第12話 祭りのあと、そしてサバイバルへ

 学園祭、竜攫いを捕まえる際に怪我をしたカッツとレヴィは保健室に向かい、ドラゴンレースを見ることは叶わなかった。


「トール、ニーズ、優勝おめでとう!」


「まさか、どんくさそうなニーズホッグがレースで勝つとはな。いったい何をしたのだ?」


 笑顔で祝福するカッツの横で、レヴィは心底不思議そうな顔をしている。

 それもそのはずで、レースの練習中、ニーズはずっとやる気がなく、カエルばかり探していたのだ。

 トールはフッと陰のある微笑みを浮かべた。


「なに、簡単なことですよ……。ニーズに『一番乗りしたらお祭りの食べ物をいくらでも買ってやる』と耳打ちして……」


「ああ~……」


「その代わり、レースの賞金のほとんどが食べ物代に消えましたけどね……」


 トホホ、とうなだれるトールの横で、ニーズはチョコバナナを食べている。

 学園祭も終わり、人のいなくなった校舎には『蛍の光』が流れていた。


「それで、レースの『特典』ってなんだったの?」


「学園祭の最後にやるライブを特等席で見られる、というチケットを貰いました。正直、そんなに興味なかったんですけど、僕ら」


「桜帝が来るというウワサはどうだったのだ?」


「レースのスポンサー……ヒイロさん、でしたっけ。あの人が優勝賞金とか渡してくれましたけど、桜帝陛下はいらっしゃいませんでしたね」


「じゃあ、ただのウワサかあ」


 とはいえ、ドラゴンレースのコースを飛ぶという目標は来年に持ち越しである。

「来年こそ頑張ろうね」と笑いかけるカッツに、「そうだな」とレヴィも目を細めた。


「それにしても、学園祭にまで『竜攫い』が押しかけるなんて、災難でしたね」


「まったくだ。ひどい目にあった」


 竜攫いたちに眠らされて拉致されたレヴィは肩を竦める。


「それにしても、不思議な人だったね、ヒイロさん」


「僕もレースで優勝したときに初めて会いましたけど、どことなく高貴な雰囲気というか……どこかで見たような……?」


 トールは心に引っかかるものがあったらしく、首を傾げていた。


「いい人だったから、また会えるといいなあ」


 すっかりヒイロに懐いたカッツを見て、レヴィは不機嫌そうな表情を隠さない。


「そんなにあの男が気に入ったのか?」


「うん? 気に入ったっていうか……優しい人だったじゃない?」


「……」


 苦々しい顔をするレヴィに、空気を読んだトールが気を遣う。


「そ、それより! 今日の寮の夕食は、学園祭スペシャルらしいですよ! 早く寮に帰りましょう!」


「学園祭……スペシャル……!?」


 そこへ身を乗り出したのがニーズで、トールはガクッとずっこけそうになった。


「ニーズ、お前どんだけ食べる気なんだ!?」


 夕焼けの差し込む校舎に、学生4人の笑い声が響く。

 そうして、学園祭は閉幕した。


 ――レヴィは、竜攫いたちに眠らされたときに、夢を見ていた。

 レヴィの母が病に倒れたときの夢だ。

 レヴィの母は、竜王の妾だった。後宮に上がらず、側室ですらなかった。

 曲がりなりにも竜王の子ということで、陰口は叩かれど面と向かって悪口を言われることのなかったレヴィだが、母の死後はひとりきりになった。

 竜王は母の墓参りにすら現れなかった。

 当時14歳だったレヴィは竜王に連絡する手段を持っておらず、母の墓の前で、ひとり、立ち尽くした。

 ――なぜ、父上は母に会いに来ないのだ。

 決まっている。正室――竜王妃がいるからだ。

 正室の手前、妾になど会いに行けないのだろう。

 レヴィの中で、殺意が芽吹いた。

 殺そう。

 竜王も、竜王妃も、母を疎んだ者たちも、全て全て、殺し尽くそう。

 そうして、ドラゴンの姿で竜王城に乗り込み、破壊の限りを尽くしたレヴィは、あえなく竜王の王座を目前にして取り押さえられた。


「レヴィアタン、お前を『竜の国』から追放刑とする」


 故郷を追われ、『桜の国』に送られたレヴィは、それからセント・マタルに入学するまで、3年を過ごした。

 ――母の墓は、誰かが世話をしてくれているだろうか……。

 レヴィが薄く目を開けると、目の前にカッツの顔があった。


「おはよう、レヴィ」


「……ああ、おはよう、カッツ」


 またあの夢か、とレヴィは心のなかで呟く。

 あの夢は、竜攫いに攫われる前から、何度も見ていた夢だった。


「なんか、悲しい夢見てた?」


「なぜ、そう思う」


「レヴィ、泣いてたから」


 カッツは、ハンカチでレヴィの涙を拭いていたらしい。

 ――『竜の国』へ行くときに、カッツにこの内容を話さなければいけないだろうな。

 レヴィは、カッツにこの話をしたときの反応が手に取るように分かって、胸が痛んだ。


 学園祭も終わり、セント・マタルは8月を迎えていた。


「そろそろ夏休みですね~。そこで、皆さんにはサマーキャンプを計画しています」


 夏休みの直前を利用して、山岳地帯にキャンプを張り、一泊二日のサバイバル訓練を行うのだ。


「山に登って、皆さんで食料を調達、それで料理を作ってもらいまーす。先生も評価のために食べさせてもらうので楽しみです~」


 担任教師のイゾルデは、思いの外、食べることが大好きらしい。

 クラスの面々も、キャンプという単語にワクワクする楽観主義者が半分、サバイバルという言葉に不穏なものを覚えている慎重派の生徒が半分といったところか。


「楽しみだね。カレーとか作るのかな?」


「カッツ、お前、話を聞いていたのか? 自分たちで食料を調達するのに、どうやって香辛料を手に入れるつもりなのだ」


 あまりにも脳内お花畑のカッツに呆れるレヴィ。


「ひとつ確認したい。そもそも、お前、料理のたぐいは作れるのか?」


「食パンにバターを塗るなら任せて!」


「……」


 レヴィは「これは俺が頑張らねばダメだ」と覚悟を決めた。


「ちなみにですが、ドラゴンの皆さんは人間形態のままで、ドラゴンの能力を使うことを禁じまーす」


「!?」


 イゾルデの宣言に、生徒たちはまたもやざわついた。


「だって、ドラゴンの能力を使ったら訓練になりませんからね~。ドラゴンの能力を全て封じられた、という想定で訓練を行います。ファイアブレスで火をつけるのも禁止でーす。自力で火起こししてくださいね~」


「なん……だと……?」


 レヴィを筆頭に、クラスの生徒達は一気にキャンプが不安に傾いた。


「わあ、すごいや。楽しそうだね」


「お前、本気で言っておるのか……?」


 それでも変わらず脳天気なカッツに、レヴィは自らの騎手が豪胆なのか考えなしなのか、判断に迷うのであった……。

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