第10話 繁栄のテロス

『変な人に騙されない様にしてね』


「ひ、曾祖母様の事を愛称で呼んでたのよ?何かあるかもって思うじゃない!」


『愛称か。それならもしかしたら』


「もしかしたら?」


ごくり、使い魔に視線を移してその口が動くのを待つ。


『従兄弟の再従兄弟の友達の弟くらいは、あるかもしれない……』


サディコの発言にごくり、再びヨハンの後ろ姿を見詰めながらロジェは唾を飲む。


『変な人に騙されない様にしてね』


使い魔は呆れ散らかしながら、溜息を零した。








「……言いたいことはそれだけか?」


アリスは書斎室の中、座る父の前で俯いた。


「『ヴァンクール』を奪う機会はあった筈だ。それにエリックスドッターに逃げられるなぞ……」


「申し訳ありません」


「理事長は私が黙らせておいた。金を握れば黙るからな、アイツは」


はぁ、とレヴィ家当主はため息をついた。娘であるアリスは落ち込んでいた。少しキツい物言いをしてしまったかもしれない。しかし、『ヴァンクール』はそれだけ重要なものだ。


「良いか。『聖定』が始まったのは記憶に新しいだろう。何ともしても、『聖定』に選ばれなくてはならん」


「お言葉ですが、お父様。『聖定』は過去に何度か行われていますがそのどれもに共通項はありません。選ばれるには……」


「『ヴァンクール』があれば良いのだ」


食い気味に言われたその名前にぴくん、とアリスはたじろいだ。忌まわしき神器の名前だ。


「あの神器を朧月夜までが狙っている。恐らくアレに何かあるだろうな」


少なくとも『ヴァンクール』には『マクスウェルの悪魔』に繋がる何かの秘密があるに違いない。


「『ヴァンクール』を取り戻せ。分かったな」


「畏まりました」


アリスは父の書斎を出て、扉にもたれ掛かる。ロジェの手に巻き付けられた『ヴァンクール』。あれは確かにあの女の腕で発動していた。


「必ずや、この手に」


血が滲むかとまごうほど、アリスは拳に力を入れた。







二人と一匹が遺跡に足を踏み入れると、ぱっ、と中の光が着いた。


「どうやら外の素材が電気を貯めれるみたいだな」


「随分と耐久性のある物を作ったのね」


「それくらい長い間繁栄すると思ってたんじゃないか」


光がついたその先には、古びて黒ずんだ細い廊下がある。五m程だろうか。その先にまた扉がある。


「ヨハンはどういうものが見つかったら嬉しいの?」


「文明を調べてはいるが、主に空間転移装置を探してる。タイムマシンって呼ばれるものだ」


『同じものじゃないのー?』


ヨハン、ロジェ、サディコの順番に廊下を進む。幼獣の質問にヨハンは振り返らずに答えた。


「ほんの少しだけ違うんだ」


思い切って扉を開けると、暗闇が広がっていた。足元には階段がある。意を決してヨハンは降りていく。


「時間を転移出来る力が無ければ空間を越えられない。俺を媒体にしたら恐らくタイムマシンも動くだろうよ」


「何それ。何だか魔法みたいだわ。一応超古代文明って科学でしょ」


ロジェは階段に小さな炎を浮かべながら呟いた。


「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかないものだぜ」


暫く階段を降りると、炎に反射する『何か』がある。金色の光だ。足を進めれば進めるほど、その光は強くなっていく。


最下層に到着したその先には、薄ぼんやりとした地下世界の姿が見える。


「これ……全部金か?」


ヨハンは呆気に取られて呟いた。辿り着いたのは大通りだ。真っ直ぐ進むと大きな神殿らしき所があって、周囲を民家の様な建物が埋めつくしている。


人感センサーが着いているのかは分からないが、地下世界に足を踏み入れた途端、建物のてっぺんに電気がついた。街灯には電気がつかず、足元は覚束無い暗さだ。


空を……地上の軸としての地面を見上げると、地面自体が発光している。地下世界で言う『午前』なのだろう。


「有り得ないわ。こんなの生み出せるわけない」


『もしかしたら超古代文明の超科学技術で作れるのかもよ?』


ロジェは建物に触れながら呆れ果てて言った。サディコは崩れた遺跡の欠片を足で飛ばした。


「魔法は科学よりも便利なものだけど、魔法も科学も拠り所にするものは同じ。無から有は生み出せないのよ。だからこれは多分偽物の金だわ」


『ロジェの仮説が正しいのなら、随分と旧人類達は色んなものを使ったんだねぇ』


「魔法でもこれを作る事が出来るわ。だけど、そんな事してたら世界が壊れるし、何より『ラプラスの魔物』に叱られちゃう」


ロジェは拳を広げると、手のひらに懐中電灯が出来上がった。周囲の物を媒介にした為か金色に光り輝いている。


「だから世界を壊さない様に魔法は使うものなの。あれ、つかない。回線がまずったかしら」


「ではそのつかなくなった懐中電灯は俺が科学で直してやろう」


「そんな事出来るの?今なんにも道具はないけど」


ロジェが不思議そうに懐中電灯を渡すと、ヨハンは一発それをぶん殴った。そんなのでくわけ……いや、ついてるし……。


「ほらよ」


「……物理化学ってこと?」


「そういうこと」


そのままヨハンは懐中電灯を持って行ってしまった。それ私のなんだけど、という言葉を飲み込んでもう一本精製する。


「サディコ。こんなとこではぐれちゃ大変だから離れちゃダメよ」


『はーい』


サディコはロジェの足にぴったりとくっついた。歩きにくいといったらありゃしない。


「いや、それは逆に歩きにく……まぁいいわ。行きましょう」


『ねぇーえ。ロジェ、この町の人達は皆透け透けの家に住んでたんだねぇ』


使い魔の言葉に主人は辺りを見回した。確かにここの民家っぽい建物は石造りで皆中が見えるようになっている。


「こんな家嫌ね。だけど、中が見えなくちゃいけない理由があったんじゃ無いかしら」


『例えば?』


「例えばってねぇ。うーん……家に入った時だけ起こる『何か』があったとか?それを印にして、この都市からその人を追い出そうとしたとか!」


ロジェのオカルト地味た仮説にサディコは喜んだ。悪魔も幼い子供と完成が似ているらしい。


「さながら人狼伝説だな」


「ヨハンの居た世界には人狼は居なかったの?」


「伝説はあったが実在はしなかった。俺の居た世界はこの世界と良く似ているが、ここまで安定していなかったし」


深い石の亀裂がある。幾ら超古代文明の都市だと言っても持たなかったか。


「へぇ。いっつも戦争だったりとか?」


「まぁまぁな頻度で起こってた。俺は研究を生業としていたが、徴兵されたりして大変だったんだ」


あの戦争が無ければなぁ、とヨハンは誰にも聞こえぬ声で呟いた。


「それよりこの遺跡の名前を何とするかだ。いつまでもアレアレって呼んでるのも嫌だしな」


辿り着いた中央神殿を見上げながらヨハンは難しそうに顔をしかめた。小さな魔法使いは喜び勇んで手を上げる。


「はいはーい!じゃあまた私がやるわ!名前が無くちゃ思い出せないもんね」


「そうだ。俺だって『ほら……あそこ……あの……あの建物があっただろ』みたいな会話するの嫌だしな」


『想像に固くないね』


「言ってろ。お前もいつかこうなる」


不老不死のヨハンと長寿のサディコの会話を横目に、ロジェが呟いた言葉こそ。


「……シボラかしらねぇ。『雄黄虚飾城遺跡 シボラ』」


『確かに虚飾城だねぇ。朝も夜も建物も、皆』


「にしても何で石なんだ」


てしてしとサディコは音を立てて地面を叩いた。そして耳を地面に当てる。


『水の音がする。これじゃあ木だと腐っちゃうねぇ』


「旧人類も水が無いと生きられないのね」


そんな話をするうちに神殿が目の前に迫っていた。何やら人型のゴーレムらしきものが半ば神殿の柱に挟まるような形で立っている。


それは十m程の高さで、六角形と三角形の苔むした白い大理石が交互に並びながら出来ていた。


「何これ。倒さなくちゃいけないってこと?」


「おう。シオン賢者の議定書にもそう書いてあったからな」


「誰それ。知らないんだけど」


「俺の元居た世界の高名な学者だ」


侵入者を知覚したゴーレムは、頭頂部の二つの穴を赤に光らせた。どうやらあれが『目』らしい。


振り上げられた右腕を、ロジェは肉体強化魔法で仕上げた足で蹴り上げる。クレーターを作って高く飛び上がった。


隙があった左腕から頭を目指して登ると、それをまたまた蹴り上げる。


『おぉ……すっげぇ肉弾戦。ろじぇ〜魔法使いなよ魔法ぉ〜……』


使い魔の一言にロジェはゴーレムから離れると、麗子の言っていた事を思い出してふわりと浮き上がる。そして軽く目を伏せると。


「……見つけた」


紅い紅い瞳を、同じ色の瞳を持ったゴーレムに向けて、手で銃を作って赤い光線で撃ち抜いた。


頭から粉々になったゴーレムは、両腕、身体、足の順番に粉砕されていく。そして辺りに跡形もなく散らばった。


『やっぱり、あの魔法……』


「おおー。やっぱり凄いな」


何か確信に気づいた声音で呟いたサディコを他所に、ヨハンは呑気なものだ。まだふわりと浮かんでいるロジェを見上げている。


「ロジェ。倒してくれた次いでに言うが」


ニヤリ、意地の悪い笑みを浮かべて。


「シオン賢者の議定書なんてものは、存在しない」


「……ハッパかけられた、ってこと?」


「そういうこと。という訳で行こう」


ちゃっかり利用されてしまった魔法少女は、苦虫を噛み潰したような表情をした。ヨハンは変わらず呑気なものだ。


『前言撤回する気ない?アレに興味あるって言ったこと』


はぁ、とロジェはため息一つ作って。


「……曾祖母様の事について吐いたら」


『吐いたら?』


「有無を言わさず元の世界に押し込んでやるわよ」






『ねぇー。これ本当にタイムマシンとかあるの?絶対無いじゃん』


「あると思ったんだがなぁ」


意気揚々と神殿の中に入ったは良いものの、崩れて何も見る事が出来なそうだ。ロジェは瓦礫に手をかざして、幾つか大きな石の塊を退かした。


「これでどう?なんか見える?」


「見渡す限りの瓦礫だな。」


ヨハンは砂の塊を見詰めて呟いた。こんな事は良くある事だが、それでも失望が表情に見え隠れする。


「ここには無いってことじゃない?別のところを探しましょうよ」


『何も情報が残ってないんじゃ探しようがないよ。記録とかも無いんだもん』


「超古代文明は電気を用いて記録を残したらしい。……あ」


弾かれた様にヨハンは顔を上げた。その意味をロジェも理解する。


「……電気、ねぇ」


今この地下世界は『午前』だ。しかし、街の中を歩いていた時、沿道にあった街灯は光っていなかった。恐らく非常電源で賄われている。


つまり、街に電気が供給されたのならば、何かしら情報にアクセス出来るはずだ。


「多分発電所があるんだわ。この地下世界に」


こんな大きな都市を地下に作ったのだ。何かしら事情があって逃げて来ている訳で、わざわざ発電所を地上に作る言われは無い。


「あんた水が流れてるって言ってなかった?」


『発電所みたいなもの、探してみようか』


「お願いするわ」


サディコは近くにあった亀裂の中に流れている小川に手をちょんとつけた。ロジェはその様子をしゃがみながら見詰めている。


『大きな水溜まりを中心に探してみるよ。どれどれ……』


ほんの数拍置いて、


『あった。大きな水が何かに止まってる。ロジェ、ヨハン。掴まって。ぼくが良いって言うまで離しちゃダメだよ』


言われるがままに二人はサディコのふわふわの毛並みに触れると。


ぐにゃりと視界が歪む。一行の前には絶えず水の流れの中を通っている様な景色があって──


『……着いたから離してもいーよ』


ぐん、と身体に重力がかかる。ロジェがサディコの身体から手を離すと湖があった。


「地底湖か。これがあるから街が作れたんだな……」


地底湖と言ってもとんでもなく広い。底は深くて何も見えないし、天井も暗くて見えない。向こう岸までは四百、五百m程だろうか。先程のような『午前』を示す天井はなくむき出しの岸壁があるだけ。


『水曰く、ここは昔天井くらいまで水があったらしいよ』


「サディコは水の声が聞けるの?」


『厳密に言うとちょっと違うけど、まぁそういう事かな。どう?見直した?』


いたずらっぽい声音でサディコは前のめりで伸びをしながらロジェに自慢する。


「あんたの事は頼りにしてるわよ。ヨハン、行きましょう。発電機を動かして手がかりを探すのよ」


ロジェの息巻いた発言に、ヨハンはこくんと頷いた。


水自体が発光している岸を歩くと、少し錆びているが建物が見える。


「あれ、発電所っぽくないか」


「壊れてなかったら良いんだけど……」


「祈るしか無いな」


石造りの建物の中に入ると、中は非常に近未来的だった。壁の側面にはぎっしりと計器が詰まっていて、右側面には椅子が三脚あった。


「……どれをどう操作するか分からないわね。」


「電気を頼った結果がこれか。どれどれ……」


じっとヨハンは椅子と計器版をにらめっこして、そして、

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