第7話 初めてのフライトテスト
やがて、季節は6月。
新入生のドラゴンとドラゴンライダー候補生は、初めての正式なフライトテストを受けることになる。
このテストを通して、4月に出会い、5月までともに過ごしたドラゴンと騎手の信頼関係が評価されるわけだ。
「うーん……緊張してきたね……」
「何を緊張することがある? いつもの練習と同じようにやればいい」
そわそわするカッツに、レヴィが軽く背中を叩く。
「少しばかり、いつもより観客が多いだけの話だろう」
「観客じゃなくて審査員だよ……」
いや、実際に同じ養成学校の先輩方が見物にもやってくるらしいが、それよりも審査員の存在が気になる。
セント・マタルの先生方や校長先生まで来るというのだから、下手な失態は見せられない。
カッツは自分がオリバー・ジャバウォックの息子なのだから、なおさらプレッシャーは大きいのだ。
「レヴィは落ち着きがあるんだね。竜王の息子が失敗できないとか思わない?」
「竜王の名は口に出すな。次に言ったら口をふさぐぞ」
レヴィは厳しい視線を向けた。
「俺と父は関係のない話だ。親と子は血の繋がり以外は他人と同じだ。俺は竜王のコピーでもクローンでもない。それに、たとえ失敗したところで父の顔に泥を塗れると思うとワクワクする」
「だからってわざと失敗するのはやめてね……」
「当然だ。俺は合格するために死力を尽くすとも。お前と『竜の国』に行くと約束したからな。こんな初歩で躓くようでは、到底あの島には届かない」
レヴィはまるで『竜の国』そのものを握りつぶすかのように、ぎゅっと拳を握りしめた。
――レヴィは、相当『竜の国』に恨みがあるのだろうな。
カッツはこのドラゴンを合格させていいのだろうか、と少し不安になった。
それでも、彼は自分の相棒だ。彼と一緒に合格しなければ、父を探しに行けない。
「さあ、俺達の番が来たぞ。気張れよ、カッツ」
レヴィはパン、と背中を叩いて、カッツを鼓舞した。
ドラゴン形態に変身したレヴィは、白い鱗と赤い目が特徴の、美しいドラゴンである。
審査員や見物に来た面々からも、ほう……と感嘆のため息が漏れる。
しかし、フライトテストはドラゴンの美しさを競う品評会ではない。
カッツは胸の鼓動を抑えながら、レヴィの身体に固定用のベルトを巻いた。
このベルトを正しく装着できるかどうかも、審査の基準になっている。ドラゴンライダーたるもの、自らの安全を確立するベルトくらい巻けなければお話にならない。
「――準備ができたよ、レヴィ」
レヴィの首のあたりを撫でると、純白のドラゴンは地に伏せて、竜騎士を背に乗せるための姿勢を取った。
以前までの尻尾で巻き取って無理やり背に乗せる、という無礼はしない。騎手に対する礼儀を示すことも、ライダーがドラゴンを制御できているという証になるのだ。
カッツはレヴィの背に乗って、ベルトで己の身体をドラゴンの身体に固定した。
「カッツ、覚悟は決まったな? テストが始まれば、俺はお前が泣いて喚いても、地上には降ろさんぞ」
「うん。飛んで、レヴィ!」
ドラゴンは地面を蹴り上げて、空中に躍り出る。
カッツの身体は宙に浮き、地面が、人が、どんどん小さくなっていくのが見えた。
眼下には、見慣れた街並みや学園がミニチュアのように広がっている。
雲にはまだ届いていないのに、その感覚に思わず息を呑んだ。
――ここから足を踏み外して落ちれば、確実に死ぬ。思わず足がすくんだ。
心臓がバクバクと音を立てて高鳴り、視界が狭まっていく。
「カッツ。大丈夫だ、俺を信じろ」
レヴィはまるでカッツの不安を感じ取っているかのようだった。
手綱を握り直しながら、相棒の背に触れると、温かい。
恐怖心を鎮めようと深呼吸をしようとした、そのとき。
強風が、ドラゴンとライダーに直撃した。
風に煽られて、竜の身体が大きく揺れる。
「ぬっ……! なんの、これしき……ッ!」
レヴィはなんとか体勢を立て直そうと翼をはばたかせた。
カッツも手綱を握り直す。
汗は止まらず、視界もだんだんぼやけてきたが、ここで風なんかに負けられない。
「レヴィ、なんとか持ち直して!」
「当然だ、俺を誰だと思っている!」
カッツは改めて、大きく深呼吸をした。
人差し指を舐めて、頭上にかざし、風の動きを読む。
「レヴィ、無理に風に立ち向かうんじゃなくて、風の流れに乗るんだ!」
ドラゴンは騎手の指示に従い、風下の方向へ身体の向きを変えた。
すると、風に乗ったレヴィはぐんぐんスピードを上げて、滝を登る鯉のように優雅な飛行を見せる。
地上から「おお……!」と歓声が上がったのが聞こえた。
そのままカッツと相棒のレヴィは、息を合わせて空を自由に舞う。
ピーッと笛の音が聞こえたのを合図に、地上に降り立った。
ベルトを外し、レヴィから降りたカッツは、既にへっぴり腰であった。
転がるように落ちて、そのまま地べたに腰を抜かしてしまう。
それに失笑する者もいただろうが、カッツにとってはそれどころではない。
――空を飛ぶって……こんなに、楽しかったんだ……。
カッツは自分の手を握ったり開いたりする。
手綱を握っていた手は、未だその感触を覚えていた。
高所恐怖症が完全に治ったわけではない。それでも、これは1歩どころか10歩は前進しただろう。
「カッツくん、フライトテスト、最後の最後で減点ですね~。ドラゴンライダーは最後の着地までビシッとキメないと~」
「す、すみません……」
「いやいや、いいじゃないかイゾルデ先生。初めてのフライトテストにしてはいいものを見せてもらった」
とりなすように手を振ったのは、セント・マタルの校長だった。
「カッツ……カッツ・ジャバウォックだったね。お父さんを探すためにドラゴンライダーになりたいと、入学試験の面接で聞いたよ」
面接の時、校長も同席していたのだ。
「キミの夢を応援している。頑張ってくれたまえ」
「はい……!」
カッツは校長に手を差し出され、フラフラになりながらもその手を取って立ち上がった。
「そうですね、最後の最後で決まりませんでしたけど、カッツくんは合格でーす。4月の失態が嘘のようですね~」
イゾルデは採点表らしきものになにやら書き込みながら、カッツの予想していなかった言葉をかけた。
「じゃあ、次はグループ戦、がんばってくださいね~」
「えっ……グループ戦? なんですかそれ、聞いてませんけど……」
「だって、言ってませんからね、生徒には誰も」
セント・マタルの1年生たちは、イゾルデの言葉にどよめく。
「先生、どういうことですか!?」
「詳しい説明を求めます!」
イゾルデはそんなブーイングをいなすように、「今から説明しますから、お静かに~」とマイペースな態度である。
「グループ戦テストは抜き打ちです。他のドラゴンライダーたちとチームを組んで、戦術訓練を行いまーす。普段からの協調性が試されますね~」
――カッツは絶句した。
彼には、友達のライダーがトールしかいない。
『父親の七光り』と呼ばれ、妬み嫉みの対象にされているカッツには、他に仲良くしてくれるライダー仲間はいなかったのだ。ちなみに新しく『腰抜けカッツ』という悪口も追加される予定である。
「ど、どうしよう、レヴィ……」
「心配するな、もとより自然においては周りの全てが敵のようなもの。俺が全てを灼き尽くしてくれよう」
レヴィはグループ戦の意図をまったく理解していなかった。
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