第16話 『雪の村』ドラゴン事件

 カッツの友人の話すところによると、最近カッツの故郷『雪の村』では、ドラゴンが犯人とおぼしき怪事件が多発しているとのことだった。

 レヴィがドラゴンだと判明すれば、村人たちの手によって『駆除』される可能性もあるという。


「レヴィ、どうする? セント・マタルに戻る?」


「この俺がおめおめと尻尾を巻いて逃げ帰ると思うか?」


「だよね」


 カッツは肩を竦める。

 2人はまずは友人たちに詳しい事情を聞き、そのドラゴン事件を解決しようと動き出すことにしたのだ。

 彼らから得た情報をもとに、現場へと向かう。


「わあ、本当に真っ黒焦げだね」


 カッツが焼かれた畑を見て驚きの声を上げた。

 なんでも、ドラゴンが焼いたと言われているらしい。

 しかし、レヴィは畑をじっと見つめ、「フン」と鼻を鳴らすだけ。


「ここはもういい。次の現場へ向かうぞ」


「え、早くない? 調べなくていいの?」


「これがドラゴンの犯行でないことはわかりきっている」


 レヴィは何を根拠にしているのか、自信満々に断言した。

 カッツはありえないとは思いつつも、聞かずにはいられない。


「まさかとは思うけど……仲間を庇おうとか思ってないよね?」


「馬鹿を言うな。俺が追放された『竜の国』の奴らなんか守るものか」


 レヴィの反応はカッツの思った通りで、少し安心する。

 次の現場は、ドラゴンが燃やしたと言われている空き家。


「これも真っ黒だ……。人が住んでいなかったのがせめてもの救いかもしれないね」


「そうだな。他の家にも延焼しないで済んだようだ。が……」


 レヴィは白けたような顔で、焼けた家を一瞥した。


「これもドラゴンの犯行などではない。なぜ、ドラゴンがやったと思われているのだ?」


「こういう張り紙が近くの木に貼り付けられていたんだって」


 カッツが携帯端末の画面を表示する。

 彼の友人が発見し、撮影したという。

 その紙には、『次の生贄は誰だ?』と赤い文字で書かれていた。


「この文字に使われていたのは、ただのインクらしいけど」


「そうだろうな。しかし、死者も出ていないのに生贄とは、また大層な……」


 そう、このドラゴン事件、実際に被害にあっているのは畑や空き家だけ。

 作物が焼かれたり空き家を燃やされるのは困る人間もいるが、生贄と言うほどではない。

 並んで歩きながら、カッツはレヴィに尋ねた。


「どうして、ドラゴンの犯行じゃないって断言できるの?」


「ドラゴンというのは、人間が思っているよりずっと大雑把な生き物だ。生贄なんぞご丁寧に要求しなくても、食い物がほしいなら自分で人間を狩るだろう。それこそ、今頃はとっくにこんなちっぽけな村、皆殺しの上に焼け野原になって壊滅しているはずだ」


 カッツはゾゾッと怖気立つ。

 レヴィはそれを気にすることなく、「それにな」と続けた。


「なにより、ドラゴンは火を付ける時に、わざわざ油など使わないだろう。あの焼かれた畑や空き家、事件からだいぶ日にちは経っているのだろうが、かすかに油の匂いがした」


「油? まさか、この事件の犯人って……」


「フン、ドラゴンの仕業でないなら、人間の他におらんだろう」


 カッツは気分が鉛のように重くなる。つまりは、村の人間の犯行……。

 ふと、隣を歩いていたレヴィが立ち止まった。


「どうしたの、レヴィ?」


「なにやら騒がしいな。こちらに誰か近づいてくるようだ。俺達目当てか……?」


 カッツが進行方向を確認すると、たしかに人間の一団がこちらに向かって歩いてくる。村人たちだ。

 一人のおじいさんを中心に、若者が老人を守るように固まって、こちらを指差しながら何やら騒いでいた。


「久しぶりじゃな、カッツくん」


「村長さん!」


 おじいさんはあまり再会を喜んでいる顔ではない。

 村長の周りにいた若者たちが、あっという間にカッツとレヴィを取り囲んだ。

 男たちは屈強で、カッツやレヴィよりもずっと背が高い。


「ど、どうしたんですか? みんな怖い顔して……」


「カッツくん、しらばくれても無駄じゃ。おぬし、隣にいるドラゴンを村に連れてきたんじゃろう」


 村というのは情報伝達が早いものだ。あっという間にニュースが知れ渡る。

 カッツが帰省してきたことも、ドラゴンを連れてきたことも、さて誰が言いふらしたのか。


「なにか誤解していませんか? レヴィは村を焼いた犯人じゃない。こいつが来るずっと前から、事件は起こっていたんでしょう?」


「ああ、そうじゃ。わしらは竜神の怒り・祟りだと考えておる」


「竜神? この村にはドラゴンがいるのか」


 不意にレヴィが口を挟んだ。村長はじろりと睨んでから、「ああ、昔からあの山に棲んで、わしらを見守ってくださる」と、ある山を指差す。その山の中腹には、朱い鳥居のようなものが遠目に見えた。

 レヴィは「ふむ」と顎に手をやって考える仕草をする。


「その口ぶりでは、貴様らは竜神とやらを信仰しているようだな。それで生贄を要求されても逆に竜神を返り討ちにしようなどという発想に至らないのか。なるほど、おおむね事情は把握した」


 それにカッと逆上したのは村の若者たちであった。


「お前みたいなよそ者に何が分かる!」


「竜神様は今まで生贄を要求するなんてしたことがない。きっと俺達がなにか気に入らないことをしたに違いない」


「生贄を差し出して、とにかく竜神様の怒りを鎮めないと、次こそ村の誰かが丸焼きにされる!」


 どうやら、村人たちは恐慌状態に陥っているようだ。

 おそらく彼らは、竜神に捧げる生贄を誰にするかで散々話し合い、悩んでいたのだろう。


「わかった。ならば、俺が生贄になろう」


 あまりにあっさりとした口調でそう言い放ったレヴィに、カッツも村の人々も唖然としていたのであった……。


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