本音は花言葉に乗せて

@nyaml4u

本音は花言葉にのせて

「お母さんなんてもういい!関わらないで!」

そう言い残して階段を駆け上がり、バンッと部屋の扉を閉める。怒りの炎が消えるのと入れ替わりで後悔がざあぁっと押し寄せてきて、わたしの心は一瞬でブルーに染まった。

「きのうのかすみ草、無駄になっちゃったか。」

 わたしの名前はかすみ。昨日は母の誕生日。自分の名前に入っているから名付け親のお母さんも好きだろう、と思ってかすみ草を買ってきた。真っ白で可憐に咲くその花は、私とは似ても似つかない。普段はそんな素振りも見せないわたしからのプレゼントに戸惑いながらもとっても喜んでくれた。その証拠に、花束はリビングの真ん中に綺麗に飾られている。わたしは怒ってしまった自分の幼さにあきれながらベットに寝転び、目を閉じた。

 眩しくて目を開けると、リビングの風景が飛び込んできた。ただの変な夢を見ているだけだと思い、何度瞬きをしてみたが何も変わらない。わたしはついさっきまで自分の部屋にいたはずなのに。体を動かそうとしても、かさかさという情けない音が鳴るだけで、動けない。そうこうするうちに、いつものふてぶてしい顔をした「わたし」が階段から降りてきた。そのとき、わたしは完全に状況を理解した。わたしは、いまかすみ草なんだ。

「おはよう、かすみ」

「……」

「今日の朝ごはんね、かすみが好きなフレンチトーストにしたの。どう?」

「……」

お母さんが声をかけても、スマホに齧り付いている「わたし」は全く反応しない。それどころか、フレンチトーストに一口も手を付けずにどこかに行ってしまった。

お母さんはかすみ草になったわたしをじっと見つめて、まるで赤ちゃんに話しかけるような優しい声で話し始めた。

「かすみ草みたいに、清らかな心を持って、感謝ができて一生幸福でいられますように、って思ってあなたの名前をかすみにしたの。でも、多くを望みすぎちゃったみたい。お母さん、かすみのこと大好きなのにな。」

そんな名前の由来があったなんて。こんなにお母さんはわたしのことを思ってくれていたなんて。わたしは全く知らなかったし、気づけていなかった。この日から、お母さんは毎朝わたしに話しかけてくるようになった。

「ねえ、かすみ。最近学校が上手くいってないみたいだからさ、毎日の朝ごはんがせめてもの楽しみになるようにって思って、毎日がんばってるんだよ。」

「小さい時のかすみはね、いっぱい笑っていつもお母さんを探してるくらい、お母さんことが大好きだったんだよ。きっと。いまはさ、もう喋ってもくれないのかな?」

わたしは聞いていて、本当に心が痛かった。こんなに切実にお母さんはわたしのことを気にかけてくれて、愛してくれていたなんて。全く動けないことや言葉で伝えられないことが心からもどかしかったが、このときだけは素直な自分でいることができた。かすみ草は日に日に枯れていく。わたしはお母さんと話したい、そう強く思った。

「おねがいだから、かすみにもどしてよ、」

そう願うと、わたしはベットの上にいて、あっさりとかすみにもどっていた。ドアを丁寧に締めて、階段を降りる。

「おはよう。」

「おはよう、お母さん。」

お母さんは目をまん丸にして、こちらをみた。その目は今すぐにでも涙がこぼれ落ちそうなくらいにうるうるだった。

「今日の朝ごはんはね、かすみの好きなピザまんにしたの。」

「ありがとう、美味しくいただくね。」

 ああ、こんなふうにお母さんと話せたのはいつぶりだろう。嬉しくて、くすぐったくて。わたしがかすみ草になっている間に、沢山のことをお母さんは教えてくれた。かすみ草の花言葉は感謝、清らかな心、幸福。今まで伝えてこなかった感謝の気持ちも、このかすみ草にのせてなら伝えられる。わたしはこの気持ちを忘れないために、ドライフラワーにすることにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

本音は花言葉に乗せて @nyaml4u

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る