第二章
第6話
「…悪魔ってああいうのばかりなの?」
「ア…?ああ、ハーンのことか」
ゲッソリした顔で少年は歩を進める。
反キリストの洗礼を受け、少年のメンタルはボロ布同然だった。
やっとのことで反キリストから解放された少年とウァプラはオアシスを後にし、再び灰色の砂漠を歩いていた。そのうち、だんだんと足元の砂が茶色へと変わり、視界いっぱいに森が見えてきた。
オアシスとは異なり、広大な森の奥は暗くなっていてよく見えない中、あちこちで葉が掠れる音や生き物の鳴き声が聞こえる。
森に入ると少年はよく耳を澄まし、本当に聞こえた通りの音かを確かめる。
うん、決して人の話し声などではなさそうだ。
森には時折そよ風が吹き、陽は木に陰り砂漠よりも涼しい。
少年はつい緩みそうになった気を引き締めるために下唇を噛んだ。二の舞になるものかとそのまま獣道を通り、濡れて柔らかくなった土に足をとられないよう注意深く歩く。
「アイツは特にタチが悪ィが…そうだな、大体あンなンばっかだな」
少年は肌に蠢く人を思い出し、再び身体を震わせる。二度と顔を見たくないと思うほどには心底懲りていた。
「…そういえば、ウァプラと反キリストは友達なの?」
「バカ言うな。同僚だ」
「どうりょう…?」
「仕事仲間って言やわかるか?とにかく嫌な勘違いはしてくれるなよ」
「それよりほら、着いたぞ」とウァプラは話題をさっさと切り上げた。
少年はそれに異を唱えることなく視界を阻むウァプラの背中から顔を覗かせ、目の前に広がった大きな建物に目を輝かせた。
昔、少年がもっと小さい頃に見たような絵本の洋館が堂々と眼前にそびえ立っていた。
ウァプラは慣れたように大きな鉄格子を開け、洋館へと向かって歩いていく。
洋館に近づくと入り口の扉はひとりでに開き、ウァプラは歩みを止めることなくそのまま中に入っていった。少年もキョロキョロと周りを見渡しながらその後ろに続く。
洋館の中は薄暗く、冷えた空気の匂いがした。壁を見れば蝋燭が並んでおり、天井を見上げれば蝋燭がいくつも並んだシャンデリアがぶら下がっている。
エントランスの正面には広い踊り場を挟んで扉があり、その両側にある螺旋階段を上った二階の壁には窓が連なっていた。
シンプルなインテリアにも関わらず、洋館の中も外観に見劣りしない上品さに居心地の良ささえ感じられるようだ。
エントランスから見て左側の螺旋階段を上がり、すぐ近くにある扉を抜けると長い廊下が現れた。廊下には一定間隔で扉がある。それぞれ個室となっているようだった。
階段側から三つ目の部屋の前でウァプラは立ち止まった。
「ここがリパの部屋だ。好きに使え」
ウァプラが開けた部屋を覗き込み、少年は目を丸くした。
その部屋は少年が生前住んでいた子供部屋の内装そのものだった。
好きなものを詰め込み、短い生涯をここで終えた。思い入れのある部屋だった。
「飯時にまた呼ぶ。ゆっくり休めよ」
ウァプラはそう言い残して、音を立てず扉を閉めた。
そうして、ウァプラと少年の穏やかな暮らしが始まった。
ウァプラから天界での過ごし方を覚えていく中で少年は、拒否反応を起こしにくい体質であることを知った。
赤いリンゴを模した実を口に含みその苦さに顔をしかめているとその横で一緒に同じ実を食べていたはずの悪魔の頭部が溶けていたり、透明なゼリー状の花の蜜を吸ってみれば見た目と反する壮絶な辛さに涙を流している横で同じく花の蜜を吸った悪魔が自身の体内から溢れる出る水で溺れかけていたり。そんなことが続き、始めこそ敬遠されていた少年もそれを強みとして悪魔に馴染んでいった。興味を持たれたことで嫌な扱いも受けたが、ウァプラや反キリスト、そして好意を持ってくれた悪魔に鍛えられ、時に助けられることで想像以上に不満なく暮らせていた。
食べ物に関して、様々な味覚が揃う中で少年は甘いものをよく口にしていた。
特に人型の木から採れる血に酷似した樹液や、潰すと赤ん坊の泣き声のするきのこなどを好んで摘んだ。
甘いものは生前あまり食べられなかったからか、少年は甘いものをばかりを欲した。より甘いものをと片っ端から口にしていたときにはウァプラから拳骨を落とされてしまったこともある。ほんの少し前のことだ。
そして少年は反キリストとも仲良くなった。
どちらかといえば、扱い方を覚えた、という方が正しいだろうか。
反キリストは時折洋館に遊びに来ては揶揄うような態度でウァプラをイラつかせ、ある日には少年が部屋で本を読んでいると突然天井が吹き抜けになったこともあった。
その一方で、反キリストは少年にいろんな知識を与えた。
ウァプラが教えないような悪いことも良いことも区別なく、少年が聞けば大抵のことは隠すことなく事実を話した。それはウァプラの仕事についても同様で。
ウァプラはよく仕事に出かける。ねだったこともあるが少年がついていったことは一度もない。
少年の存在が広まるのは好ましくない、とウァプラに言われたからだ。
悪魔にも階級があり、階級が高いほど神と相まみえることも多い。仕事に連れていき、もし対面してしまったら。そこらにいる悪魔に名が知れるのとは訳が違う。
天界に入ってきた時点で神が少年の存在に気付いている可能性は高いが、わざわざ差し出すつもりもウァプラにはない。
ウァプラと反キリスト、似ても似つかないこの悪魔たちが唯一口を揃えて言う。
「「常々、見られていることを忘れるな」」
少年はその話をされるたびに生前を思い出しては天を仰いだ。
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