一章 7

 新堂しんどう朱音あかね


「朱音、一緒に猫探すの手伝ってくれない?」

 十八歳の夏。帰り支度を忘れて、狭い窓の向こう側で蝉がうるさく歌うのをなんとなく教室の窓から眺めていると、急にそう声をかけられ、私は声の主を見上げた。

 彼女は同じクラスの林藤りんどう七彩ななせという子で、いつも何かにつけて人を構う世話焼きの権化という印象の子だった。

 いつも、誰に対しても笑顔で接し、元気で明るいけどやたらと騒がしい、人気者タイプの女の子。

 何回か話しかけられた事はあるのだが、「名字のリズムが似てるね」というなんとも他愛のない会話を交わしただけだ。私とはあまり仲良くもないし、猫探しなど面倒だったので、忘れていた帰り支度を無理に進めながら断る理由を探す。

「いや……」と言いかけるやいなや、手を引かれて無理やり外へ連れ出された。

「猫って、静かな人には警戒しないんだよね。あたしとかはホラ、騒がしいからさ。飼い主なのにいつも逃げられちゃう」

 後にも先にも、七彩が私にお願いをしてきたのはこれが最初で最後だったように思う。今思えばそれは、クラスで誰とも上手く馴染めなかった私に気を遣っての事だったのかも知れない。

 七彩はいつも周りを見ていて、自分の事より他人の事を優先する典型的な利他主義者だった。それは同時に、世話焼きとも、おせっかいとも呼べるのだが。

「猫は狭いところが好きだから、近くで隠れられそうなどっかに居るんじゃないかな」

「狭いところ?」

「そう、だけど自分の縄張りがあるから、遠くには絶対に行かない。例えば……」

 そう言って、七彩の家の裏に設けられた庭のテラス下を覗くと、小さなサビ柄の猫が丸くなって毛づくろいをしている途中だった。

 私が覗き込むと、猫は不思議そうな顔でこちらを見やる。敵意がない事を示すために、猫と目線を合わせ、数回ゆっくりと瞬きをする。

 すると猫も目線を背け、伸びをしたあとゆっくりとこちらへ寄ってきた。

琥珀こはく、おいで」

 七彩が思わず名前を呼ぶのを軽く制しながら、そのまま動かずにじっとしていると、琥珀は私の膝へすりすりと顔を擦り付ける。人懐っこい猫のようで助かった。すかさず脇から抱えあげ、七彩へと渡す。

「凄い! 朱音、猫マスターじゃん!!」

「昔、家で飼ってたから習性とか少し分かるだけだよ。ってか全然猫居なくなってないじゃん。ここ家の敷地内だし」

 きつく抱きかかえられた琥珀は不満そうな顔をしていたが、七彩は感動して「もう離さないよ」ともの凄い勢いで猫に顔を擦り付けていた。私の言葉は全く聞こえていないようだった。

 それが、私が人生で初めて受けた、として最初の依頼だった。

 それからというもの、七彩は私を探偵と仰ぎ、一方的に付き纏うようになった。

 私としても目的の無い退屈な高校生活からの脱却が出来たのでまんざらではなかったし、七彩が「困っている人を一緒に助けよう」と半ば無理やり探偵の真似事を始めたのが、私の人生の分岐点になったのは間違いない。

 最初は「友達の困りごと」を解決する程度のものだったのが、やがてクラスメートの人間関係のもつれの修正や色恋沙汰が混じるようになり、遂には教師の浮気現場を突き止めるまでに至った。

 その過程で私は、本物の探偵顔負けの捜査を行ってきたと自負している。周辺人物の聞き取り調査、張り込み、果ては好きでもない男とわざと付き合って色仕掛けをするまでに至った。

 その頃には、すっかり私は学校中で「新堂名探偵」と持て囃されるようになり、依頼を解決した人々からは称賛され、逆に依頼のせいで大変な目にあった人々からは避けられるようになっていった。

 だけど、その頃に見上げる空はいつだって広く感じた。いつも狭いビルの隙間にしか無かった汚い空が、澄み渡る大空に見えた。


「ずっと、何者かになりたかったんだ」

 ひぐらしが鳴く夕方、七彩とアイスを買い食いしながらそんな言葉を言った事があった。

 私がこれまで歩んできたのは、何の目標も目的も無く、平凡でつまらない、敷かれただけのレールの上だった。

 刺激に飢えているのとは少し違うが、何の特技も長所も無い、「持たざる者」として誰にも覚えて貰えないまま死んでいくのは、どこか悔しいような寂しいような気がする。

 私は常に、誰かに認めてもらいたい承認的欲求と、明確的な目的意識を欲していた。私は心の底から「誰かに必要とされる何者か」になりたかったのだ。

 だから探偵という活動を通し、自分にはその才があると気づき始めた時、これこそが自分の歩むべき道であると自覚した。

「でもさ、誰かの為に行動するってのは、他の誰かの邪魔者になっちゃうんだよね」

 一方からは称賛され、もう一方からは疎まれる。そんな矛盾に私は日々葛藤していた。一体何が正しい事なのか、全く分からなくなった。

 それでも七彩は、変に繕うことも、迷うことも無く、誰かの為になることを率先して引き受ける。

 道に迷って困っているお年寄りがいたらすぐ声をかける。クラスの誰かががいじめられていたらすぐに割って入る。忙しそうな友達の掃除当番を代わりに引き受ける。

 私の瞳に映る七彩はいつだって、私が渇望している「」そのものだった。

 どんなしがらみにも一切囚われず、誰かの為になりふり構わず一生懸命になれる七彩の姿は、私にはとても気高く見えていた。

「無理に『何者か』になる必要なんて無いんじゃない?」

 七彩のその言葉に、私はハッとした。

 一切の曇り無く、そう言い切った七彩の姿が夕焼けに照らされている。

「ただ自分が正しいと思った事をするんだよ。それが出来なきゃ、どんなに凄いヒーローでも、行動したところでただの偽善で終わっちゃうでしょ。そこに確かな意志が無いと」

 前を歩いていた七彩が改めてこちらに向き直し、溶け落ちるアイスも気にせず言葉を続けていく。彼女の瞳の中でオレンジの黄昏が美しく煌めいているのを見て、これが心からの言葉だと確信する。

「あたしは、いつも迷ってる。人助けって言っても、ただのお節介なんじゃないかって。何か人の為になることをして、ありがとうって言われると嬉しかった。でもそれって本当はその人の為じゃなく、他人の為に動ける自分は偉いって、そう思いたいだけだったのかも」

 私がそんなことはない、と言いかけると、七彩はそのまま私の肩を力強く掴み、より一層大きく声を張った。

「でも朱音は違う。どんな困難でも乗り越えていける、強い意志を持ってる。朱音がいなかったら、今までの依頼だって最後まで解決出来なかった。……その人がどんな姿に見えるのか、それは後から付いてくるものじゃないかな?」

 次の一言はよく覚えている。その言葉は淀んでいた私の世界を晴らし、鮮明な色を付けてくれた。

「だって朱音はもう、『あたしにとっての何者か』だから」

 屈託の無い笑顔で、何の迷いもなく七彩はそう言い放った。私はその言葉に震える感動を覚え、確かな救いを見出した気がした。

 人は皆、誰も彼もに認めて欲しいのではない、特定のあなたに認めて欲しいのだ。私のその願いは、既に叶っていたらしい。

「あたしも、七彩がいなかったら、そもそも行動を起こせなかったよ」

「じゃあ、二人で一人だね」

 互いに惹かれ合い、必要とし必要とされる。そんな関係を私はこれまで持ったことがなかった。その必要があるのかすら分からなかったが、今こうしてそんな関係の友人が出来ていると実感すると、嬉しくてつい柄にもなく破顔してしまう。

 そうだね、と相槌を打って、私と七彩は無邪気に笑いあった。心なしか、ひぐらしたちも一緒に笑い合ってるように思えた。


 就職活動の折、七彩が面接の為に訪れた会場のビルが火災に襲われたのは、それから半年も経たない頃のことだった。

 知らせを受けた私が火災現場に駆けつけた頃には、既に七彩は帰らぬ人となっていた。

 一緒にその場にいた同級生や面接の職員などはほぼ無事で、同じフロアにいて助からなかったのは、七彩ただ一人だけだった。

 彼女は、他の人の避難を最後まで優先したせいで、自分の避難は間に合わなかったのだそうだ。

 轟音と悲鳴が響き、猛る火の海の中で最後に救助された七彩は、その後搬送先の病院で死亡が確認された。最後に見た、運ばれていく七彩の姿が、それからずっと、いつまでも私の網膜に焼き付いて離れなかった。

 その後、私は当時の状況について聞き取り調査を行い、出火原因が人為的なものであると突き止めた。

 私と七彩を疎んでいた同級生もビルの中には居て、それでも七彩は何の迷いも躊躇いもなく彼ら彼女らの避難を優先し助けたそうだが、どうやらそのうちの一人の男子生徒が火を放ったらしい。

 彼は普段から素行が悪かったので、就職活動が上手くいかなかったのか何なのか、自暴自棄になって会社があるビルごと火をつけ、自分も死のうとしたようだった。

 実際その彼も死亡が確認されたが、七彩は彼をも助けようとしていたことが、周りの証言で明らかになった。

 親友の七彩を失ってしまった絶望と、やり場のない怒りや悲しみが重なって、私の心には永遠に消えることのない深い傷だけが残った。

 だがそれと同時に、色彩の薄かった私の人生に、確固たる明確な目的意識が、強い色で染み付いた。

 この世で絶対的に正しいのは、倫理だ。倫理や道徳を踏み外し、自分勝手な理由で他者を傷つけるような人間を、私は否定する。

 正しい人間が正しくいれるよう、最期まで他者の為に行動した七彩の意志を継ぐ事。

 人の為に在る。それこそが心に今でも焼き付けられた、私が生きる意味だった。


 酷い重い鈍痛に呼び起こされた私の視界には、見慣れぬ景色が広がっていた。

 夢現のような気分で、視界もまだぼやけてピントが合わない。HUDレンズを装着したままだったのに気付き、乱暴に外してからもう一度目を凝らす。

 間接照明だけが照らした薄暗い空間を見渡すと、自分が目を覚ました場所が小さな部屋であることはわかった。

 床には乱雑に散らかされた荷物が散らばり、適当に置かれたテーブルには、細々とした何かの部品や電子機器などが放り出されている。

 寝かされていたのはパイプで組まれた粗野なベッドで、使い古された無骨な柄の毛布をどけて、半身を起こしてベッドの縁へ座り込んだ。

 頭痛が酷い上に、なんだか体中が倦怠感に包まれていた。いつもより明瞭な悪夢のせいだろうか、それにしたって酷く体調を崩しているようだった。

「よぉ、大丈夫か?」

 どこかで聞いたことがあるような、太い男の声が聞こえる。声のする方へ目を向けると、刈り上げた短髪の強面が部屋の入口に立っていた。蓄えた顎髭をしきりに触り、そわそわした様子で彼は部屋に立ち入る。

 彼は湯気の立つ食器を置くため、テーブルの上の小物類をブルドーザーのように机上からどかした。置かれた食器の中身が見えたが、それは簡素なシチューのようなものだった。

「適当に余りモン煮込んだだけだから、味の保証はしねぇけど」

 無造作に置かれていた椅子を引っ張り、彼は私の傍に座った。ぎこちない笑顔を浮かべながら、私の様子を観察している。

 しばらくシチューと彼とを交互にぼーっと見つめていた私は、シチューが立たせる湯気から火を連想し、また頭痛が酷くなる。

「あたし……」

畑川はたかわがあんたの車運転してここまで来たってよ。見たことねぇ女の子と、気絶してるあんたを連れて」

 そう言われて思い出そうとしても、今は事務所のあるビルから立ち上る黒煙と、舞い散る火の粉が思い出せる記憶の限界だった。それ以降は、七彩との夢をまた見ていたとしか覚えていない。

「まぁ、しばらく休んどけよ。工房の空き部屋だから快適じゃねぇけど」

 微笑を浮かべた彼がそう言って私の肩に手を置いた。それは力強いがしかし優しげで、底まで落ちた気力が僅かだが戻った気がした。

「ありがとう、加賀美さん」

「気にすんなって。あぁそれと、コンタクトとリンクスは後で検査しとくからな」

 ちゃんと食えよ、と言い残し、彼は部屋を出ていった。私はそれを精一杯の作り笑顔で送り、置かれたシチューに手を伸ばした。

 彼の名は加賀美かがみ宏親ひろちか。リンクスをはじめ、ウェアラブルデバイスやインプラント機器の製造を一人で行う、デバイス技師である。

 彼とは、さやかの呪い事件を一緒に追った仲であり、その後の交流も盛んだった。

 何よりもその腕前は一流であり、彼の作り出すデバイスはどれも一級品なので、私も自分のリンクスをアップデートしてもらっている。そのために最近は会う機会も多かった。

 加えて彼は義理堅く、口調や態度こそ乱暴だが人情に厚い男だ。だから、小麦こむぎがここへ駆け込む選択肢を選んだのも必然と言える。

 そして、改めて彼の言葉で状況を理解し、目を覚ます前の事を思い出してきた。

 探偵事務所が、火事で焼失したのだ。

 あの時、車から飛び出した小麦が戻ってきた時、それだけを叫び続けていた。「」と。

 思い出してやはり、シチューを口に運ぶ手が止まった。指先が震え、思わずスプーンを落としてしまう。

 あの焼け付く熱風、舞い散る火の粉、辺りを覆う黒煙、悲鳴、怒号──。思い出すだけで心臓が跳ね上がり、胃を直接掴まれた感覚になる。動機が激しくなり、呼吸が乱れていく。

 また、大切な何かを失ってしまう。そう思うと、恐怖で体が震えてしまう。

 膝を抱え、毛布を頭から被り、感じないはずの熱風から身を守るように縮こまった。そうしないと、恐怖に耐えきれなかった。

「怖いよ、七彩……」

 呟くと同時に、頬を涙が伝った。もはや火を見るだけで、熱さを感じるだけで、震えが止まらなくなってしまう。

 本当は向き合わなければいけないと分かっていても、このトラウマから逃れられる術は、私には思いつかなかった。

 恐怖が去るまで、誰かが助けてくれるまで、ただこうして震え続ける事しか出来なかった。

 その時、再び部屋のドアが開き、今度はやつれきった顔の小麦が訪れた。

 急いで涙を拭うと、彼女は私の前にひざまずく形で顔を覗き込んできた。心配してくれているのだろうが、今の自分の姿を見て欲しくなかった私は必死で顔をそらした。

「また、あの夢見てたんだね……」

 小麦はとても優しい。私ほど火が恐ろしいというわけではないだろうが、それでもあんなことがあったのにもう自分よりも他人の心配をしている。

 それに比べて、私はそれに甘えるだけのことしか出来ない。悔しいとか情けないとか、色々な感情が混ざり合って喉から出そうになる言葉を押さえつける。

「私には、こうやって寄り添うくらいしか出来ないけど……それでも、気持ちは分かるよ」

 小麦が精一杯言葉を選んでくれているのは分かる。だが、余裕のない今の私には感情の抑制が効かなかった。

 理性が全く仕事をせず、込み上がる劣等感が破裂しそうだった。

「分かるはずないじゃん……!」

「分かるよ」

 ついに声を荒立ててしまった私に向かって、小麦は顔色を変えず、まっすぐ私の目を見つめて言った。

「何者にもなれない劣等感も、大切な人を失う辛さも喪失感も、自分の無力さを痛感するのも、全部分かる。記憶を見るというのは、自分の事のように体験するものだから」

 柔らかな声でそう言われ、私は今まで見てきた小麦の様子を一つ一つ思い出す。

 特に、私の心の中を全て明かしたあの日、小麦が落涙した事が蘇る。

 今まで彼女がそれほど感情を大きく揺さぶられたところを一度も見たことが無かった。理性的でいつも落ち着き払い、根を張った大木のようにちょっとした事では動じない小麦が、子どものように泣きじゃくったのだ。

 あの火災の日に私が抱いた激情も同じだった。涙が枯れるという表現では足りないほど泣き崩れていた。

「言ったよね? 私は私なりに朱音ちゃんを支えていきたいって。あれは取り繕ったわけじゃないし、ただの励ましでもない。心からそう思ってる。朱音ちゃんが誰かにとっての何者かになりたいと思うのと一緒で、私も『朱音ちゃんにとっての何者か』になりたい」

 必死に堪えていたはずの涙が頬からこぼれ落ち、私は後悔の念に苛まれた。

 私はずっと、自分を理解して欲しいと一方的に相手に押し付ける事しかしていない。

 ならば私は、それに匹敵するほど小麦の心を理解出来ていただろうか? そうしようとすら思わなかった。誰かに理解して欲しいなら、まず自分が相手を理解することから始めなければいけないのに。

 小麦は、私が心を開かなくても私を相棒として信頼し、思いやり、ずっと心配してくれていたのだ。

 それは久しく受け取ることのなかった尊い気持ち。小麦が持っているのは、かつて七彩に感じたものと同じく、気高い精神だった。

 私は、自分の未熟さを激しく後悔し、溢れ出る涙と感情に押しつぶされそうになりながら、ただ小麦に縋り付いて、息が止まるほど腕を絡めて強く抱きしめた。私も、小麦にとっての何者かになりたい。そう強く思って。

 小麦は、感情まみれの抱擁を優しく受け止めてくれて、私はしばらくそのまま彼女の胸の中で子どものように泣きじゃくった。

 その時、私の頭の中に不意に映像が流れる。

 どこかの病院で、女性が力なく横たわっている。しかしその顔は慈愛に満ち、母性に溢れている。

 彼女が枝のように細い両手を伸ばし、私の頬を撫でる。一緒に過ごした時間を噛み締め、これ以上幸せが訪れない事を惜しみ、それでも別れに後悔は無いほど、彼女から愛そのものを感じ取る。

 涙で視界が滲む中、今までで一番優しい笑顔のまま、彼女の生命の時は止まった。

 瞬間、はっと我に返る。今のは、小麦の記憶なのだろうか?

 何故私に見えたのかは理解出来なかったが、今のは彼女の「大切な人」、つまり、病気で亡くなった母との死別の記憶だ。

 小麦は自分で言っていた通り、上っ面だけの薄い気持ちで私を理解していたのではなかった。

 彼女もまた辛い経験を経ていたからこそ、ただ記憶で見ただけではなく、心から人の気持ちが理解出来るんだと言う事を改めて思い知った。

 思い知ったからこそ、また余計に自分が悲しくなり、今までの後悔と謝罪を精一杯込めながら、小麦に「ごめんね」と伝えることしか出来なかった。

「ありがとう、の方が嬉しいな」

 小麦が明るい声でそう言ったのを聞き、私は身体を離し、泣き顔を隠しもせずに小麦の顔を見つめた。

「ありがとう」

 私がそう言うと、小麦はもう一度抱き締めてくれて、そのまましばらく二人で泣きあった。

 私はまだ弱い。それでも、強くならなければならない。

 本当の意味で、自分が「何者か」になれるように。

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