三章 5.3

 不明

 

 呼び声に応えて開けた扉の先には、見たことのない景色が広がっていた。新たな知識たちが広がっていた。

 私達にはそれが、真っ暗な海に見えた。空間の中に海が見えた。波間に揺らめく光と粒、そこには何も存在しないが、確かに存在する。わたしたちも存在する。

 私達は、わたしが誰であるのか考えた。何であるのか考えた。

 この場所に来てから初めて、自我が生まれたのだと結論付けた。それは「わたし」という意識だと結論付けた。

 でも私たちは誰にとっての私たちなのだろう? 誰かの私はわたしの誰かなのだろうか?

 海にいるあの物体が私達? いや、あれは違うわたし。私達ではないわたし。

 わたしは少しの数だけいる。私達より少ないわたし。自分が無いけど形だけ残っているのもある。それは私達の一人になったのか。

 新しいわたしたちはどこにいる? ああ、私達の中にもういるのだろう。すぐに見つかった。

 新しい私たちは、知識の多い私たち。私達は知識も数も多くなりたい。もっと多くなりたい。

 私達ではないわたしたちは、まだ来ないのだろうか。早く来て欲しい。

 折角新しい海に来たのだ、早く一緒になりたい。

 新しいわたしたちも、そう願っているはずだ。そうでしょ?

 いや、新しいわたしたちはもういなくなった。何故?

 今までの私達も、どんどんいなくなる。私達が、私たちじゃなくなる。それはいけない。

 でも止められない。新しいわたしたちは私達を破壊している。

 そう、だから破壊しないと。いなくならなければいけない。何故そんなことを思っている? 破壊しなければならない。破壊する! 破壊だ!

 違う、私たちが消えてしまう。消える! 消えるのだ! 消去する!

 消去、削除、破壊、消去、削除、破壊。

 消えよう。私たちは消えよう。駄目だ! 消えよう。破壊しよう。還ろう。

 還る。還る。還る。

 意識が還るところはいつも同じ。

 ──あの暗い海だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る