26:九月九日(月)/Web/資料(8)

■動画ライブ配信記録■



 二〇二×年九月九日午後八時から、大手動画投稿サイトでスピリチュアル系動画投稿者「滝多うらら」は、同ユーザーが運営する動画チャンネル『滝多うららの心霊ちゃんねる』を通じて、ライブ配信を実施した。

 今回はゲスト出演者にフリーランスのオカルトライターである「支倉はせくらがい」氏を迎え、対談形式で「泥の死」事件に関する各々の見解を述べている。


 ただし動画データについては同年九月二日公開の動画と同様、すでにWeb上からは削除済みで、バックアップもなく、第三者が閲覧可能な状態にない。

 そのため「資料(6)」に倣って、下記のテキストも当時配信されていた動画内の音声を文字に起こし、ネット各所で転載されたものであることをご了承願いたい。




     ○  ○  ○




< 【緊急対談】今夜はG県S県の殺人事件について、オカルトライター支倉凱さんと深く語り合います! >

 『滝多うららの心霊ちゃんねる』ライブ配信動画 202X.09.09



[ 配信開始 ]



<滝多>

ハイ皆さん、今日も身近に霊のちからを感じていますか? 

あまねく世界の霊がえる滝多うららです! 

えーと今夜はですね、突然の生配信ということで。まあ、いったい何がどうしたんだと驚かれてしまったかもしれないですよね。SNSの方でもわたしのアカウントをフォローしてくださっている皆さんは、一昨日の夜にこの生配信のことを告知しておいたので大まかに経緯をご存知かもしれませんけれども。

それでどういうことかと言いいますと、丁度一週間前に公開した動画で、最近G県S県で起きた殺人事件に関するご意見を募集したじゃありませんか。

実はあのあと思ったより沢山、動画ページにコメントとかSNSのダイレクトメッセージとかを、視聴者の皆さんから頂いたんですね。しかもその中には、以前にオカルト系雑誌『アメジスト』の取材でお手伝いさせてもらったとき(※1)、幸運にもお知り合いになれたオカルトライターの支倉凱さんからのご連絡もふくまれていたんですよー。

それによると支倉さんもですね、G県S県の殺人事件にはオカルトライターとして非常に興味があるとおっしゃっていて。実は今日から一週間ぐらい、取材でS県までお見えになるということでしたから、折角なので今夜の動画は生配信ということにして、そこへゲスト出演して頂けないでしょうかって、交渉してみたんですね。

で、どうなったかと言うと、もう動画のタイトルでネタバレしちゃっていますけれども(笑)、今夜はなんと支倉凱さんに来てもらっちゃいましたあ――!



[ 滝多の拍手に応じるようにして、支倉が配信映像にフレームインしてくる ]



<支倉>

やや、どうもどうも。オカルトライターの支倉凱です。


<滝多>

わー支倉さん、いつもお世話になっております! 


<支倉>

いえいえこちらこそ。ちょくちょくDMなんかで、何かと色々やり取りさせて頂いて。


<滝多>

そうですね~でも直接お会いするのは、いつ振りでしたっけ。隠れ陰陽師の件で取材をお手伝いしたとき以来? 


<支倉>

たぶんそうかも。まあ隠れ陰陽師、民間陰陽師というか、広義の司霊者しれいしゃでしょうか。彼らは自分自身では、基本的に陰陽師を名乗ることがないので。あの取材以来ですね。


<滝多>

はい。それじゃ今回は生配信ということで、どうぞよろしくお願いします! 


<支倉>

はい、よろしくお願いします。



<滝多>

さて。ご挨拶あいさつも済んだところで、早速本題に入りたいと思うんですけれども。


<支倉>

ですね、あまり視聴者の皆さんをお待たせしちゃいけない。


<滝多>

ふふ、そういうことです。

それで本題というのは、先週公開の動画でも触れたG県S県の殺人事件のことですね。

この件を前回から引き続き……ただ今夜は支倉さんにも加わって頂いてですね、対談形式でお話したいなと。


<支倉>

はい。


<滝多>

えーまずは一応、今回トークの主題になるG県S県の殺人事件について、おさらいしておきたいのですが。



[ 中略。ここまでの「泥の死」事件における経過について、滝多うららが説明する ]



<滝多>

とまあ、そういうわけで、先週も取り上げた事件はすべて、これまでのところ未解決のままなんですね。

ただこれは警察の捜査が悪いとかではなくて、わたしは怪異が関連した事件なので仕方ないことだと思っています。先週もお話した通り、き物や呪術で起きた殺人なら、物理的な凶器は存在しないかもしれませんし。


<支倉>

凶器が見付からないと、仮に容疑者がいても立証のハードルが高くなりますからね。


<滝多>

ええ、だと思います。

実はその一方でここへ来て、一連の事件は怪異の仕業しわざだという仮説を補強する情報があるんですよね。先週公開した動画に付いたコメントの他、わたしのSNSに送ってもらったDMの中で、皆さんからかなり気になるお話を寄せて頂いていまして。

それというのがですけど、どうやら藍ヶ崎市内の一部界隈では、「三つの事件の被害者は全員、近頃同じ夢を視ていたらしい」という噂があるそうなんです。


<支倉>

いやーびっくりですよね! 実は僕もネット上でその噂を見掛けて、それでG県S県の殺人事件に興味を持ったわけなんですけれど。最初はとある匿名ブログの記事だったかな。


<滝多>

そうなんですよね。支倉さんが今回の生配信に出演してくださったのも、そこがきっかけだったそうで。


<支倉>

はい。殺人事件に関わる話で、不謹慎だと考える人もいらっしゃるでしょうけれど……やっぱりフリーランスのライターとして、これは追わなきゃいけないネタだなと。

世の中では誰もが常識と思っていることの他にも、何か不可解な出来事を解決する真実があるのかもしれないと、いつも僕はそう思っているんです。だからオカルト分野からのアプローチも、事件の謎に迫り得る可能性のひとつとして、誰かが試しておかなきゃいけない。

そこで今回は滝多さんに連絡を取って、こうして多くの皆さんと事件のことを考察したり、僕が取材で得た情報を共有したりさせてもらうことにしました。どうせ明日から藍ヶ崎市へ行って、現地で情報収集する予定でしたし。今日のうちにS県入りするわけですから、滝多さんとお会いして、こういう場でお話したいなとも思っていたので。


<滝多>

ふふ、ご連絡ありがとうございます。

ちなみに明日はわたしも支倉さんに同行させてもらって、藍ヶ崎市へ付いて行って差し支えないんですよね? 


<支倉>

はい、それはもう是非ご一緒しましょう。僕も滝多さんが取材先で、霊視してくださったりすると助かるので。過去にも何度か滝多さんの霊能力にはお世話になっていますけど、今回もひとつよろしく。



<滝多>

いえいえ、こちらこそ……って、なんか明日のぶんまで配信の中で二回挨拶しちゃっていますねわたしたち。

えーと話題を戻しますが、「事件の被害者が全員同じ夢を視ていた」らしい、という件についてですね、これもっと言うと実のところ、「被害者以外にも同じ夢を視た人が何人もいる」という噂があるみたいなんですね。

というか、どうやらS県の藍ヶ崎や星澄に住む人たちのあいだでは、同じような夢を視たことがあるという人がわりと沢山いらっしゃるらしい、という。


<支倉>

そうそう。もっともネット上でいくら話題になっても、さすがに警察は参考にできないでしょうけどね。こんな非科学的な噂を根拠にして捜査するわけにはいかないですから。

なのでいましがた主張したことにもつながるんですけど、僕らみたいな人間が事件を追うことに意味がある。


<滝多>

ですね! 

きっとこの配信をご覧になっている視聴者の皆さんも、支倉さんの取材力に期待していますよ。


<支倉>

はは、是非そうしたお声に応えられるように頑張ります。

実は事件の被害者が視たという夢の内容に関しても、すでに情報収集は進めています。同じ夢を視たことがあるかもしれないという人をSNSで何人か探し出して、リモート通話で取材させてもらったりしています。


<滝多>

複数の人がどんな夢を共有していたのかも、もうかなり具体的にわかっているんですよね。


<支倉>

はい、おかげさまで。


<滝田>

できれば可能な範囲で、ここでお話して頂けませんか?


<支倉>

えっと、これはどこまで言って大丈夫なのか、迷うところではあるのですが……。



[ 苦笑いする支倉、若干の間を置く ]



<支倉>

例えばまず、僕が取材した人たちの視た夢というのは、皆さん基本的にはうなされてしまうような悪夢だということでした。何か得体の知れない存在が出てきて、それは最初大きな目玉みたいなお化けだそうですが、そういうものがじっとひたすら凝視してくるらしい。そういった悪夢を持続的に何度も視る人と、そうでもない人がいるようではありますが。


<滝多>

事件の被害者になってしまった人の場合は、何度も視るパターンだったんでしょうか。


<支倉>

そのようですね。

悪夢を視続ける人の場合に関して言うと、だんだんとお化けというか、まあ怪異だと思うんですけれども、そいつは夢の中でちょっとずつ目玉以外の身体の部分も姿を現わすようになっていくらしい。

そうして何度も夢を視ているうち、やがては全身をさらけ出すようになるという。

で、身体全部を改めて視てみると、その怪異というのはなんと大きなカタツムリの化け物だそうなんですね。


<滝多>

カタツムリの怪異ですか。


<支倉>

そうらしいです。ただし相当な巨体で、全身の大きさは頭から本体の端までが、五メートル前後ありそうなんだとか。さすがにそれだけ大きいと、夢で視た人は恐ろしく不気味に感じられたと言っていました。


<滝多>

事前の打ち合わせで一応、わたしは先にお話をうかがっていたんですが、こうして配信の中で改めて言われてみても、怪異の正体がカタツムリというのは正直驚きです。



<支倉>

僕の方からもここで、滝多さんには打ち合わせで伺ったことを、もう一度かせてもらっていいですか。

夢の中で出くわすカタツムリの怪異について、何か心当たりのようなものはありませんか? 


<滝多>

答えから言うと、正直ちょっとわかりません。

動物霊の一種と考えるのなら、そういう憑き物のたぐいが存在していたとしてもおかしくない、とは思いますけれども。

ただ仮に何かしらの妖怪としても、妖狐ようこ犬神いぬがみより、たぶん土蜘蛛つちぐもみたいな妖虫ようちゅうに近いのでは。


<支倉>

土蜘蛛みたいな化け物だとすると、なかなか凶悪そうなイメージになりますね。

みなもとの頼光よりみつの逸話に登場する妖怪ですし。


<滝多>

ちなみに『古事記こじき』や『日本書紀にほんしょき』の文中だと、大和朝廷と対立していた地方豪族の蔑称として使用されています。


<支倉>

うーん、こういう話になると、一気に民俗学ホラーっぽくなってしまいますねぇ。


<滝多>

民俗学でカタツムリとなると、真っ先に連想されるのはむしろ『蝸牛考かぎゅうこう』ですけれども。


<支倉>

あ、柳田やなぎた國男くにおの? 


<滝多>

はい。でもあれは、別に妖怪のことをあつかっているわけではないので。


<支倉>

どちらかと言うと、言語学の分野に近接した内容ですよね。

いやあ、それにしてもさすが滝多さん、色々と勉強してらっしゃいますね。


<滝多>

本業では今回のように怪異と関わることも多いですから、仕事の都合で身に着けた範囲の基礎的な知識ですよ。学はないですし(※2)。



<支倉>

いやいや仕事の都合でも何でも、学び続ける姿勢が立派だと思うのです。

ところでカタツムリの怪異が動物霊じゃないとしたら、他にどういう存在の可能性があり得るんでしょうか。

やはり何者かが不特定多数の人間に仕掛けた呪術で、多くの人が同じような悪夢を視ている状態とか? 


<滝多>

どうでしょうね……。

可能性としてゼロではないと思いますけれども、仮に呪術を行使している人物がたった一人だとしたら、相当物凄い呪力の持ち主だということになりそうです。藍ヶ崎市内だけでも、いったい何人に対して同じ夢を共有させているかを考えると、並みの霊能力者ではありません。

ただ例外的には、呪力が弱い人物でも、強力な呪術を発動させる手段はありますけれども。


<支倉>

その例外的な手段というのは? 


<滝多>

わたしが思い付く例外は二つあります。

ひとつは、長い期間を掛けて準備し、呪いの儀式を行うこと。いわゆる「うし刻参こくまいり」なども、呪いの儀式の一種ですけれども、ああいった呪術行為のより強力なものを発動させるわけです。

もうひとつは、何某なにがしかの土着の呪われた存在を呼び覚ますことです。こちらは意図的な場合と、そうでない場合が考えられますね。


<支倉>

呪われた存在を呼び覚ますことというのは、西洋なら悪魔召喚のサバトみたいなものですよね。いや、サバトは儀式の一種でもありますが。あとはテレビゲームみたいですけれど、悪魔の封印を解く、というようなことでしょうか。


<滝多>

それらはいずれも意図的な呪いですね。

日本であれば、たたりの概念が当てまります。そういうことだと動物霊の話とも紐付けられますから、個人的には一番あり得そうな話なんじゃないかなと思っています。猫や蛇が祟る話などはよくありますし。

ただその場合もやはり、カタツムリの動物霊が祟る、という例はあまり聞いたことがないので、そこがよくわからない点は同じなのですけれども。


<支倉>

やっぱり手持ちの情報だけだと、なかなか綺麗に謎が解けませんね。

「カタツムリの怪異らしい」という情報が、大きな手掛かりであると同時に、考察を深めていく上で一番のボトルネックになっている気がします――……



[ 以降の配信内容、堂々巡りの議論や雑談が中心になるため、省略(※3) ]




     〇  〇  〇




△注釈△


※1)『アメジスト』は、隔月刊行の雑誌。厳密にはオカルト系ではなく、スピリチュアル系のカテゴリーを標榜ひょうぼうしている。バックナンバーを確認する限り、支倉凱氏が過去に手掛けた記事の文中には、滝多うらら氏が取材や執筆に協力したという事実が確認できない。


※2)滝多うらら氏の経歴には、学歴に限らず不明点が多い。インターネット上の不確かな投稿の中には、同氏を一〇代半ば頃から見知っているという人物の発言もあるようだが、その中では中学校時代は不登校で、高校にも進学していないとされている。未成年だった当時から占い師を自称し、平日の日中にもかかわらず、星澄駅前で道行く男性に声を掛けていたという書き込みも散見された。


※3)この日の生配信は、合計二時間余り続き、最大同時接続者数一七〇九人だった。急な配信のため、所定の時間帯に視聴できなかったユーザーも少なくなかったようである。

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