番外編

「……!ブランシュ」


 稽古から戻ってきたタイミングで、ブランシュはばったりレティシアと遭遇する。レティシアとアスールの婚約が決まってから、レティシアとブランシュは顔を合わせることが無かった。別に避けていたわけでもないし、ブランシュはそんなことをするほど精神的に幼くはない。だた、稽古や任務で顔を合わせるタイミングがことごとくすれ違っていたのだ。


「久しぶりだね。そういえば、婚約おめでとう」

「あ、ありがとう。相手が団長だなんて、びっくりしたよね?私も、びっくりしちゃった」


 えへへ、と遠慮がちに笑うレティシアを、ブランシュは優しい眼差しで見つめた。


「レティシア、団長と婚約して、幸せ?」


 じっとレティシアを見つめながら、ブランシュは静かに尋ねた。その瞳を真っすぐに見つめ返しながら、レティシアは口を開く。


「……うん、信じられないような出来事だけど、私は幸せだよ」

「……そっか」


 レティシアの返事に、ブランシュはおろしている手をぎゅっと握り締める。そして、微笑んだ。


「それならよかった」


 ブランシュの笑顔を見て、レティシアはホッとしたように微笑む。そして視線を落とすと、すこし遠慮がちにまた口を開いた。


「ブランシュ、あの……あの日言われたこと……」


 そう言って、レティシアは口を閉ざす。言いたいことがあるのに、どういっていいかわからない戸惑った表情だ。


「レティシア、ごめん。困らせたよね。でも、あの気持ちに嘘はないよ。俺はレティシアのことが好きだった。ううん、今でも好きだよ。レティシアの居場所になれたらって思ってる」


 ブランシュはきっぱりと言い切る。そして、そんなブランシュを見てレティシアは驚いたように両目を見開き、すぐに戸惑うように目線を泳がせる。


「レティシアを困らせたいわけじゃないんだ。レティシアが幸せなら俺はそれでいい。別に団長とレティシアの仲を引き裂こうなんて思っていないし、できるわけないってわかってる。ただ、俺の気持ちをなかったことにはしたくないんだ。それだけだから、レティシアは気にしないで。ごめんね」


 ブランシュがそう言って眉を下げて微笑むと、レティシアは少し悲し気に、でも優しく微笑んだ。


「ううん、わたしこそ、ごめんなさい。そして、ありがとう。こんな私のことを好きになってくれて、思ってくれて。私、幸せ者だよ」


 そう言ってふわっと微笑むレティシアを見て、ブランシュは胸がいっぱいになった。


「レティシア」


 ふと、近くでレティシアを呼ぶ声がする。そこには団長がいて、レティシアとブランシュを静かに見つめていた。


「団長!すみません。ブランシュ、ありがとう、ごめん、仕事に戻るね」

「うん、こちらこそごめん。ありがとう」


 アスールの元へ駆け寄るレティシアの後ろ姿を見てから、ブランシュはアスールへ視線を向ける。静かにお辞儀をして、ブランシュは背中を向けてその場から立ち去った。



 どれほど歩いただろうか。足を一歩一歩と進めるごとに、ブランシュの目頭が熱くなる。ブランシュは立ち止まりギュッと目を瞑ってから首を大きく振り、すぐにしっかりと前を向いてまた歩き出した。






 夜になり、ブランシュは人気のない寮の一角で月明かりの下で木刀を振っていた。ブランシュはここでいつも夜中に一人で稽古をしている。今日もいつもと変りなく木刀を振っている、はずだった。


 木刀を振る手に力がこもり、一心不乱にブランシュは木刀を振り回す。いつもは正確な動きなのに、今日は手あたり次第に振り回している。ビュンビュンと木刀が風を切る音が強くなり、ブランシュは木刀を地面に振り下ろした。


 バキッ


 木刀が真っ二つに割れる。はあはあと肩で息をしながら、ブランシュは割れた木刀を静かに見つめていた。


「よう、精が出るな」


 突然声がしてブランシュはびくりとする。視線を向けるとそこにはいつかのように壁に背をもたれかけているノアールがいた。いつかと違うのは片手に何かを持っている。


「……こんな夜中に酒なんて持って出歩いているんですか。見つかったら処罰されますよ」

「その時は団長に泣きつくから心配ない、気にすんな」


 へらっと笑うと、ノアールはブランシュの近くまで足を運ぶ。ブランシュの目の前まで来ると、静かにブランシュの頭に手を置く。そして、おもむろに撫で始めた。


「何するんですか、子ども扱いしないでください」


 ブランシュはキッと睨みつけるが、月明かりに照らされたノアールの顔は悲し気なのに驚くほど優しかった。


「子ども扱いなんてしてねぇよ。俺はよく頑張ったお前をねぎらってるだけだ」


 そういって、ノアールはただただブランシュの頭を撫でている。ブランシュはすぐにうつむいたが、その足元にぽたり、ぽたりと水滴が落ち始めた。


「お前、偉いよ。よく頑張った。お前にはいつか絶対に幸せになってほしい。いや、お前は幸せになるべき男だよ。だから今は悔しがれ。いっぱい悔しがって、いつか出会うとびきりいい女のためにもっといい男になれよ」


 そう言ってガシガシとブランシュの頭を撫でる。


「……出会えますかね、レティシアよりも、とびきりいい女に」

「当たり前だろ、そうでなきゃ俺が困る」

「なんで先輩が困るんですか」


 ブランシュは俯きながらフッと笑っているのがわかる。ノアールは嬉しくなってさらにガシガシと頭を撫でまわした。


「ちょっと!いい加減にしてくださいよ」

「ああ、悪い悪い、つい力が入っちまった」


 頭を抱えて抗議するブランシュに、ノアールはくくくと笑っている。そんなノアールを見て、ブランシュも目から涙をこぼしながら一緒になって笑った。


「全く。俺に幸せになれって言うなら、まずは先輩が幸せになるべきですよ」


 ぐちゃぐちゃになった髪を整えながら、ブランシュはあきれたように言い放った。


「俺が?」

「そうです。まずは見本を見せていただかないと。幸せになるためには、いつまでも過去を引きずっていてはいけないでしょう」


 ニッと口の端を上げてブランシュは不敵に言い放つ。その顔を見て、ノアールは自分の頭をかきながらまいったな、と呟いた。


「……まぁ、そうだな。確かに。わかったよ、俺もちゃんと幸せになれるようもっといい男になるよ」

「ふふ、そうこなくっちゃ」

「お前、やっぱり生意気だなぁ」


 うりゃ、とまたブランシュの頭を撫でようとするが、ブランシュが軽く避ける。避けられたノアールはチッと舌打ちをしつつも、ブランシュを見て笑う。


「よし、とりあえず景気づけに一杯やろうぜ」


 ノアールが片手に持っていた酒瓶を嬉しそうに見せると、ブランシュはあきれた顔で言った。


「どう考えても規則違反じゃないですか。そんなことに後輩を巻き込むなんてやっぱりひどい先輩ですね」

「今更わかったのか?」


 がしっとブランシュの肩に腕を回し、ノアールはにやりと笑う。ブランシュも、やれやれと言った表情をしながらも嬉しそうに笑った。




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兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした 鳥花風星 @huu_hoshi

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