第5話 竜攫い
教室に登校してホームルームの時間になると、担任教師のイゾルデがいつも通りやってきた。
「え~、今日は皆さんにお知らせがあります」
イゾルデの様子がいつもよりも真剣に見えて、クラスメイトたちはおしゃべりをやめる。
「最近、学園の周りをうろついてる、怪しい人物がいるそうです。学園の情報網によると、ドラゴンの生き血を狙ってる人間がいるとか」
ドラゴンの生き血、という単語を聞いて、教室は一気にざわめいた。
「え、ドラゴンの血なんか狙ってどうするんだろ……」
「カッツ、貴様知らんのか? ドラゴンが気に入った人間に血を分け与えると、健康体の上に長寿になる」
カッツはレヴィの話に、目を丸くする。
トールも「長生きしたい人間というのはいるものですから、そういった人間に血を密売する組織があるんですよ」と頷いた。
「え……なにそれ、怖い……」
「大丈夫だ、つがいは俺が責任を持って守る」
「いや、その話だと狙われるのレヴィだよね?」
「俺がそんな卑小なニンゲンごときに負けるとでも?」
「カッツくん、レヴィアタンくん、先生がしゃべってるので、ちょっと静かにしてくださいね~」
イゾルデは、こほんと咳払いをする。
「そういうわけで、ドラゴンライダーの皆さんは、相棒のドラゴンに気をつけてあげてください」
カッツはごくりと唾を飲み込んだ。
もし、レヴィが囚われの身になって、刃物かなにかで傷つけられて、血を流したら……。
そう思うと、自然と拳を固く握りしめてしまう。
そんなホームルームが終わり、生徒たちはいつもどおりの授業や訓練を受けた。
その日の飛行訓練は、バーチャル・リアリティ療法の効果もあり、カッツはなんとか飛行中、目を開けて耐えることが出来たのである。
「カッツくん、今日はちゃんとドラゴンを御することが出来ましたね。花丸でーす」
イゾルデにも褒められて、ホッと胸をなでおろした。
授業が終わって、昼休み。
「カッツさん、イゾルデ先生に褒められてよかったですね。高所恐怖症の治療、うまくいってる感じがします」
「ありがとう、トール。この調子でいけば、なんとか単位は取れそう……」
カッツ、レヴィ、トール、ニーズの4人で、食堂でランチを食べている。
今日のメニューは、カッツはチキンカレー、レヴィは麻婆豆腐、トールとニーズはオムライスだ。
「それにしても、今朝のホームルームの、ドラゴンの生き血を狙ってる奴ら、気になるね……」
「ドラゴンを攫って生き血を抜くことから、『竜攫い』と呼ばれているらしいですよ。そのままのネーミングですけど」
顔を曇らせるカッツに、トールは肩をすくめた。
「ニーズ、お前も気をつけるんだぞ?」
「おれの血なんておいしくない。みんなオムライスを食べたら幸せなのに」
「ああ、そうだな」
トールはニーズの口の周りについたケチャップを紙ナプキンで拭き取りながら、小さな子供を見るような慈愛の顔で微笑んでいる。
これが、2人の関係が「幼女とお母さん」と呼ばれる所以である。
「トールとニーズは、ずいぶん仲がいいんだね」
「実は、この学園に来る前からの知り合いで。幼馴染ってわけじゃないけど、ニーズが『竜の国』を出て、最初に訪れたのが僕の住んでいた町だったんです」
「なんだっけ……ホームステイ……?」ニーズが首を傾げる。
「そうそう。僕の家にニーズが宿泊することになって、そこからの関係です」
「へえ~」とカッツが感心したように目を見開いていたところに、レヴィが爆弾を落とした。
「貴様らもつがいなのか?」
トールはオムライスを喉に詰まらせてむせる。ニーズはきょとんとしているだけだ。
「レヴィ、そういうの明るい時間帯に言っちゃダメって、先生が言ってただろ?」
この頃になると、カッツは『つがい』の意味を少しずつ理解するようになっていた。
この1ヶ月、彼は夜寝る時、レヴィから額や手のひらにキスされることが毎度のことだったのだ。
最初は親愛の印かと思っていたが、朝起きるとレヴィが至近距離で寝顔を見つめていることも多く、これが幼い頃、父から聞かされた『竜の恋人』になったということなのだろうと思った。
ドラゴンは一度『恋人』と定めた者に強い執着を抱く。それはそのドラゴンの生涯を通して続き、恋人が死ねば悲しみのあまり自分も衰弱して死んでしまうほど。さらに独占欲が強く嫉妬深い。
おそらくレヴィが最初にカッツを『つがい』と言い出したのはただの命令に過ぎなかったのだろうが、それがだんだん本当の『つがい』に接するような、甘い態度になっていった。
カッツは、父の教えを思い出す。
――カッツ、もしもドラゴンと出会って、恋人に定められたら……。
――……できるだけ距離を取って逃げるんだ。
もしかしたら、父も『竜の国』に行ったときに、ドラゴンに見初められて『恋人』として囚われているのかもしれなかった。
しかし、父を助け出すためには、『竜の国』に侵入する手段としてドラゴンに乗らなければいけない。
カッツがレヴィから逃げ出すわけにはいかないのだ。
――俺とお前の利害は一致している。一緒に『竜の国』に行こう。
そう。利害が一致しただけ。それだけだ……。
カッツは友人たちと談笑しながら、手のひらに爪を食い込ませていた。
そうして、その日も授業や訓練で1日が暮れていく。
放課後になって、カッツとレヴィが寮に帰ろうとした時、トールが「カッツさん! レヴィアタンさん!」と息せき切って駆け寄ってきた。
「どうしたの、トール? そんなに慌てて……」
「ニーズが……いないんです……!」
「あのボケーッとした奴のことだ、どこかで道草でも食ってるんだろう」
「それが、スマホにGPSを仕込んで持たせてるんですけど、学園の外に出ちゃってて……!」
学生寮は学園の敷地内にあり、購買などもあるため、たいていの用事は敷地内で済んでしまう。
セント・マタルの学生は、外に出る理由がないのだ。
「しかも、用務員さんに聞いたら、ニーズのやつ、校門前で見知らぬ男に声をかけられてついていっちゃったって……」
あまりにも親しげに話していたために、用務員は知り合いなのかと思って放置してしまったらしい。
「もしかしたら、今朝話してた竜攫いかもしれません。お願いします、一緒にニーズを助けるの、手伝ってください!」
「どうする、カッツ?」
「もちろん、ニーズを助けなきゃ!」
こうして3人はニーズを助けるために、スマホのGPSを頼りに足跡を追うことになったのであった。
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