第6話 『桜の国』と『竜の国』の歴史

 カッツ、レヴィ、トールがGPSを頼りにニーズを追ってたどり着いた場所は、セント・マタル学園より300メートルほど離れた、街の外れにある工事現場。

 そのブルーシートをくぐって、内部に入り込む。


「ニーズ、ニーズ! いるなら返事をしてくれ!」


 トールは必死に声を張り上げた。


「手遅れでなければよいのだが……」


 レヴィの不吉な発言に、カッツはそわそわと落ち着かない。

 思わず頭の中に、注射器で血を搾り取られているニーズの姿が思い浮かんでしまう。

 しかし、工事現場の奥に入り込むと、そこに広がっていた光景は想像とは違った。

 大変だったのは、人間のほうだ。

 中央に立っているニーズの周りに、青ざめて尻もちをついている男たちがいる。


「ニーズ!」


「トール……コイツら、おれに美味しいもの奢ってくれるって言ってたのに、だまされた……」


 色素の薄い髪と端正な顔立ちで王子様のような外見のドラゴンは、それはそれは悲しげに落ち込んでいた。


「くそっ、バケモノめ!」


 男の1人が、ニーズの首を腕で絞め上げ、首筋にナイフを当てる。


「ニーズから離れろ!」


「近寄るな! このバケモノの命が惜しかったら――」


「うるさい」


 ニーズは眉間にシワを寄せて、首に当てられたナイフを手で直接握った。

 ――ナイフはまるで最初から紙でできていたみたいに、くしゃくしゃになってしまったのである。


「ひぃっ」


「トール、コイツら、食べていい?」


 ニーズは夕日を浴びて、顔が逆光になっているせいで、その影が差した顔は美しくも恐ろしく見えた。


「ダメだよ、お腹壊すから。ほら、一緒に寮に帰ろう。僕がオムライス作ってあげる」


 トールが優しく声を掛けると、ニーズはそれで満足したのか、軽やかな足取りでトールのもとへ戻る。


「……とりあえず、警察は呼んでおいたぞ」


「ありがとうございます、レヴィアタンさん」


 ほどなくして、駆けつけた警察により、竜攫いたちは逮捕され、パトカーに詰め込まれて連行されていったのであった。


「そもそもドラゴンの肌に、あんななまっちょろい刃物が通るものか」


 レヴィはフン、と鼻を鳴らしている。

 ドラゴンは人間形態であっても、その強度は変わらない。おそらく高層マンションのベランダから飛び降りて地上に激突しても死なないんだろうな、とカッツは思った。

 その後、ニーズは警察から「竜攫いの検挙に貢献した」として表彰を受けたが、本人(本竜?)は興味がなかったらしく、「トールにあげる」と表彰状をプレゼントしたのである。トールが呆れたように笑いながらそれを受け取ったのは想像に難くない。


 セント・マタル学園は何事も無かったかのように日常を続けていく。


「――古代、人間とドラゴンは対立し、争いを繰り返していたと言われていまーす」


 相変わらずダルそうな、のんびりした口調でイゾルデが授業をしている。今は歴史の時間である。


「ドラゴンは人間との対立を避けるため、竜王ファフニールが先導して大移動を行いました。それが『竜の国』の興りですね〜」


 カツカツと音を立ててチョークが黒板を滑り、『竜の国』と書かれた文字に大きな丸がつけられた。


「竜王ファフニールが新たな国として目をつけた土地は、断崖絶壁に囲まれ、1年を通して雷雲が立ち込める島です。そこは世界の全てを踏破しようと侵略を繰り返す欲深い人間でも容易には入り込めない構造になってるんですね〜」


 カッツは教科書に描かれた『竜の国』の絵を見つめていた。もしかしたら、ここに父がいるかもしれない……。


「先生、それではどうやってドラゴンと人間は交流を始めたんですか?」


「トールくん、それはこれから説明しますね〜」


 イゾルデはなかなか「いい質問ですね」とは言わない。厳しい教師というわけではないのだが、なんというか、少なくとも熱血ではないのである。


「実に1000年以上もの間、『竜の国』は国交を絶っていました。ドラゴンが人間の前に再び姿を現したのは、1989年のことだと記録が残っていまーす」


 そう、ドラゴンと人間の交流が再開されたのは、比較的最近のことなのだ。

 その史実に驚く一部の生徒を置き去りに、イゾルデはカツカツと黒板にチョークを叩きつけ続ける。


「当時、竜王の許可が降りないまま、雷雲を飛び出して、ここ『桜の国』に向かったドラゴンがいたんですね〜。大都市に突如降り立ったドラゴンに、人間も混乱に陥り、『竜の国』でも大問題に発展しましたが、結局色々あってそのドラゴンは免罪され、人間とドラゴンの間で国交が樹立、二つの種族の間で和平が成立しました」


 イゾルデの持ったチョークは、黒板に『平成』という文字を書いた。


「和平が成立した、という意味を込めて、この国の年号は『平成』になった、というわけですね〜」


 ――そう、ここは『平成』の世界。別の異世界では既に別の年号になったかもしれないが、少なくともこの世界では『平成』を保ったままである。


「ドラゴンライダーという職業も、実は2000年代に入ってから新しく出てきたものです。その歴史はせいぜい20年程度のものですが、我がセント・マタルはその黎明期からドラゴンライダーを輩出している名門、というわけですね〜」


 20年程度の歴史で名門、というのもなんだかおかしな話だが、こういうのは言ったもん勝ちなのだ。

 セント・マタル学園は『竜の国』と提携し、ドラゴンを生徒として受け入れると同時に、そのドラゴンたちと人間をマッチングさせて、ドラゴンライダーを効率よく育成している。


「この『桜の国』と『竜の国』の関係はこんなところでしょうか~。明日、皆さんが理解できたか確認するために小テストを行いますので、しっかりお勉強しておいてくださいね~」


 生徒たちの「えーっ!」というブーイングを無視して、イゾルデはチャイムの音とともに教室を出ていってしまった。


「大変だ。レヴィ、一緒にテスト勉強しよう」


「貴様、今の授業を真面目に聞いていればそれで覚えるだろうに」


「僕は覚えられないの! 助けてくださいレヴィ様! 僕に勉強を教えて下さい~!」


 泣きついてすがるカッツに、レヴィはあながち悪い気分ではなさそうな様子。


「フフン、仕方あるまいな。俺がみっちり教え込んでやろう」


「あっ、トールとニーズも一緒に勉強会しようよ!」


「……」


 トールとニーズを誘うカッツに、レヴィの上機嫌だった顔は少し引きつる。

 それを見たトールは空気を読むことにした。


「いえ、僕たちは2人で勉強しますから、お二方もどうぞお構いなく」


「え~、そっか……」


「とっとと寮に戻るぞ、カッツ。部屋でみっちり仕込んでやる」


「え、図書館とかじゃないんだ……?」


 カッツはあまり理解できていない顔でレヴィに首根っこを掴まれ、引きずられていくのである。

 次の日、トールがカッツに勉強の様子を聞くと、カッツは「ちょっとトール聞いてよ!」とプンスカ怒っていた。


「レヴィのやつ、勉強教えてって言ってるのに、僕が勉強してる間、ずっと僕の髪をいじって遊んでたんだよ! 僕が質問しても上の空だし! 最終的に頭に顔突っ込んで髪の匂い嗅ぎ出したときは流石にどうしたもんかと思っちゃったよ!」


「あ、ああ~……そうなんですね……」


 それはシンプルにイチャイチャしてるだけでは、と指摘するか否か、トールはずいぶん悩んで、結局言えなかったのである。

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