第13話 山岳地帯でのサバイバル訓練

 ――『桜の国』は、海に囲まれた島国であるが、山の幸も豊富である。

 セント・マタル学園の一年生たちは、ドラゴンにまたがって集団で空を飛び、首都『桜都』から25里――キロメートルに直すとおよそ100キロメートルほど――離れた、とある山岳地帯に降り立った。

 先導していたイゾルデがドラゴンから降りると、生徒たちもそれに倣ってドラゴンから降り、担任教師のもとに集まる。


「はい、それじゃ、今日はこの山でサバイバルをしてもらいまーす。とはいえ、監視カメラがついているので、本当に危険な目にあったらすぐに先生が駆けつけるので安心してくださいね~」


 少しホッとする生徒もいるが、「でもイゾルデ先生だしな……」とまだ警戒を解かない生徒もいた。イゾルデはあまり生徒たちからの信用がない。今までの抜き打ちテストの様子などを見ればそれはごく自然なことなのだが。


「え~、同時に、監視カメラがついているということは、皆さんの行動は筒抜けということです。決してドラゴンの能力をちょっと使っちゃおうかな~とか思わないように。先生はし~っかり、見・て・い・ま・す・よ~」


 イゾルデはお茶目にウィンクしたつもりなのだろうが、一部の生徒は(この人、こわい……)と少し怯え気味であった。


「それでは、一泊二日のサバイバル、頑張っていきましょう~。皆さんはこの山から出ない限りは、好きな場所にテントを張ってください。テントを張るのも、火起こしも、料理も、すべてドラゴンとドラゴンライダーのコンビで行うように。他のコンビと協力するのも喧嘩するのもダメでーす。一人二組で、なんとか生き延びてくださいね~」


 なかなか難しい注文であるが、ドラゴンライダーともなれば、サバイバルが必要になる瞬間もある。『竜の国』への旅の途中にもそんなシーンはあるだろう。カッツは気合十分と言った感じで、「レヴィ、いい場所を探しに行こう!」とテントセットの入ったリュックを背負って歩き出した。このリュックは学園から支給されたもので、必要最低限のものしか入っていない。さらに、生徒たちの物品の持ち込みも禁止されている。


「こういったサバイバルでは、水辺――川の近くなどに居を構えるのが一般的だったか」


「そうだね。この山岳地帯ではいくつかの川が枝分かれしているから、このクラスの人数なら問題ないと思うけど、いい場所はやっぱり先に確保しなきゃ」


 レヴィはカッツのあとについて、山の中をかき分けていく。


「カッツ、川の場所はわかるのか?」


「地図は頭に入れてあるよ。予習って大事だよね」


「お前にしてはいい心がけだな」


 レヴィが褒めると、カッツは「えへへ~」と歩きながら嬉しそうだった。

 やがて、水の流れる音が聞こえてくる。


「うん、山の中だけあって、綺麗な川!」


 カッツとレヴィは川辺にテントを張り始めた。

 少し遅れて、他の生徒達もやってくる。


「レヴィ、川の魚を獲ってもらえる? 僕はその間に火を起こしてみる」


「人間はファイアブレスも使えないのに、火が出せるのか?」


「原始的なもので、木の枝と板を摩擦させて火を起こす方法がある。ただ、すごく時間がかかるから、その間に食べ物を確保しておいて」


「承知した」


 レヴィは川に向かい、その動体視力と運動神経で川の魚を次々と捕まえていく。

 他のドラゴンも同様に騎手から頼まれたらしく、魚を捕らえていた。

 イゾルデの判定では、これはドラゴンの能力を使ったことにはならないらしい。

 そこへ、レヴィのもとにプカプカと何かが漂ってくる。


「ん……?」


 レヴィはそれを拾い、魚を担いでカッツの元へと戻った。


「わぁ、大漁だね」


「そちらは……まだ終わっていないようだな」


 木の板には摩擦による焦げ跡がついていたが、火を付けるには至っていないらしい。

 カッツは恥ずかしそうに「ごめんね」と笑っていた。

 ふと、レヴィが手に持っているものに気づく。


「あれ? なんでペットボトルなんて持ってるの?」


 カッツが疑問に思うのは当然で、イゾルデはそういった飲み物を持ち込むことも禁止したのである。

 そのため、この場にペットボトルが存在するはずがないのだ。

 レヴィは肩を竦める。


「川にこれが流れ着いていてな。自然にゴミを捨てるなどけしからん、ゆえに俺が持って帰ることにした」


 監視カメラで把握されているのであれば、レヴィが持ち込んだものではないことは分かるだろう。


「待って! それ、使えるかもしれない!」


 カッツはレヴィからペットボトルを受け取ると、川の水をその中に入れた。


「飲むのか?」


「違うよ。この水を入れたペットボトルを、太陽の角度に合わせると……」


 無色透明な水が太陽の光を集めて屈折させ、木の板の上、一点に集中する。

 その一点に、カッツがポケットを探って出てきた綿埃を置くと、だんだん煙が出てきた。


「――よし! 火がついた!」


 そこに枯れ草や小さく裂いた木の枝などを集め、火を大きくする。

 一定の大きさに火を調整して、やっとカッツの仕事が完了した。


「ふう、よかった……。あとは魚を焼いて食べよう」


「川の水も飲めるようにしなくてはならんだろう。俺は平気でも、お前が腹を痛めたら困る」


「そうだね。とりあえず、ろ過と煮沸消毒かな」


 幸い、ろ過のためのフィルターセットはリュックの中に入っている。

 カッツはテントセットのうちに入っていた簡易調理器具で、川から汲んでろ過した水を火で煮て飲めるようにした。

 ……他の生徒たちはまだ火起こしに時間がかかっていたり、手間取っている部分も多いようだ。

 それを見てソワソワしているカッツに、レヴィは「いかんぞ」と注意した。


「お前はお人好しが過ぎる。他の生徒を手伝ったら訓練は失格だからな。わかっているだろうな?」


「わかってるけど……」


 カッツは、たまたま父親のオリバー・ジャバウォックに、サバイバルの手順を教えてもらっていたから上手くやれているだけだ。

 それに不慣れな生徒がいるのも仕方ない。

 とはいえ、ドラゴンライダーが仲間を見殺しにしていいのだろうか……?

 そんな葛藤に囚われながら、キャンプ地点はだんだん日が暮れていく。

 そんな中、カッツはあるひらめきを得た。


「そろそろ、火の始末をして寝るぞ。明日起きて無事にイゾルデのもとに戻れば、サバイバルは終わりだ」


「一泊二日って、あっという間だね」


 まだ一年生ゆえに、そこまで本格的な訓練にはしていないのだろう。

 それでも大変な生徒は大変だが。


「余った焼き魚はそのままにしておこう。明日、朝ご飯にすればいいよ」


「む? しかし、どこかにしまっておかねば、動物に食われるやもしれんぞ」


「食べられたら、それはそれで仕方ないさ」


 カッツとレヴィは魚を串に刺して焚き火跡に置いたまま、テントに入った。

 そして、彼らが寝入った隙を狙ったのが、他の生徒である。


「腹減った……。腰抜けカッツめ、自分たちだけ美味そうに食いやがって」


「この魚は俺のだ!」


「なにをぅ!」


 ドラゴンライダーたちは醜い争いを始める。空腹というのは人を凶暴にするのだ。

 それをテントの隙間から見ながら、レヴィは「やれやれ」と肩をすくめた。


「カッツ、お前の施しは人に争いしかもたらさないな」


 他のコンビとは協力も喧嘩もしてはならない。

 となると、わざと食べ物を盗ませるしかなかった。

 カッツは甘すぎる、とレヴィは思うが、それが彼の人の善さでもあるのだろう。

 既に夢の中にいるカッツの寝顔を眺め、レヴィはカッツの額にキスをしてから、外の争いを気にせず眠るのであった。


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