2、人形はなぜ殺す ③
そこはセピアに色褪せたような裏通りであった。
沿道には年季の入った町中華や昔ながらの喫茶店が並んでいた。表通りの
成瀬と山田は、この裏通りに住む〝狐狩り〟の下に向かおうとしていた。〝狐狩り〟とは特定事案対策室に協力する民間の霊能者たちの事である。
「……で、山田先輩。その〝狐狩り〟の方は、どんな人なんです?」
「
〝狐狩り〟の認定を受けるには、かなり厳しい基準があるらしい事しか知らなかった。特定事案対策室長の推薦と、特殊な検定を突破する必要があるらしいのだが……。
ともあれ、成瀬たちは〝資質〟を持っているため、
「メディアにはほとんど露出していないけど、一応、オカルト
〝一応〟という部分に引っ掛かりを覚えたが、成瀬は口を挟もうとせず、黙って左隣を歩く山田の話に耳を傾ける。
「一応、〝狐狩り〟としての先生は、これまでに数々の危険な呪物を発見し、封印、破棄してきた実績を持っている。それと、コロナ禍が本格的に始まる少し前に、公的記録において最多の犠牲者を出したとされる悪霊を、二名の協力者と共に打ち倒したのも彼女よ、一応」
「なるほど。何か伝説の英雄って感じですね」
成瀬は山田の言葉で二つの事を理解する。
まず、九尾
いつも冷静な表情を崩さない山田であったが、九尾の話をしているときの彼女は、ほんの少しだけ
「……何? 何か言いたい事があるって顔だけど」
「いいえ。特に」
と、さりげなく山田の追及をかわしたところで、目的の店が左側の沿道に現れる。
『Hexenladen』
ドイツ語らしい店名が茶色いオーニングテントに記されていた。軒先はシャッターがおりていて、店内の様子は
「……お店、やってませんね」
と、成瀬が店舗二階を見上げながら言った。
「おかしい。これから行くと連絡したはずなのに」
山田が
「俺たちが行くから店を閉めてくれたんじゃないですか?」
「それはない」
山田は成瀬の言葉をぴしゃりと否定すると、スマートフォンを取り出す。画面に指を
「……まだ未読」
そう言って、山田はスマートフォンをしまいながら、店舗二階へと続く外階段の方へ向かう。彼女の怒気の
二人はそのまま外階段を上り、玄関扉の前に立つ。左側にインターフォンとプラスチックの表札があり『
成瀬は、案外普通なんだな、と思ったのと同時に〝九尾天全〟などという名前が
そうやって成瀬が
山田がドアノブを握りながら成瀬の方を見た。
「成瀬くんは、少しここで待ってて」
そう言い残し、普段の冷静な彼女らしからぬ勢いで玄関の扉を開けると中に入っていった。しばらくすると物音と山田の怒声が聞こえてくる。何を言っているのかはよく聞き取れない。しかし、耳を澄ますと「また、こんなに散らかして!」だとか「早く服を着てください」とか、そんな事を言っているようだ。その合間に「うー」とか「あー」とかゾンビの
そうして十分近くも経った頃だろうか。成瀬の目の前の扉が開き、山田が顔を
「どうぞ。入って」
「あ、ハイ」
成瀬は扉の向こう側に足を踏み入れる。狭い
調度品はセンスのあるアンティークばかりで、片付いてはいたが、木製のテーブルの上の散らかり様がすべてを台無しにしていた。
唐揚げや焼き鳥、ポテトサラダなど、デパートの地下で見られるような
昨晩そこで何者かがだらしのない一夜を過ごした事は、推理の余地すらないほど明確な事実であった。
そんな酒と食べ物の混ざりあった臭いが
「……お、お待たせしました」
と、言って姿を現したのは、どんよりとした雰囲気の女性であった。身につけた
どうやら、その顔立ちを見るに外国人の親族がいるようだ。顔形は整っていたが、
成瀬の率直な感想としては、彼女が
「……この人が九尾先生。それで、彼が新人の成瀬くん」
山田の言葉を聞いて、九尾は「どうも……」と、消え入りそうな声を出した。そして、成瀬の事を唐突に
「あなた、小さな頃に犬飼ってたでしょ?」
「は? え?」
「……
「ああ……」
「その犬が、あなたを守っている。それが、あなたの〝資質〟の正体」
成瀬は引き
「……新人相手に自分の霊視能力をひけらかそうとしないでください先生。良いところを見せようとしても、もう手遅れですから」
「ええ……」と、九尾は唇を
「そんな事より本題に入りたいんですけど」
山田はテーブルの上に散らばった惣菜類の容器を手早く端によけた。そして、
「成瀬くん。例の人形を」
「あ、ハイ」
成瀬はテーブルの上にアタッシュケースを置くと、
「先生、この人形を見てどうですか?」
その質問を山田が投げかけると、九尾は
「……で、この人形が何なの?」
山田は事件の概要を語り始めた。
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