第11話 ヒイロとセイ
レヴィが竜攫いに囚われていると知ったカッツは、とにかく体育倉庫に飛び込まなければ、と足を踏み出した。
しかし、ヒイロが彼の肩をしっかりと掴む。
「カッツくん、落ち着いて」
「でも、このままじゃレヴィが……!」
ヒイロはセイに視線を向けた。
「セイ、私が応援を呼ぶ間に、時間稼ぎはできるか?」
「そのまま全員のしてしまっても構いませんか?」
セイの自信あり気な台詞に、ヒイロは思わず笑みをこぼす。
「ああ、可能なら全員ふん縛ってしまって構わない。カッツくんはここにいてほしい」
「ダメです。レヴィは眠らされてて動けない。僕が相棒を助けなくちゃ」
ふるふると首を横に振るカッツだが、その手は固く拳を握って震えていた。
「……カッツ殿の意志は堅い様子。我々が説得しても乗り込むでしょう」
「そうだね。仕方ないか。じゃあ、カッツくんはレヴィくんを助けることに集中して」
「ありがとうございます!」
そうして、カッツとセイは体育倉庫の扉の前に立つ。
「あらかじめ言っておきますが、わたくしは竜攫いたちを捕まえるので忙しくなります。カッツ殿の安全の保証はできませんよ」
「わかってます。セイさんの邪魔はしないようにします」
カッツの言葉に、セイは若干、眉をひそめた。
「セイリュウ」
「え?」
「わたくしの名はセイリュウです。以後、その名で呼ぶように」
そう言い終えるやいなや、セイは扉を蹴破る。
「全員動くな! 大人しくお縄につけ!」
セイの怒鳴り声に、竜攫いたちの間で緊張が走った。
「チッ、もう警察が嗅ぎつけてきたのか!?」
「いや、よく見たら2人しかいねえ。トカゲの血を穫れなかったのは惜しいが、逃げるぞ!」
しかし、体育倉庫には子供がやっと通れるような小さな窓がひとつあるきり。
逃げようと思ったら、必然的にセイが仁王立ちしている入口を通ることになる。
「オラッ、どけぇ!」
竜攫いのひとりがセイに殴りかかるが、彼はその拳をパシッと受け止め、逆に竜攫いの腹に一撃、鉄拳をお見舞いした。
「グエッ」と車に轢かれたカエルのようなうめき声とともに、男がガクッと気を失う。
その異様な強さに、竜攫いたちの間に動揺が広がった。
「残りの竜攫いは……2人か。これはヒイロ様が応援を呼ぶまでもなかったな」
「ヒッ……!」
「ちくしょう、こんなところで捕まってたまるか!」
竜攫いの1人が、レヴィの首に腕を回し、首筋に注射器を突きつける。
「こっち来るんじゃねえぞ! この注射器は竜穿鋼だ、トカゲちゃんがケガするぜ!」
「レヴィを離せ!」
カッツは男に飛びかかり、注射器を持った腕にしがみついた。
「馬鹿、テメェが離せ! 痛い目見てぇのか、このクソガキ!」
男は激昂して、腕を振り回し、カッツを振り払おうとする。
その腕を、絶対離すまいと強く抱きついた。
「レヴィ、レヴィ起きて! 目を覚まして……!」
「このガキッ、離せっつってんだよ!」
竜攫いはカッツの腕をふりほどくと、胴体を蹴り飛ばす。
カッツの身体が体育倉庫の壁に激突し、「うぐっ……!」とうめき声をあげた。
彼を蹴った男はハァハァと肩で息をしながら、「クソが! テメェからめった刺しにしてやる……!」と、血走った目で注射器を突き刺すために拳を振り上げる――。
「――俺のつがいに何をしている?」
「ひぃっ……!?」
怒りに燃えた赤い目が、竜攫いを視界に捉えていた。
男の腕の中で首を絞められているにも関わらず、レヴィは敵意に満ちた目で男を睨んでいる。
「レヴィ……!」
「耳元でこうもギャンギャン騒がれては、目も覚めるというもの。……で、お前はカッツに何をしている、と聞いているのだが」
「あ、あばば……」
レヴィは竜攫いの腕をふりほどくと、逆に片手で男の首を絞め上げ、地上に足がつかないように持ち上げた。
男はバタバタと足を動かし、もがきながら、レヴィの手を両手で必死に掴んで逃げ出そうとしている。
しかし、やがて泡を吹いて気絶してしまった。
レヴィは「フン」と鼻を鳴らして、男を地面にポイ捨てする。
「レヴィ、大丈夫? 怪我とかしてない?」
「怪我をしたのはお前の方ではないか。弱いくせに、無理をしおって……」
レヴィは慈しみを込めた目で、カッツの頬に触れた。
カッツは「レヴィが無事でよかったぁ……」と、ポロポロ涙をこぼしている。
「――竜攫い、全員捕獲。ここでヒイロ様と応援の到着を待ちます」
男たち3人組を取り押さえて縛り上げたセイは、機械的な口調で待機の姿勢に入った。
「む? お前はセイリュウではないか?」
「レヴィアタン様、ご無沙汰しております」
「え、レヴィとセイリュウさんって知り合い?」
カッツはレヴィとセイの顔を交互に見比べる。
「そりゃ、『竜の国』は狭い島国だからな。大抵のドラゴンはみんな知り合いだとも」
「わたくしはもともと、竜王様のお付きでしたので」
竜王の名を出されて若干不機嫌そうに目を細めたレヴィであったが、「それで、お前はここで何をしている」とセイに尋ねた。
「現在は、この『桜の国』にて、人間の護衛をしております」
「それは、ご苦労なことだな」
そこへ、「おーい!」と、ヒイロと彼の呼んだらしい増援の黒服たちがやってくる。
「すごいな、セイは。本当に全員のしてしまったのか」
笑顔のヒイロに、セイは「もったいなきお言葉でございます」と、うやうやしく一礼した。
その後ろでは、黒服たちが縛り上げられた竜攫いたちを連行していく。
「カッツくん、レースの時間は延ばしておいたから、早くレヴィくんと一緒に準備をしておいで」
「いや、カッツは怪我をしている。レースには出なくていい」
レヴィの申し出に、カッツは「えっ!」と仰天する。
「何言ってんのさ、レヴィ。せっかく今日まで準備してきたんだから、レースに出ようよ」
「しかし……お前、背中を痛めているだろう。腹だって蹴られて強打しているはずだ」
レヴィはカッツの不調を見抜いていた。
カッツがいくら「このくらい平気だ」と主張しても、レヴィは首を決して縦には振らない。
「なんでだよ! 今日までずっとレースに向けて頑張ってきたじゃないか! レヴィのわからず屋!」
「わからず屋はどっちだ。俺はお前の大事を取ると言っているのだ。来年、もう一度レースに挑戦すればいいだろう」
レヴィの言葉に、カッツはハッとした顔をする。
「――来年も、一緒にレースに出てくれるの?」
「だから、そう言っているだろう。来年こそ、俺はお前に優勝を捧げよう。約束する」
「レヴィ……!」
感激しているカッツの横で、ヒイロは「それでは、君たちは不参加ということで、いいね?」とセイに顔を向ける。
セイもコクリとうなずき、近くにいた黒服に何事かささやくと、黒服の1人が駆け出していった。おそらく、レース場に向かうのだろう。
「すみません、ヒイロさん。せっかく、レースの時間、延ばしてもらったのに……」
「構わないよ。それより、君の怪我が心配だ。早く保健室に行ったほうがいい」
「そうします」
「それにしても、セイ、君がカッツくんを守れなかったということかい?」
ヒイロがセイに目を向けると、セイは「は、申し訳ございません」と深々と頭を下げた。
「いえ、セイさん――セイリュウさんは竜攫いを捕まえるのに集中してて、僕が勝手に飛びかかって勝手に怪我したのが悪いので……!」
「そうか。カッツくんがそこまで言うなら、不問にしておこう」
「ありがとうございます、カッツ殿」
セイはカッツに向かって、再び深く頭を垂れたのだった。
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