第10話 学園祭に紛れ込む影
「さて、問題はレースの攻略法だが……」
レヴィはコースを睨みながら「ふむ」と唸っている。
「カッツ、お前はもう高所恐怖症は大丈夫なのか?」
「うん、なんかフライトテストを受けてからは吹っ切れたみたい。むしろ、飛んでいるときに感じる風が好きまである」
「なら良いが……決して無理はするなよ。今回のレースについては、優勝できたら儲けものくらいでいい。竜王につながる情報がつかめるかどうかも分からん状態だからな」
「気を遣ってくれてありがとう、レヴィ。でも、僕は本当に大丈夫だよ」
ニコニコ笑うカッツと「別に気は遣っておらん」とふいっと顔をそらすレヴィを横目に、ニーズは草むらで何かを探している。
「何してるんだ、ニーズ?」
トールが声を掛けると、ニーズは王子様のように端正な顔を上げて、彼のほうを見上げる。
「お腹すいたから、カエル探してる」
「やめなさい! ホントお前、そういう食い意地張ってるとこ、どうにかならないのか!?」
トールは呆れきったような顔でニーズを叱りつけた。
「お前、カエルを食べた口で僕の顔舐めたりキスしたりするの、本当に勘弁してくれよな……」
そう言ってから、ハッとしてカッツとレヴィのほうを見る。
カッツは顔を赤らめて口に手を当てていた。
「えっ……トールとニーズってそういう関係……?」
「なんだ、やはり貴様ら、つがいではないか」
「違ッ……わないですけど……!」
トールはオーバーヒートを起こしたように顔を真っ赤にしている。
「違う……違うんです、ちょっと弁解させてください……。ニーズはいわゆる、犬みたいなコミュニケーションをしてくるタイプで……」
「トール……おれのこと、犬だと思ってた……?」
「あああ、違うんだニーズ! 落ち込まないで!」
トールは何を言ってもどちらを立てても立ち行かない状態に陥っていた。
そんなハプニングもありつつ、カッツとレヴィ、トールとニーズでコースの攻略方法について議論を交わし、実際にコースを飛んでみたりと試行錯誤を繰り返す。
7月の西日が差す放課後、それを終えて寮に帰ってきた頃にはカッツはクタクタであった。
「あ~~~~、疲れたぁ……。もう動けない……」
「ベッドが汚れるから、そのまま倒れ込むな」
汗だくのままベッドに横たわってしまったカッツを注意するレヴィ。
カッツはもはやそれ以上起き上がる気力もなく、ぐったりとしている。
そんな彼に、レヴィは近寄って、カッツの身体をまたぐように両膝を置き、彼を見下ろした。
「レヴィ?」
カッツの問いかけを無視して、レヴィはカッツの首筋に顔を近づける。
――その首筋に、舌を這わせた。
「!?」
「ふむ……。汗の匂いはそれはそれで興奮するものではあるが、やはり衛生的に良くないな。さっさと風呂に入るぞ。これ以上ベッドに汗を染み込ませるな」
レヴィはカッツを抱き上げる。いわゆる俵担ぎである。
「僕、自分で歩けるから降ろしてよ~!」
「もう動けないと自分で言っていたではないか。人間はいつまでもダラダラするからいけない。ほれ、俺が直々に浴槽にぶち込んでやる」
「うわーん! レヴィの意地悪~!」
――それから1週間経って、セント・マタル学園祭当日。
校門は行き交う人々で賑わっている。
学園の入口近くからは、屋台の食べ物の匂いが漂っており、肉の焼ける音や焼きそばなどの食欲を誘う匂いが訪れた客を楽しませていた。
カッツとレヴィは、クラスの店番をしている。何の店かと言えば、かき氷屋のようだった。
「はあ……かき氷機を回すのって、結構、疲れる……腕が……」
「人間は弱いんだから休んでいろ。レース前に腕を酷使するな」
レヴィは眉間にシワを寄せているが、カッツは「ありがとう、レヴィ」と笑顔でかき氷機の順番を譲る。
レヴィは口調こそ厳しいものの、それがカッツを思いやってのことだと知っているからだ。
「じゃあ、僕なにか食べ物買ってくるよ。何がいい?」
「俺はなんでも構わんが」
「え~? じゃあ僕、勝手に選んじゃうからね」
「好きにしろ」
カッツは財布を持って、学園祭の客の中に飛び込んだ。
しかし、この祭りには、別の影も紛れ込んでいたのである……。
「あれ? レヴィは?」
焼きそばを買って帰ってきたカッツは、クラスメイトに相棒の行方を尋ねたが、皆「気づいたらいなくなっていた」と語るのみ。
「困ったな……。そろそろレースの時間が迫ってるのに、どこ行っちゃったんだろ」
カッツは店番の時間も終わったので、レヴィを探しに放送室に向かうことにした。
放送委員にレヴィへの連絡を全校放送してもらおうと思ったのである。
「――っと、ごめんよ」
途中、廊下を曲がったところで背の高い男性にぶつかりそうになった。
「あっ、すみません!」
「気をつけろ」
背の高い男性の付き人らしき男が、カッツを睨みつける。
「セイ、そんな言い方しなくてもいいだろう」
「しかし、御身に傷がつけば大変です」
「そんなことより」
どうやら身分の高い人物らしい青年が、カッツに視線を向けた。
「君、たしかドラゴンレースの参加者だろう。そろそろレースが始まってしまうよ」
「あ、はい。そうなんですけど……」
カッツが事情を説明すると、「それは心配だね」と青年が眉をひそめる。
「よし、私も一緒に探そう。セイ、レースの時間をずらすことはできるかな?」
「よろしいのですか?」
「私は万全の状態でドラゴンレースが見たいんだ」
セイと呼ばれた男と話していた青年は、カッツに向き直った。
「私はヒイロ。ドラゴンレースに協賛している者だ。私で良ければ力になるよ」
ヒイロは炎のように紅い瞳でカッツを見つめ、笑いかける。
その目の色が、少しレヴィに似ているな、とカッツは思った。
「ありがとうございます!」
この際、レヴィを探すために協力者は何人でも欲しいところだ。
カッツは素直にヒイロの力を借りることにした。
「実は、レヴィくんの行方については、なんとなく見当はついているんだよ」
「本当ですか?」
「ああ、どうもこの学園祭、良くないものが混じっているらしくてね」
ヒイロは眉間にシワを寄せ、学園のマップを広げる。
「うーん……人の目がなくて目立たない場所といえば、ここかな」
ヒイロはマップにざっと目を通して、先頭を歩き出した。
「どこに行くんですか?」
「体育倉庫だ」
「なんでそんなところにレヴィが?」
「まあ、行けばわかるさ。それに、ちょっと悠長におしゃべりをしてる場合でもないかもしれない」
ヒイロの謎めいた言葉に首を傾げながら、カッツはあとをついていく。
体育倉庫は学園の敷地内でもはずれのほうにあり、体育館の近くではあるが、誰も寄り付かない。
ヒイロはカッツにしーっと静かにするように合図して、体育倉庫の壁に耳を当てた。
カッツも真似をしてみると、倉庫の中から声が聞こえてくる。
「――はん、ドラゴンとは言っても、こうして眠らせてしまえばチョロいもんだ」
「たしか、竜王の息子だったよな。ワガママ俺様レヴィ様、だったか」
「さっさと済ませよう。ひとけがないとはいえ、誰かが通りかかる可能性もないわけじゃない」
倉庫の中の声は、不穏な台詞ばかりを吐いていく。
「しかし、トカゲの硬い皮膚をどうやって破るんだ」
「この注射器の針は竜をも穿つ鋼――
「だが、ドラゴンの生き血を売りさばけば取り返せる、だろ?」
カッツは会話の内容を聞いて、叫びださないように両手で口を押さえた。
――こいつら、竜攫いだ! 祭りに乗じて、学園内に紛れ込んだんだ!
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