第3話 高所恐怖症のドラゴンライダー
トールとニーズホッグという、竜騎士養成学校で初めてできた友達。
カッツとレヴィは放課後、早速彼らの協力を得て、飛行の特訓を始めることにした。
――とはいえ、カッツは飛行以前の話である。
「ひぃぃ、怖い怖い怖い!」
「カッツ、貴様その高所恐怖症、どうにかならんのか」
「どうにかなってたら今頃苦労してないって! 降ろしてー!」
ほんの10センチほど宙に浮いただけで、カッツは大騒ぎである。
そもそも、結構な高さのあるドラゴンの背中に乗っているだけでビクビクしている。
「地面に足がつかないと不安なんだよね」
「貴様、ドラゴンライダー向いてないと思うぞ」
「それはそうなんだけど……」
恥ずかしそうにボリボリと頭を引っ掻くカッツに、トールは少し考え込んでいた。
「まずは高いところに慣れないといけませんね。最初は低い場所で、徐々に高い場所に挑戦してみてはいかがでしょうか?」
「低い場所……」
「例えば、カッツさんは階段の一番上には立てますか?」
「うーん、段数によるけど、地に足がついているからまだマシかも。ただ、階段の一番下とか見るとちょっと怖い」
「重症ではないか」
レヴィがあきれた声をあげて、トールはどうしたら高所恐怖症を克服できるか、ずっと考えているようだった。
「そうですね、例えば……学生寮のベランダから毎日外を眺めてみるとか?」
セント・マタル学園は全寮制である。遠方から来るドラゴンライダー候補生や、『竜の国』から留学してきたドラゴンたちを受け入れるために、寮が存在するのだ。
「そっか、僕の部屋、2階だからそれなら少し慣れてくるかも」
ちなみに、寮はすべて2人部屋であり、ドラゴンライダーとその相棒が一緒に同じ部屋で暮らすことになっている。
「あとは、イゾルデ先生とか大人の人に相談してみるといいかもしれませんね」
「そうだね。イゾルデ先生ならなにかヒントになること知ってるかも」
「イゾルデな……。俺はどうにもあの教師が頼りになるとは思えんのだが」
レヴィは信用していない様子だったが、とにかく放課後の学園内を歩いて、職員室へ向かった。
職員室へ行く途中、トールはふと、不思議なことを思い出したようだ。
「そういえばイゾルデ先生って見た目若そうに見えますけど、30年くらいここに勤めてるのに全然姿形が変わってないらしいですよ。セント・マタルの卒業生が会いに来てビックリしてたそうです」
「えっ、そうなんだ? 美魔女ってやつなのかなあ」
驚くカッツとトールの後ろで、レヴィとニーズはそっと視線を交わした。
そうしてイゾルデに教えを請いに行ったカッツたちであったが、担任教師は思いの外スパルタであったようだ。
「それはもう、ひたすら飛行訓練を繰り返して慣れるしかないんじゃないですか~?」
「え、でも高いところにいると目眩がするんですけど……。ドラゴンから騎手が落ちたら危なくないですか?」
「うーん、ドラゴンに乗る時、ベルトを付けてるから落ちる心配はないんじゃないですか~? 私は高所恐怖症の治療に関しては素人なのでわからないですね~」
イゾルデの呑気で無責任な応答に、苛立ったのはレヴィである。
「イゾルデ、貴様もっとマトモに生徒の相談に乗れんのか? 俺の騎手が怪我でもしたらどう責任を取ってくれるのだ」
「私は専門外なので、明確な回答はできないって言ってるだけですよ~。ちゃんとした治療がしたいなら、病院に行くなり保健室の先生に相談したほうがいいと思いまーす」
担任教師の言い草に、キッと睨みつけるレヴィであったが、カッツは「待って、レヴィ」と引き止めた。
「イゾルデ先生の言うことはもっともだよ。専門外のことを聞いたのが悪い。とりあえず保健室に行って、改めて相談してみよう」
カッツの言葉に、レヴィは「チッ」と舌打ちをして、その場は引き下がった。
その後、保健室に向かった四人だが、そこでイゾルデよりは有益な情報を得た。
「そうだねえ……今開発中のバーチャル・リアリティ療法でも試してみるかい?」
「バーチャル……? なんですか、それは」
「専用のゴーグルを着けている間、バーチャル空間を視界に再現することができるんだけど、それで高所を再現して慣れてもらうっていう治療法だよ。実際に落下する心配もないし、安全な治療法として注目されているんだ」
そう言って、「よかったら試してみてほしい」と、保健教諭がカッツにゴーグルを渡す。
「このバーチャル・リアリティ療法は、場所を選ばずできるけど、一応周りに障害物がない状態で試したほうがいいね」
「ありがとうございます! これなら期待できるかも!」
「どういたしまして。私も実験ができて嬉しいよ。高所恐怖症の人間なんて竜騎士養成学校にはめったにいないからね。貴重なサンプルが取れてありがたい」
朗らかに笑う保健教諭に、やはりレヴィは面白くなさそうな顔をするのであった。
「レヴィ、なんか機嫌悪そうだね?」
寮への帰り、 ゴーグルを抱えながら、カッツは不思議そうに首を傾げる。
「貴様は怒らないのか? ていのいい実験体にされているだけだぞ」
「うーん、でも僕は高所恐怖症が克服できればそれで……」
「俺に乗る騎手でありたいなら、もっとプライドを持て」
苦虫を80匹くらい噛み潰したような顔をするレヴィ。
そこへ、トールがふと疑問を口にした。
「カッツさんは、どうしてそこまでしてドラゴンライダーになりたいんですか? やっぱりお父さんの影響?」
「そうだね、影響っていうか……僕の父さんが有名なら、行方不明になってるの、知ってるでしょ?」
ドラゴンライダーを目指す者なら誰でも知っている、伝説のドラゴンライダー、オリバー・ジャバウォック。
彼は『竜の国』へ貿易の交渉に行ったきり、帰ってこないと伝わっている。
「僕は高所恐怖症を克服して、『竜の国』に行きたい。父さんの行方の手がかりを探したいんだ」
「ほう、『竜の国』……か」
レヴィは目を細めてカッツを見つめる。竜の国を追放された彼にとっては、カッツはどう映っているのか、その表情からは読み取れない。
四人は寮に戻り、カッツとレヴィ、トールとニーズで別れて、それぞれの部屋に戻った。
カッツとレヴィのために用意された2人部屋には、既にお互いの荷物が運び込まれている。
2人は荷解きをしながら、「寮の夕飯って何が出るんだろう」「フン、俺の舌にかなうものだといいがな」と雑談をしていた。
そして、荷物の整理が終わったあと、くたくたになったカッツは自分のベッドに寝転がる。
「わぁ、すごい。ふかふかだぁ」
はしゃぐカッツを無視して、レヴィはカッツに近づき、その上に覆いかぶさるように身体を寄せた。
「レヴィ?」
「貴様は俺のつがいになれ、と言ったはずだが」
レヴィはカッツに顔を近づける。吐息がかかるほどの至近距離で、カッツとレヴィは見つめ合っていた。
「あまり俺の前で無防備な姿は見せないほうが身のためだぞ。いつでも貴様の寝首をかけることを忘れるな」
「物騒だなあ」
あまり動揺していない様子のカッツに、レヴィは「コイツ、実はなかなか胆力があるのかもしれん」と思った。
ひとまず、入学初日から襲うことはせず、額にキス程度で許す。
「食堂に降りるぞ。そろそろ夕食の時間だ」
「うん! 美味しいごはんが出ると良いね、レヴィ」
どうやら、色気より食い気らしい。
無邪気なカッツに、レヴィはそっとため息をついた。
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