です。朧月夜家を打破するとなり、協力を申し出て来たのでしょう」
「なるほど」
ミカエルはにこりと微笑んで、
「じゃあ、アリス。改めましてこんにちは。僕はミカエル。……えっーと」
アリスはミカエルの言葉を待っている。しかし少年は言葉を紡げなかった。何を言えばいいのか分からない。ずっと貴族層に頭を下げて、石を投げられていた毎日。一体何を話せば良いのか。
……いや、遠慮など要らないのだ。僕は『神に選ばれた人間』で、当然それは貴族などより偉く。変に遠慮していればそれだけ舐められてしまう。強く出なければ。
「アリス。君はどうしてここまで来たのかな?」
「私達も是非、月影の国を見たいと思って参上致しました」
「……また、それはどうして?」
「私達は、常々おかしいと思っていたのです」
アリスは立ち上がって吟遊でも始めるのかとまごうほど仰々しく語り始める。
「創造神たる『ラプラスの魔物』は、王の上に立って世界を守り続けて来ました。しかし、これでは飼い殺されているのと同じ。意思がありません」
その語り草は正しく貴族で、確かにカリスマらしきものがある。
「どうかこの世界から神を、人を。全てを解放する為に貴方と共に参りたいのです!」
ただ、どう繕っても最終的には、レヴィ家が『ラプラスの魔物』の上に立ちたいだけなのだろうが。
「それに……私共は貴族。金銭面でも政界面でもお力になれます。『ラプラスの魔物』の、秘密も」
「ひみつ……?」
ミカエルは驚愕の表情を浮かべた。しかしそれを消して、ゆっくりと手を差し出した。
「秘密も知りたいのもあるけど、志が一緒なら目指すところも一緒、だよね。宜しく、アリス」
その声を聞いて膝まづいた少女はぱっと顔を上げた。
「光栄です、ミカエル様」
「ミカエルでいいよ。そうだ、それなら早速お願いが有るんだけど……」
「はい、何で御座いましょう」
「ロジェって人、知ってる?ええっと……ロジェスティラ・エリックスドッターって人!」
「え?」
無邪気に笑うミカエルに、アリスは一瞬だけ生気の抜けた顔をしたが、直ぐに笑みに変えた。
「知らない?元々有名なお家の人だったらしいんだけど」
「エリックスドッター……ですか?」
うん、とミカエルは何も知らずに頷く。
「あぁいえ、失礼致しました。研究所の同期生でしたので。存じております」
「そうなんだ!それなら話は早いね!」
お願いって言うのはね、とにこりとミカエルは微笑んで。
「その人を連れてきて欲しいんだ。同期生なら話した事あるよね?」
さも当たり前な口調。これが神が選んだ人間なのか?
「もし。もし、連れてくる事が出来なかったら……いえ」
アリスは一拍置いて、
「もし、仲間になることを彼女が承諾しなかったら……」
「その際は倒しちゃっていいよ!そういう運命じゃなかったってだけの話だし」
「畏まりました。では、その様に。本日は失礼致します。……そうだ」
アリスは立ち上がって宝石を取り出した。それをミカエルに渡す。
「それがあれば、直ぐに連絡が取れます。何かありましたら直ぐにお申し付けを」
「わぁ!凄い!こんなのがあるんだね、アウロラ!」
アウロラと二人で喜ぶミカエルを他所に、アリスは一礼をして教会を出た。市場を抜けて、一緒に居た使いの者へと呟く。
「神託受けたって聞いたから来たけど、そんな大した事無かったわね」
「しかし真となれば大した者でなくとも神の御加護が御座いますから」
「わっかんないなー。『ラプラスの魔物』はあれに神託を下ろした訳でしょ」
アリスは大通りに出ると、止めてあった馬車に乗った。外の大きな音がぐぐもる。隣に使者も座る。
「この間の議会の件もありますし、言い切れませんよ、お嬢様」
外を眺めながら、アリスは指を二本差し出した。
「可能性としては二つねー。一つ目は実際に彼に神託を下ろして、貴族同士の結託を強める為のもの。二つ目も神託を下ろして……まぁあとでこの信託は嘘ってことにするんだろうけど、反逆して来た者に自分の権威を知らしめる為のもの」
「オルテンシア様の『秘密』もありますからね」
「『ヴァンクール』を元に『秘密』をゆすれば、天下はレヴィ家のものって事よ」
「にしても、何者なのでしょうか。あの『秘密』について記された手紙の出し主は」
「あら知らないの?魔法使いよ。随分と長生きしてるみたいで、名をギルトー・エイルズというの」
エリクサーの水割りくらいは飲んでるんじゃないかしら、とアリスは興味なさげに呟いた。
「お嬢様は面識がおありなんですか?」
「ないわ。
「前前当主様……『ヴァンクール』に関わったという……」
「それ以上は知らないわ。ギルトー・エイルズって人に聞けば一番手っ取り早いのだけれど」
興味なさげな表情は、直ぐに喉から出る笑みに掻き消される。
「……ふふ、そんな事はどうでもいいわ。だって私には『これ』があるのだもの」
それは大きなロケットペンダントだった。重さのある赤い宝石が嵌め込まれていて、外の夕焼けに反射して余計に眩しい。
「これで天下はレヴィ家のもの。こうして私は、『神』になるのよ」
貴族の豪奢な馬車は、颯爽と街を駆けて行った。
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