第11話 遺跡からのディアフィギ
手前にあった三つのボタンと一個のレバーを、まぁまぁ適当に押した。あと結構雑に。だからボタンも壊れる。レバーはどっか飛んで行った。
「あんた、仕組み分かってんの?」
「いや知らんが。こんなもん俺の世界に無かったしな」
あんぐりとロジェは口を開ける。何か機械的な音がして轟音が響いた。慌ててロジェは外に出て地底湖の様子を見ると、モーターが動いている。信じられない……。
「おーおー動いてるな。良かった良かった」
呆然としている少女の後ろに、ヨハンはぬっと現れた。
「も、もしなんかあったら……」
「大丈夫だろ」
「その自信はどっから来んのよ……」
「良いか。世の中の人間は大体右利きだ。だから大事な物は大体左にあるんだよ」
ヨハンは変わらず自慢げだが、とんでもない確率で起動させたに過ぎない。究極のまぐれである。
「まぁもう、何でもいいわぁ。動いてるのなら街に戻りましょう。何か変わった事があるかもしれないし……」
ロジェは発電所から出てサディコに声をかけようと思ったのだが、それを汲んでかの使い魔は、
『これは上から水を流してモーターを回して電気を作ってるんだねぇ』
「つまり、水の流れを辿れば街に戻れるって事か?」
『そうだねぇ』
確かに流れていく水の先を見ると、明るい明るい街が見える。
『掴まって。歩きで帰れない事もないけど、かなり遠いからね』
サディコの毛並みに触れると、またぐにゃりと視界が歪む。が、前回と比べて移動距離が短かったのか、重力らしき何かは感じない。
『離していいよ。ここは外れの民家の中みたいだね』
何かあるかも、とロジェが言う前にヨハンが民家の更に奥に入って行った。何も言わずにロジェも続く。
「何か……何かないかしら」
『手がかりかぁ。何があるんだろうね』
ロジェはぎゅっと目を瞑った。考えろ。何かしらの理由で追われた地下世界。その理由は恐らく、地下世界が管理社会たらしめる理由になり得ただろう。
消え去った人々はそんな社会を感じて恐らく娯楽を求めた。此処には美しい景色も無い。人々の付き合いと、人々が生み出したものだけ。
「人々が生み出したものを、一括で閲覧出来る何か……」
それらは恐らく身近なもので大きなものでは無いはずだ。しょっちゅう見たいのだから手や机の上に乗せれるもの。
ロジェは台所を抜けて一心不乱に子供部屋を探した。いや待て。娯楽の無い場でそれを与える物は小さいのであるならば、ここを去る時に持っていった可能性が高い。
ならば両親の部屋を探すべきだ。科学技術が異常発達していた超古代文明に『仕事』という概念があるかどうかは不明だがそれを行うのは『大人』な訳で。
父親の部屋にロジェは入ると、スイッチを押した。ぱっと部屋の中の全ての電気がつく。それは机の上で光る何かも例外ではなかった。
「こ、これだわ……!ヨハン!来て!」
「何か見つけたのか?」
「これで調べる事が出来る筈よ」
呼ばれたヨハンは自慢げに笑うロジェを横目に画面に張り付く。
「……いや、これ多分……。」
少しどもった後、ボタンを押す。画面には何も反応が起こらない。
「無理じゃないか?鍵かなんかがいるんじゃないのか?」
「そこはほら、私の腕の見せ所よ」
「……あぁ、ここが剣と魔法の世界だって事忘れてたな」
ロジェはヨハンの前に出て画面に目を瞑りながら手をかざす。無理矢理パスワードを解除する事も出来るが機械を壊すのは宜しくない。この機械自体の記憶を探ろう。
「むむ……」
そして空に思い浮かんだ字を並べた。それを見てヨハンが相対するキーを打つ。
「は、入れた……!」
『なーに?なんか面白いものでも見つけたの?』
「あぁ。ロジェのお手柄だ」
手を進めるヨハンの表情は変わらないが心做しか声音が高くなっている。
「それはどうも。さぁ、超古代文明の文字が分かるのはヨハンだけなんだから、ぱっぱと解読しちゃって」
勢いよくキーボードを叩くと、ロジェが知らない文字が沢山画面に出てくる。
「……ヨハンはこれ、全部分かるの?」
「八割くらいな。言語が一緒で良かった」
あまりに表情が真剣なヨハンに気圧された少女は使い魔をなでなでした。それを暫くして、サディコがお腹を出した時くらいに。
「見つけた。『タイムマシンはかなり高級で、非常時に行政に借りるもの』、『個人で所有出来るのはほんのひと握りの富裕層だけ』、『過去を改変してしまう可能性がある事から、数自体は少ない』、か……」
うーん、とヨハンが珍しく唸る。困ったりするんだ、この人。ロジェはサディコの喉をなでなでしながら思った。
「この地下都市にはありそうなの?」
「データが切れてて先が読めない。『タイムマ……』とは書いてあるが」
『そのタイムマシンの疑いがある場所はどこなのさ』
お腹のなでなでを堪能してサディコは座り直した。満足したらしい。
「それもデータが切れてて読めないな。……まぁ、多分だが」
ヨハンは窓を真っ直ぐ指さした。その先には先程のあの神殿がある。
「『何にも無い建物』を護衛する程、旧人類も暇じゃないだろうよ」
「やっぱり見つからないか?」
「うーん……それらしいものは何も……」
ロジェは手をかざして瓦礫をどけ、粉塵大粉砕された遺跡を探索するが何も見つからない。
『あ。ヨハン見てみて。これまたデータじゃない?』
サディコの声のもと、硬貨の様な丸い鉄に触れると文書だろうか。それらがヨハンの周りに現れる。
「おいおい、この遺跡は個人の邸宅らしいぞ。これは日記だ」
『え。何て書いてあるの?』
「どうやら子供の日記らしいな。『父様の研究は順調』『似た経過を見せているらしいくて、楽しみ』……」
内容を読み上げながらヨハンは下へ下へと進める。まさかこれを書いた旧人類も読み上げられるとは思っていなかっただろう。
「『父様の研究でタイムマシンをコストダウン出来れば、一人一台も夢じゃない』!」
『じゃあこのお屋敷にタイムマシンがあるってこと!?』
しかし、ロジェには一つ懸念があった。それは、それこそ時間だった。
「でもこれが書かれたのがいつかが分からないと、あるかどうか……。現に使われているかもしれないじゃない」
「いや、その心配は無い」
確信に満ちた口振りでヨハンは続ける。
「見ただろう。あの端末」
「えぇ。そうね」
「色々調べたんだよ。あの端末に購入履歴も検索履歴も無かった。恐らくコストダウンは実現されていない」
それに、とニヤリと男は愉しそうに笑って。
「言っただろう。『タイムマシンは富裕層が買うものだ』と」
「情報が更新されてないってことね!」
「そういうことだ。探そう。少なくともこの屋敷にはタイムマシンがあるんだろう」
ロジェはもう一度探索し直すと、丹念に掘られた何かがある。瓦礫の奥だ。
「サディコ!ここ掘り起こして!」
『あいよーっ!』
主人の一言に使い魔は高圧の水を噴射した。その何かの前で水が跳ね返ってくる。何かの取っ手が見えた。引き戸だ。
「あれ……ドアか!」
「行きましょう!」
ヨハンが取手を引っ張ると、砂を被りつつも扉を開ける事が出来た。勢い良く中に入ると、その先は信じられない光景が広がっていた。
空は曇天だった。濁った黄金が輝く空の下は、これまた黄金の……いや、普通の砂だ。一面の砂漠が広がっている。
そしてそのどこまで続くか分からない砂漠の奥に、石造りのコロッセオの上にスノードームの様なものが乗っかっている建物がある。空に聳え立つ高さがあった。
スノードームの中には絶えず黄金の粒子が煌めいて、何かを形作っては消えていく。時計も何個かぼんやり浮かんで、消えていく。
「こ、これがタイムマシン……なの……?」
「これなら富裕層しか持てないのも納得だな。……小型化が進んだ世界で大型のものを持つことは、ある種裕福さの証左になったのか」
建物の中に入ると、水槽の中に中くらいの置き時計があった。はめ込まれた文字盤の下には三つの皿を持つ天秤がある。
それは絶えず上から流れ落ちる、生き物の様に蠢く黄金の粒を受けて揺れていた。
「あんだけあって中身これだけなのか?」
『あの上の透明な水晶の中には沢山魔力が詰まってるんだよ。動かす為のねー』
「じゃあこれがそなの?」
『あのねぇ。ロジェ。こういうのはねぇ』
「うん?」
『早とちり、って言うんだよ』
ヨハンがデータを開いて目を見開くのと同時に、サディコが視線を逸らす。
「はぁぁぁぁ!?」
「な、なに、どうしたのよヨハン!」
ヨハンは地面に寝っ転がって至る所ぐるぐるしている。発狂の原因であるデータをヨハンは叫ぶ。
「『タイムマシンいらずの思い出保存装置』とか!別に映像でいいだろ!ダメなのか!?紛らわしいこと書くなよぉ!」
「あらー……」
かける言葉も見つからず、軽く発狂しているヨハンにロジェは当たり障りない相槌を打った。
『まぁこんな事になると思ってたよ。そんな上手いくいくわけないもんね。上手くいくならさっさとヨハンは帰ってるもん』
「わかってたのなら言ってくれよ!ただの無駄足じゃないか!」
『上手いこと』を甘い言葉で提供する悪魔がそれを言うか、という思惑がヨハンの言葉を通して伝わって来る。立ち上がったサディコに半ば跪く形でヨハンは絶叫した。
『いや……別にぼくが言うまでの事ないよ。そもそもこれが『タイムマシン』だって仮説で来たんだから、違っても仕方ないでしょ。仮説なんだから』
「ぐっ……」
『ていうか自分で調べて言ってたじゃん。データが切れてて先が読めないって』
「ぐ、ぐぐ……」
『でも良かったんじゃない?タイムマシンの情報も沢山手に入ったし。情報は取捨選択を助けるよ』
サディコは慰めのつもりで言っているのかもしれないが、根本はやはり悪魔。単純に煽りにしかなっていない。
「これだから悪魔とか神とかいう連中は嫌いなんだ。禄なもんじゃない!」
ヨハンは物凄いスピードで拳銃を引き抜きサディコを撃ち抜いた。どこでそんな技術学んで来たんだ。
『鉛の鉄で死なないし怪我しないよ、ぼくは』
「知ってる。だが一発撃たせろ」
これどうするんだろう、とロジェはどこか素知らぬ風だ。目的も果たしたことだし、そろそろ地上に上がりたい。地下は暑いし。汗がさっきから止まらない。なんかドアノブ触ったら火傷したし。……火傷もしてる?
「なんでやけど!?」
さっきまでサディコと喧嘩していたヨハンが拳銃をしまって言うには、
「そう言えばさっき見た資料に『電力の負荷が強くかかると熱暴走を起こす』って書いてあったような……」
『それ結構不味くない?』
「どれくらい不味いの?」
『ロジェが死ぬくらいかな』
「結構とかいうレベルじゃないわよ!」
建物が大きく揺れて、水槽にヒビが入る。そこから割れるのは早かった。ヨハンがロジェを抱き寄せてサディコが代わりに保護結界を貼る。
『ここを閉じて早く逃げよう。地下世界まで広がったらどうしようもないよ』
ロジェがどうこう言う前にヨハンが手を引っ張って建物から出る。ふと後ろを振り返ると、スノードームが割れて中の黄金の液体が辺りへ散らばっていと。
元の遺跡へ飛び込む形で逃げると、ロジェは扉を閉めてあの空間を切除した。もうこれで大丈夫だろう。再び扉を少し開けると硬い土の壁だけが残っていた。安心して、また閉じる。
「はぁ……」
『……いや、遅かったみたいだね』
「へ?」
『黄金の液体は……魔力を込めた液体だったみたいだから……』
ぐちゃり。扉の隙間から液体が意志を持ってロジェの首を絞めた。
「コイツの魔法目掛けて追いかけて来るって訳か!」
間髪入れずに拳銃で撃ち抜くと、ほんの少しだけ液体の勢いが弱くなった。その瞬間に少女を引き寄せて逃げ始める。
「ロジェの反応目掛けて追いかけてくるって事はどうやって逃げればいいんだ!?」
『液体って言っても届く距離に限度があるからとにかく地上まで出ればいいよ!』
「クソっ!」
階段を駆け上がって地上を目指す。開けっ放しだった扉からは雨が見える。地上だ。
慌ててヨハンは扉を閉めると、扉は人を溶かすのには十分な熱を持った。
熱はヨハンに火傷をくれたあと、大きな爆発音を起こす。地面がぐらりと揺れて、それきり何も怒らなかった。
「……ふぅ……」
「よ、よはん、運んでくれて有難う。大丈夫?怪我してるわ……」
「なんでお前が心配するんだよ。俺は死なないから心配しなくていい。それよかその首を治せ。見える所に傷が残ったら大変だぞ」
ロジェは自分の首を触った。傷口があるらしく触れるとじくじくと痛い。魔力を込めて触れると痛みは消えた。ヨハンの表情も明るくなったから傷跡が消えたのだろう。
「怪我は?それ以外には無いか?」
「無いわ。有難う、ヨハン、サディコ」
「無事ならいい。帰ろう。もうここに用は無い」
ヨハンは立ち上がるとそのまま行ってしまった。ぽたぽたと降っていた雨がざぁざぁ降りに変わってロジェの全身を濡らす。慌てて木の下に隠れた。
「待ってよ。……もう行ってるし……」
『まぁ前のヨハンもそうだけど、今のヨハンなら尚更先に行くだろうねぇ』
くちゅん、と可愛いくしゃみが足元から聞こえる。マルコシアスは『自信』と『快楽』を司る。もしかして……。
「あ、あんたもしかして、『自信』の感情を使ってヨハンを動かしたの……?」
『そうだよ。じゃないと無気力極まりないもん、アイツ』
「一応聞いとくけど、いつから使ったの、力」
『この遺跡に入るちょっと前くらいから』
「だから立ちくらみがしたのねー……」
悪く思わないでね、ぼくの役目はロジェを守る事だもん、と耳裏を掻きながら使い魔は言う。
あのぐにゃりとした視界の正体はきっとサディコの力のせいだったのだろう。だってロジェは健康そのものなのだ。ちょっと疲れたぐらいでふらつくものではない。
『でもねぇ。そうは言うけどぼくの使う力なんて虫ケラみたいなもんだよ。『いつもは嫌いな物食べないけど今食べたら何か新しい発見があるかもしれない』程度の自信だからね。』
「ほ、ほんとにちょっとだけだわ」
『そうだよ。だから……』
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