第14話 イゾルデとクリカラ

 やがて、山の中での夜が明ける。

 テントをしまって、イゾルデのもとに戻ったカッツとレヴィは一番乗りであった。


「うんうん、カッツくんとレヴィアタンくんはサバイバルは優秀ですね〜。文句なしの花丸でーす」


 イゾルデは携帯端末の画面を見つめている。どうやら監視カメラの映像が流れているようだ。


「うーん、ドラゴンライダー同士で喧嘩しちゃいましたか〜。この子たちはあとで叱っておかねば〜」


 そこへ、見知らぬ人物が草むらの向こうからガサガサとやってきて、イゾルデに耳打ちする。

 何かを伝えられたイゾルデは監視カメラを確認し、「あら〜、大変」と、ちっとも緊迫感を覚えない、のんびりした口調で返した。


「イゾルデ先生、こちらの方は?」


「私の相棒のクリカラです。あれ? ここに来る時、一緒でしたよね〜?」


「イゾルデさん、それは当方がドラゴンの姿だったからかと」


「そうでしたっけ〜?」


 とぼけたようなイゾルデだが、クリカラが「悠長に話している場合ではありません」と急かすようにして、2人で足早にどこかに移動しようとする。


「あの……? 僕たちはどうすれば?」


「そこで待っててもいいですけど〜、せっかくならついてきますか?」


 イゾルデは相変わらず眠そうな顔で笑うと、クリカラとともに草むらをガサガサとかき分けていった。


「……どうする、カッツ」


「ついていこう。なにかあったんだ、きっと」


 カッツは即答する。

 レヴィも「やれやれ」と肩を竦めつつ、やはり気にはなるようで、2人でイゾルデとクリカラを見失わないように後を追った。


 ――行った先は、大変なことになっていた。

 カッツたちがテントを張った場所とは別の川の近くには、いくつかテントが張られている。

 その所有者である生徒たちは恐慌状態に陥っており、彼らの相棒であるドラゴンが必死に戦っている。

 ドラゴンたちの相手は――クマだ。

 そう、山岳地帯であれば、危険生物であるクマはいる。

 しかも、『桜の国』のサクラグマは、ドラゴンにも劣らない威力と頑健を持った恐ろしい動物である。

 一説にはドラゴンに対抗するために進化したと伝えられているが――まあ学説的なそれは置いておこう。

 サクラグマの牙は鋭く、爪は獲物を抉る。

 おまけに車並みのスピードで標的を追いかけるという、山で出遭えば、ほぼデッドエンドが確定する獰猛な死神である。

『竜の国』から『桜の国』に来たばかりで、サクラグマの存在すら知らされていないドラゴンたちは、たかがクマだろうと油断したのか、負傷した者もいた。


「くそっ、なんだこのクマは!?」


「なんとしても騎手を守れ! 我らドラゴンが負けたら全滅だぞ!」


 ドラゴンたちは協力してサクラグマに立ち向かっている。

 本来、生徒同士での協力を禁じていた今回の訓練であるが、そんなことを言っている場合ではない。

 しかし、サクラグマはその巨体からは想像もできない身のこなしで、ドラゴンの拳を避けるどころか、そのまま飛びかかり、爪で顔を狙ってくる。ドラゴンたちもこれほどまでに自分たちの脅威となるものを見たことがないのか、焦りを感じているようだった。


「みなさ~ん、大丈夫ですか~? 助けに来ましたよ~」


 そこへ、場違いなほどのんびりした口調でイゾルデが草むらをかき分けてやってくる。

 ドラゴンライダーたちに、安堵の表情が浮かんだ。

 サクラグマはギロリとイゾルデを睨みつけ、標的が彼女に変更されたようである。

 フーッ、フーッと興奮状態のサクラグマは、イゾルデに襲いかかった。


「おっと、あなたの相手はこの当方ですよ」


 サクラグマとイゾルデのあいだに割って入ったのは、クリカラである。

 イゾルデに向かって振り下ろされるはずだった爪を、片手で受け止め、クマの固い腹筋に一撃、拳を食らわせた。

 それで若干圧されたサクラグマであったが、両腕を振り上げ、その腕力でクリカラを押しつぶし、切り裂こうとする。


「おや、そんなポーズをしてしまったら隙だらけですよ?」


 クリカラは冷静に、クマの鳩尾を膝で蹴り上げ、怯んだ隙にさらにハイキックで目を狙った。

 サクラグマは悲鳴のような吠え声を上げて、今度こそ山の奥に逃げ帰っていったのである。


「クリカラさん、お疲れ様です~」


 イゾルデはパチパチと拍手をし、クマに襲われていたドラゴンとその騎手たちは、その圧倒的な強さに呆然としていた。


「クリカラさん、すごいや」


「フン、あんなテディベア程度、俺だって倒せる」


 感心するカッツに鼻を鳴らすレヴィだったが、イゾルデが「あ、じゃあさっきのクマ、もう1回呼び戻してきます?」と尋ねると沈黙する。


「それでは、ここにいる皆さんはテントを回収して集合場所に向かってくださーい。私は他の皆さんの様子を見てきますね〜」


 イゾルデはそのままクリカラと共に、また草むらをガサガサとかき分けて行ってしまった。


「ふむ、なるほど」


「どうしたのさ、レヴィ?」


 何かが腑に落ちたらしいレヴィに、カッツは首を傾げる。


「イゾルデからあのドラゴン――クリカラといったか、アイツの匂いがする」


「そりゃ、クリカラさんと一緒にいれば匂いくらい移るんじゃない?」


「いや、血液レベルで匂ってくるのだ。ひょっとしたら、イゾルデはクリカラに血を分けてもらったのかもしれんな」


 カッツは目を丸くしたが、それで彼も納得した。

 いつのことだったか、トールと話していた内容を思い出したのだ。


 ――そういえばイゾルデ先生って見た目若そうに見えますけど、30年くらいここに勤めてるのに全然姿形が変わってないらしいですよ。セント・マタルの卒業生が会いに来てビックリしてたそうです。


 なるほど、ドラゴンから血を与えられると長寿を得るという話が本当ならば、イゾルデが若さを保っている理由もつく。


「ドラゴンの血って本当に効くんだね……」


「ああ。竜攫いが俺達ドラゴンを執拗に狙う理由が理解できるだろう?」


 カッツは頷いた。

 竜攫いは、ドラゴンを毛嫌いしている竜差別主義者の集団だと聞く。

 そいつらが組織的にドラゴンを攫っては血を抜き、富裕層にその血を密売しているという噂。

 改めて考えると恐ろしい話だ。


 なにはともあれ、集合場所に生徒たちは全員集まった。

 イゾルデの話では、カッツの焼き魚を狙って喧嘩をしたドラゴンライダーたちは夏休みの宿題を倍増、クマを倒すために協力した生徒たちは想定外の事態だったため、宿題は増やさないという意向らしい。


「先生、そんなのずるいですよ!」


「そうだそうだ! カッツが美味しそうな匂いをさせている焼き魚を置いて、僕たちが喧嘩するように仕向けたんです!」


 喧嘩していた生徒たちが口々に文句をいう。カッツは申し訳無さに縮こまっていた。


「え~? でも、君たちもきちんとサバイバルできていれば、焼き魚くらい自分たちで作れたんじゃないですか~? 他人に責任転嫁するのは良くないですね~」


「でも……」


「これ以上、宿題を増やしてほしいんですか?」


 それで生徒たちは黙ったが、恨みがましい目でカッツを睨んでいる。


「さて、それでは、このサバイバル訓練の終了をもって、これから夏休みに入りまーす。寮に残ってもいいですが、里帰りしてご家族に顔を見せるのもいいですね。それでは、皆さん、良い夏休みを~」


 ――生徒たちの怨みはさておき、これから楽しい夏休みが始まる。

 カッツのみでなく、セント・マタルの学生たちは、ワクワクと輝くような表情をしていたのであった。

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