泥の死 -ある未解決事件関係者の手記-
坂神京平
【はじめに】
01:「泥の死」事件の手記を公開する経緯
S県
通称「泥の死」事件に関する一連の報道内容は、多くの人にとって記憶に新しいものだろう。
世間で異様な事態が認知されるようになって以来、それはずっと我々の社会と日常生活に暗い影を落とし続けている。
いまだに犯人が逮捕されることもなく、未解決で早四年余りが経過した。
二〇二×年の七月下旬から一〇月上旬にかけて犠牲者が出た際、複数の重要参考人は浮上したものの、結局全員逮捕勾留には至らず、今も事件には多くの謎が残されたままになっている……
それも非常に奇怪で、論理的な説明は困難に思われる謎ばかりが。
すでにメディアで取り上げられているため、広く知られていることと思われるが、例えば最初の犠牲者とされる男子大学生は、遺体発見時に白骨化した状態だった。
ただし同男子学生が事件に巻き込まれ、消息を把握できなくなってから、それはたった三日後の出来事でしかなかったのである。
念のために確認すると、死後腐敗などの死体現象が進行するための時間は、温度や湿度、空気の流通といった環境条件にも左右される。だが夏場でも白骨化までは、最低限一週間~一〇日は必要になるのが普通だ。
それがいったいなぜ、どのようにして、より短期間に実現したのかは依然として不明であり、真相も伝えられていない。
科学捜査に
もっとも、それがいかなる液体か、あるいはそれ以外の物質かまでは、特定できていない。
それゆえ容疑者候補の名前が挙がっても、捜査機関は逮捕に踏み切れないようだった。
犯行の方法が判明しない以上、有罪に至らしめる証拠は充分に固められない。
……とはいえ、本稿の筆者(私)は、実は「泥の死」事件にまつわる謎の少なくない部分に関し、世間一般に公表されていない真実を知っている。
なぜなら私は同事件に巻き込まれ、生命の危機に
もちろん事件後には、警察の取り調べに複数回応じて、都度把握しているところをできる限り回答している。
ところが私が伝えようとした事実の大半においては、包み隠さず語っても、聴取担当者からは理解されないか、信用されないか、あるいは嘲笑や不興を買うだけの反応しか得られなかった。
おそらく常識的な感覚を有する人物にとっては、到底
私は事情聴取中、取調官から「真面目に事情を話さなければ、嫌疑が深まるばかりか、たとえ参考人でも偽証罪に問われる場合がある」などと、強い調子で供述の変更をうながされることもあった。あるいは
実際には途中で理解を得られないと判断し、態度を改めたので、幸いそうした措置に及ぶことはなかったが……。
事件当時の藍ヶ崎では丁度、特定の似通った悪夢に苦しむ人々の存在が取り沙汰されていた。「
おそらく私も聴取を受けるに当たって、そのような事象の被害に
だが私としては、そもそも虚偽を語ったつもりはなく、だから当然遺憾ではある。
しかし努めて客観的に考えるなら、警察の対応が不合理とも思えなかった――
私が同じ立場にあったら、同様の態度を取るであろうことが容易に想像できたせいだ(!)。
それほどまでに「泥の死」事件を巡る真相は、真っ当な理解の
やがて私が警察に伝えた事実も、マスコミを通じて断片的には報じられるようになった。だが事件の真相と照合すれば、それらは地球から見た天の星々ほども隔たっている。
にもかかわらずインターネット上では、そうした表面的で
そういった現状は、残念だが現在もまだ続いている。
○ ○ ○
そこで私は本稿をインターネット上で公開することにより、公に報じられていない「泥の死」事件の真相を、世間一般に周知できないだろうかと考えた。
今回決断に至った理由のひとつは、事件を巡って流布された情報に対し、前述通りの在り方に懸念を抱いているからだ。当時から四年という月日を置いてしまった事情に関しては、個人的な身辺の整理に時間を要したためということで、ご
しかしとにかく「泥の死」事件の真相を正しく伝えるには、
ただそれは関係者が取調べに
ゆえにそこから生じる誤解を避けるためにも、関係者(私)が自分の言葉で事件を語る行為には、開かれた真相の記録として重要な意義があると信じている。
もっとも私がこの先で記述した内容には、書き手の主観が含まれるし、第三者にとってにわかには信じ
私は事実を知る限りにおいて率直に書き記したつもりだが、それを受け入れるか否かは、通読して頂いた方々各人の判断にお任せしたい。
尚、この際に言及しておくと、私は事件当時都内在住の大学生だった。
藍ヶ崎市で生まれ育った人から見れば、ある意味では異邦人のような立場だったように思う。
しかし同市には事件当時、個人的な所用から約三ヶ月に
その所用というのは、民俗学ゼミのフィールドワークだ。
実は幸か不幸か、そのために私の手元には、現地調査の記録に用いたノートが残されている。
本稿を執筆するに際しては、後日
また調査中に採集した資料からも、お読み頂く方々の理解の一助となることを願って、いくつか目ぼしいものを掲載することとした。
こうした本稿の形態は、連続殺人事件の真相を発表する手記として、不適当なものだろうか?
きっと多様な意見があるだろうから、最良かはわからない。また、かつて曲がりなりにも重要参考人だったとされる人間の主張を信じられるのか、という懐疑的な声もあるだろう。
だが「泥の死」事件に関わってしまった人間の一人として、これが第三者に当時の状況を把握してもらうには、一番リアリティを感じて頂ける方法ではないか……と、判断した。
その上で、本稿を公開したいまひとつの理由は、前述した意図の他にもあるのだが、それは「おわりに」と題した項目の終盤に記した。
繰り返し申し上げるが、以下に書き
それがどのような意味を持つかも、事件の核心に触れればおわかり頂けると思う。
そうして、根底に
私が遭遇した悪夢は、どこかで誰もが出くわし得る恐怖かもしれないのだから。
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