第17話 竜神の生贄

「俺が竜神の生贄になる」と言い出したレヴィは、村人たちに綺麗に着飾られ、まるで女のように美しく化粧を施された。


「化粧なんぞ、必要なのか? 顔がかゆいな……」


 顔にものを塗りたくられることに慣れていないレヴィは、不満をこぼす。


「レヴィ、そんなことより、生贄になるなんて、大丈夫なの?」


「なに、竜神とかいうドラゴンと少し話をするだけだ。心配するな。場合によっては俺がぶん殴って――」


 レヴィは物騒なことをいいかけたが、村人が睨みつけたことに気づき、「――は、最終手段にしておこう」と訂正した。

 そして、カッツの耳に唇を寄せる。


「それに、これは竜神の犯行ではない。俺が村人の注意を引き付けているうちに、お前のするべきことを成せ」


 つまりは、レヴィが竜神と話し合いをして情報収集、その間にカッツも別行動をするという手筈になっていた。


「レヴィ、気をつけてね」


「お前もな。むしろ、真犯人に近づく可能性の高いお前のほうが心配だ」


 レヴィは、懐から何かを取り出し、カッツに手渡す。


「これは何?」


「俺の鱗だ。まあ、お守りのようなものだな。念のため、身につけておくといい」


 ドラゴンが自分の身体の一部を託すのは、相手を信頼している証拠だ。


「……うん、ありがとう。大事にするね」


 カッツはその白い鱗を胸ポケットにしまう。

 そこへ、「支度は整ったかね?」と村長が様子を見に来た。


「ほう……これは美しい。女だと言われても納得してしまうのう」


 美女のような艶やかな姿のレヴィに息を呑む村長だが、レヴィは「褒め言葉にはならんぞ」とそっけない。


「村長、さっさと山に向かうぞ。日が暮れる前に竜神と話がしたい」


 レヴィは立ち上がり、「またあとでな、カッツ」と頭を撫でる。


 ――ここからは、ひとりで情報を集めなければいけない。レヴィが村人の注意を引き付けている間に、真犯人をあぶり出すんだ。

 カッツは胸ポケットに手を当て、よし、を気合を込めた。


 レヴィは村人たちの担ぐ輿に乗せられ、山道をのぼっていく。

 村人たちは竜神を讃える唄を歌いながら、えっちらおっちらと輿を担ぐので、ゆらゆらと揺れて、正直なところ乗り心地は良くない。

 レヴィは一言も喋らず、ただ輿に座ったまま、山の中腹に着くのを待った。

 目的地に到着すると、村人たちは鳥居の前に輿を下ろし、竜神讃歌を最後まで歌い終えると、一目散に逃げるように山を降りていく。

 山のふもとには村人たちが集まり、祭りを開いて、竜神の怒りを鎮める用意をしていた。

 竜神の目の前に残されたのは、レヴィだけ。


 彼は、そのドラゴンの巨体を見上げている。

 その竜神自体が、山のような大きさだ。『竜の国』にこんなデカブツがいたら、ただでさえ狭い国の面積をさらに埋めてしまうのではないだろうか。もしかしたら、この竜神は『竜の国』に行くのを拒否してこの山に留まることを選んだ、珍しいドラゴンなのかもしれない。

 その竜神は、目を閉じてすやすやと眠っていた。鼻から吸って吐く寝息が、風となって山の木々を揺らしている。

 緑色の体表は、おそらく葉緑素が含まれており、食事を摂らなくても光合成で栄養を補えるのだろう。

 周囲に影響を与えないよう、眠り続けているドラゴン。それこそが、竜神の正体だ。


「少しいいか? 聞きたいことがあるんだが」


 レヴィが言葉を投げかけると、むにゃむにゃと竜神が目を薄く開けた。

 ドラゴンは何も言葉を発しない。まだ寝ぼけているのかもしれない。


「わかりきったことだが、お前は生贄を要求していないな?」


「……いけ……にえ? なんの……話……?」


 レヴィは手短に、今起こっている怪事件の話をする。

 その途中でも、竜神はウトウトと何度か寝落ちしており、レヴィが説明を終えるのに時間がかかった。


「その……事件については……何も……知らない……」


「やはりそうか。となると、早くカッツに合流しなければ――」


 レヴィの鼻がぴくっと動く。バッと振り返り、山から地上の村を見下ろした。

 目を凝らすと、煙が上がっているのが見える。祭りの開かれている場所ではない。


「――カッツ……!」


 素早くドラゴン形態になったレヴィは、地を蹴って飛んだ。


 レヴィが竜神の生贄として山に向かった、その間の出来事。


 カッツは竜神の祭りを尻目に、別行動を取って独自に調査を行うことにした。

 今、村人たちは祭りに夢中になっている。この隙を突いて、ドラゴンが犯人ではない、つまり、人間――それもこの村の住人が犯人だという証拠を集めなければいけない。

 彼は再び、焼かれた畑や空き家を調べることにした。


「――やっぱり、着火された痕跡が残ってる。レヴィが言ってた油の成分も出てくるかもしれない。でも、どうして警察はこのことに気付いていないの……?」


 いくら『雪の村』が田舎とはいえ、ちゃんと警察はいる。派出所程度の小さな交番ではあるが、この放火がドラゴンのものか人間の仕業かくらいは、わかりそうなものだが。

 カッツは空き家の床にしゃがみこんで考える。

 もしも、この事件の犯人が「ドラゴンの犯行に見せかけたい人間」だとしたら、つまりはドラゴンに罪をなすりつけたい、ドラゴンに恨みを抱えている人間の犯行、ということになる。竜神信仰のあるこの村の人間では考えづらいのだが、村の外部から来た人間の犯行、という可能性もあるのだろうか? たとえば、竜攫いのような。

 しかし、そんな外部の人間がわざわざこんなド田舎で騒ぎを起こすとも考えづらい。そもそもよそ者がいればすぐに分かる、狭いコミュニティなのだ。やはり、村人の犯行としか思えない。

 警察を欺き、ドラゴンの仕業だと主張できる人間……それはつまり……。


 そのとき、カッツは突然、後頭部に強い衝撃を感じた。頭が割れるような痛み。

 とっさに振り返ると、額にも一撃食らった。


「そんな……あなたは……」


 カッツの意識は遠のき、目の前が真っ暗になった。

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