第4話 一緒に『竜の国』に行こう
「うわわわわ……」
カッツは自室でガタガタと震えている。
その顔にはゴーグルが装着されていた。
彼はゴーグルに投影されているバーチャル空間で、タワーの中にいるのだ。
そのタワーの床は全面ガラス張りになっており、地上が見下ろせるようになっている。
高いところが好きな子どもなどなら喜ぶかもしれないが、あいにくカッツは高所恐怖症。
バーチャル・リアリティとはいえ、目眩がするほどの高さに、身体の震えが止まらない。
「カッツ、落ち着け。俺がいる」
ギュッと、カッツの手を握る者がいる。
ゴーグルは1人分しかないため、その隣りにいる誰かを認識することは出来ないが、カッツにはわかる――レヴィだ。
そう思うと、カッツは緊張がほどけていくのを感じた。
未だに膝はガクガクと笑っているが、1人よりも2人いるとわかったほうが安心感はある。
やがて、今日の目標だった「30分、高い場所に慣れる」というミッションを終え、カッツはゴーグルを外した。
その顔は冷や汗でびっしょりと濡れている。
「高いところというのは、そんなに怖いものなのか?」
隣で手を握ってくれていたレヴィは、心底不思議そうに首を傾げていた。
ドラゴンはもともと空を駆ける生き物なので、高所を恐れるという感覚は理解が難しいのだろう。
「人間は落ちたら死んじゃうからね」
「ドラゴンだって、翼をもがれて落ちたら死ぬとも。重力には逆らえんさ」
そもそも、身体が鋼鉄よりも頑丈なドラゴンが翼をもがれるような状況が考えられないが、レヴィはそう言ってのける。
カッツは未だ震える膝を落ち着かせるようにベッドの端に座り、レヴィもその隣に腰掛けた。
「高所恐怖症になったきっかけはあるのか?」
「うん、まあ……父さんが原因なんだけど」
カッツの父、オリバー・ジャバウォックはドラゴンライダーである。
子供の頃、彼と一緒にドラゴンに乗せてもらったカッツだったが、オリバーは息子と一緒にドラゴンに乗れたのが相当嬉しかったらしい。
――だから、ちょっと。ほんのちょっと、はしゃいでしまったのだ。
「父さんが、ドラゴンに頼んでアクロバット飛行してもらったみたいで……。空中で宙返りしたり、ドリルみたいにグルグル回ったり……それで、酔っちゃったのがきっかけで、高いところ、怖くなったんだよね」
「ろくでもないな」
レヴィは断言するが、カッツは「まあ、父さんも申し訳ないって謝ってくれたし」と苦笑しながらとりなす。
「それでも、父親に会いたいのか?」
「うん。父さんに会って、今までどうしてたのか聞きたい。もし『竜の国』にいるなら、どうしてそこから出ないのか、知りたい」
きっぱりと答えるカッツに、レヴィはポツリと話した。
「……実は、俺も父に会いたいのだ」
「レヴィのお父さんって……」
「竜王ファフニール。『竜の国』の王、すべてのドラゴンの頂点だ」
――レヴィは、竜王とその妾の子である。
本人はその過去について多くは語らないが、『竜の国』から留学してきた他のドラゴンにとっては、相当疎ましい存在らしい。
曲がりなりにも竜王の子であるレヴィを恐れて表立っては言わないが、彼が通りかかるたびにヒソヒソと話す生徒たちを、カッツはたびたび見かけていた。
「俺は、父である竜王の命令で、『竜の国』から追放された」
レヴィの言葉に、カッツは目を丸くする。
「そ、そうなんだ……」と答えるのが精いっぱいだった。
「だから、俺は父に会いに行く。ドラゴンライダーを連れていれば、ドラゴンは『竜の国』を行き来できる」
レヴィはカッツの両肩を掴み、真剣な顔で向き合う。
「俺は妾の子として『竜の国』の奴らにはずいぶんと馬鹿にされてきたものだ。おまけに母は俺が14歳のときに病で亡くなった」
「え? ドラゴンって長寿なんじゃないの?」
「寿命が長いとはいえ、別に不老不死というわけじゃない。それに、残りの寿命だって個体によって違うだろう。人間とて、全員が100年で寿命を終えるわけではあるまい?」
なるほど、それはそうだ。
レヴィは納得した様子のカッツを見て、言葉を続けた。
「そして、母を喪った俺に、父は言葉をかけることすらしなかった。奴は母の墓にすら来なかった!」
語気が鋭くなるレヴィに、カッツは息を呑むことしか出来なかった。
目の前のドラゴンからは、怒りとも悲しみともつかぬ、強い感情が感じられたのだ。
「俺は必ず、『竜の国』に舞い戻ってみせる。そして、俺を迫害してきた奴らに一泡吹かせねば気が済まない!」
レヴィが肩を掴む力が強まる。カッツはこのまま肩がちぎれるのではないかと怖くなった。
「カッツ、俺とお前の利害は一致している。一緒に『竜の国』に行こう。そのためなら、俺はお前の高所恐怖症を克服させるために手を尽くすと約束しよう」
「わ、わかった……わかったから、とりあえず落ち着いて……」
カッツが痛みで顔を歪めていることに気づき、ハッとしたレヴィは慌てて手を離す。
「……すまん」
「気にしないで。それより、朝ご飯食べに行こうよ」
お腹がペコペコだ、と笑うカッツに、レヴィはかすかに表情を緩めていた。
――竜騎士養成学校、セント・マタル学園に入学してから、かれこれ1ヶ月は経つ。
カッツは相変わらずレヴィの背に乗って空を飛ぶのに苦戦していた。
現在、飛行訓練の授業ではレヴィに任せて自分はその首にしがみつき、目を固くつぶるしかないのだが、担任教師のイゾルデに「カッツくん、このままじゃ飛行訓練の単位をあげるのは難しいですね~」と注意されてしまっている。飛行訓練は、騎手がドラゴンに指示を出し、操るのが主な目的だからだ。
単位を取るには、少なくとも6月までにはドラゴンを意のままに操ることができると示さなければならない。
なるほど、レヴィの言っていた通り、カッツは常人よりも100歩は遅れている。その遅れは致命的に成績に響くのだ。
「今は5月だから、あと1ヶ月で飛行訓練の単位を取らなきゃいけないってことだよね」
「そうだな。6月には正式なフライトテストがある。そこで合格すれば単位を取れるわけだが……」
レヴィは美味しそうに朝ご飯のピーナッツバタートーストを頬張っているカッツを見つめていた。
「ひとまず、今日で30分高所に耐えたのだ。もう少し耐久時間を延ばしたいところではあるが、30分あれば試験には耐えられる。この調子で、あとは授業をきちんと受けられれば、多分なんとかなるだろう」
「そうだといいんだけどね」
「もっと自信を持て。俺の騎手であるなら胸を張れ」
レヴィは4月、入学当初の尊大で不遜な態度はすっかり鳴りを潜め、保護者然とした世話焼きを発揮していた。このドラゴンの生来の性格はこうだったのかもしれない。
ちなみに、2人の隣にはトールとニーズが一緒に朝食を囲んでいる。
最近は、この4人でつるむことが多くなった。レヴィは敵を作りがちだし、カッツも「父親の七光り」と呼ばれて孤立していたところだったが、それを気にしなかったのがトールとニーズだ。
カッツが「今朝は30分高所に耐えられた」と話すと、2人とも喜んでくれた。
ニーズはボロボロと朝食をこぼし、トールは彼の口の周りを拭いている。この2人は学園では「幼女とお母さん」と呼ばれているらしい。
朝食を終えると、すぐに登校の準備をして、外に飛び出していく生徒たち。
今日も竜騎士とドラゴンたちの新しい1日が始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます