第15話 夏休みの帰省
夏休み。それが学生にとって重要な期間であることは、読者の皆様も充分ご承知のことだろうと思う。
遊びに、勉学に、あるいは長期の旅行に、その期間が充てられることが多いのではないか。
寮に戻ったカッツは、レヴィにある提案を持ちかけた。
「レヴィが良かったらなんだけどさ、一緒に僕の故郷に行ってみない?」
「ああ、俺は予定もなし、このまま寮に残るつもりだったから構わんが」
レヴィは二つ返事で了承し、2人で荷物をまとめる。
「カッツ、お前の故郷とは、どんなところなのだ?」
「何も無い田舎だよ、村だし。でも、どうせなら母さんに顔を合わせたいし、レヴィのことを紹介したいんだ。こんなに頼りになるドラゴンとコンビを組んでいるんだよって」
レヴィは「頼りになる」という言葉に、内心まんざらでもないようであった。
「ふふん、まあ、義母になる相手には挨拶をせねばなるまいな」などと言いつつ、ドラゴンの姿であれば間違いなく上機嫌で尻尾を振っていたであろう。
そうしてそれぞれの荷物をまとめた2人は、カッツの生まれ育った村に帰省することになったのだ。
「俺がお前を乗せていっても構わんのだが」
「いや、レヴィは僕の村の場所知らないからナビゲートも大変でしょ。それに、結構距離あるから、村に着いた時点で疲れちゃうよ」
カッツの故郷は『桜の国』の北の果てにある。飛行機で北の果てにある島まで1時間ほど移動し、そこから更に高速バスで村近くの街まで3時間、そして街から村への寂れたバスに揺られて1時間。レヴィも流石に「これは確かに飛んで移動するのは大変だったかもしれん」とこぼしていた。
そんなこんなで、カッツとレヴィは『雪の村』まで来たのである。
「あっ、カッツじゃん!」
「おやまあ、ずいぶん見ないうちに大きくなったねえ」
「お友達も連れてきたんか?」
村を歩くと、そこかしこで村人たちがカッツに声をかけ、挨拶をしてきた。
カッツも「久しぶり~!」と嬉しそうに返事をする。
「この村でも、ずいぶんと有名人のようだな、お前は」
「父さんが人付き合いの多い人だったからね。でも、ドラゴンライダーとして有名なのは桜都に行くまで本当に知らなかったよ」
「こんな辺鄙な村にドラゴンがいることにまず驚くが……」
ドラゴンと言えば、古代においては山奥に潜み、黄金や宝物を守っているイメージが定着していたが、こと平成の世においては、ドラゴンだって都会には憧れる。そもそも『竜の国』こそが小さな島国であり、田舎のようなものだ。せっかく『桜の国』に行く許可が降りたのに、田舎から田舎にわざわざ引っ越すドラゴンの話はあまり聞かない。
そんな会話を交わしながら、カッツは目的の家に辿り着いた。
「母さん、ただいま!」
カッツの母は玄関に背を向けてキッチンに立っていた。鍋からは湯気が立ち上っている。特に香りは感じないが、近くに置いてある木箱を見る限り、そうめんを茹でているようであった。
彼女が振り返ると、後ろでひとつ結びにしている髪の房が揺れる。
「そろそろ帰ってくる頃合いだと思って準備しておいてよかったわ。おかえり、カッツ」
カッツの母は微笑んだまま、視線は息子の隣にいるレヴィに注がれた。
「あなたがカッツの相方さん? 息子がいつもお世話になってます」
「いえ、こちらこそ。こちら、つまらないものですが」
レヴィは完全に猫を被り、カッツの母に手土産を渡す。ちなみにお土産の内容は『桜都名物・桜饅頭』だった。
「まあ、お気遣いありがとう。外は暑かったでしょう。今、そうめんを冷やすから座って待っていて」
「俺もなにか手伝いますよ」
「いいのよ。台所も狭いし、2人も入れないから」
レヴィがダイニングテーブルでカッツの隣に座ると、カッツはニヤニヤしていた。
「なんだ、気色悪い」
「いや? レヴィも母さんには紳士的だなって思って」
「将来、義母になるお方だ。気も使うさ」
どうやら、レヴィは本気でカッツをつがいとして娶る気満々らしい。カッツはどう返事したらいいのか迷った。
そこへ、「はい、冷やしそうめん、おまちどう」とカッツの母が皿を運んでくる。
カッツとレヴィが「いただきます」と手を合わせて、そうめんを啜ろうとした瞬間。
「なあなあ、カッツが帰ってきたってマジ!?」
「マジマジ! 俺さっき声かけたもん!」
「おーい、カッツ~! なんだよ、ホントにいるじゃん!」
村の人間と思しき青年たちがカッツの家にやってきたのだ。
「わあ! みんな久しぶり~! 元気だった?」
「この村は何も変わんねえよ! 朝から晩まで畑仕事さ!」
「あ、俺は役場で働くことになったんだ」
「え! すごい!」
カッツは村の友人たちとおしゃべりに興じている。
それを面白くなさそうに、頬杖をついていたのはレヴィであった。
「おい、カッツ。誰だ、そいつらは」
「あっ、ごめん。紹介しそこねた。コイツはレヴィ。僕の相棒のドラゴンなんだ」
カッツがレヴィを紹介した途端、家の中はシン……と静まる。
「あれ……? どうかしたの?」
「あ~、言いづらいんだけどな、カッツ……」
「ちょっとタイミングが悪かったな」
友人たちは気まずそうにしており、カッツは不思議そうに首を傾げていた。
彼らは衝撃的な言葉を、カッツとレヴィに投げかける。
「今、この村はドラゴンの被害にあっていて、見つけ次第みんなで駆除しようって話になってるんだ。そこの……レヴィってやつ、逃げたほうがいいよ」
カッツとレヴィは、思わず顔を見合わせたのであった……。
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