第5話

 部屋の中で食べかけの弁当を眺めながら、はなは考えていた。

「大切な息子さんを失って生きる気力をなくしてしまったシズさん……。食べる元気もなくなり、筋肉が衰えて転倒骨折して入院。退院後も気力がなく、食べる意欲がない状態が続いているのかも……」

 はなはこれまで病院勤務中に大切な人を亡くした患者さんをたくさん見てきた。その度に同情し、患者さんに手を添えて一緒に泣いたこともある。でも、そんな患者さんたちは皆、退院してしまえば関係が切れて、思い返すこともあまりない。

ところが、在宅訪問看護で担当する人たちは違う。在宅は患者さんたちの生活の場であり、病院とは異なり患者さんがそこの主人となる。そこで生まれた患者さんたちの悲しみや苦しみは、はなが切ろうとしても切れるものではない。

食べかけの弁当をぼーっと眺めながら考えていると、たーちゃんがはなの足元でキューキューと鳴きながら抱っこをねだっていた。

「たーちゃん、ごめんね。ちょっと考えごとをしていたんだよ。抱っこしようね」

はなは足元で両手を挙げて抱っこをねだるたーちゃんをそっと抱き上げ、ゆっくりと頭を撫でた。

「たーちゃんはいい子だね。たーちゃんと一緒にいると、いつだって楽しいよ」

「ホント?」

そう言うとたーちゃんは、ウキャウキャと笑い声を上げた。たーちゃんの首元に下がったお守りがゆらゆらと揺れる。はなはそのお守りをそっと握って祈った。

「みんなが幸せになりますように……」

はながそうつぶやくと、たーちゃんが首を傾げながら聞いた。

「ずっと前におかあさんが仕事って周りの人を幸せにすることだって言っていたけど、幸せってなんだろう?」

はなはたーちゃんの目をじっと見つめた。

「そうだね……。今日よりも明日はもっといい日になるって信じられることかな」

たーちゃんは、キュルルルと笑い声を上げた。

「たーちゃんはいつでもそう信じているよ。明日がいい日にならないわけないもん」

「そうだね。だからたーちゃんはいつも明るくて強いんだね」

そう言うと、はなはたーちゃんを抱きしめた。そして、ウキャウキャと喜ぶたーちゃんの笑顔を見ながら考えた。

「シズさんはきっと明日がいい日になるって信じられなくなっているのかもしれない。あまりに悲しいことが続いて心が深く傷ついたから。その傷をどうやって癒せばいいんだろう?」

はなは、おとーさんが手術を受ける前の晩の出来事を思い出していた。おとーさんが死んでしまうかもしれないという不安で心が潰れそうになっていたあの時、神社に吹き荒ぶ冷たい風の中で抱きしめていた、たーちゃんの温もりと笑顔にどれだけ救われたことだろう。

はなは、たーちゃんをぎゅっと抱きしめた。じんわりとはなの体に伝わるたーちゃんの温もりに、はなの顔はほころんだ。

「ねえ、たーちゃん。周りの人を幸せにするのがお仕事って、おかあさんに教わったでしょ」

「うん」

「じゃあ、たーちゃんもお仕事をしてみない?」

「どんなお仕事?」

「そうねえ……」

興味津々ではなを見上げるたーちゃんにはなはニコリと笑いかけた。

「ある人とご飯を一緒に食べるお仕事だよ」

「たーちゃんは何をすればいいの?」

「ただ一緒にいてくれればいいの。その人。きっとたーちゃんをなでなでしてくれるからね。いっぱいハートを送ってあげてね」

たーちゃんの目がニコニコと笑った。そして、はなのスマホにダウンロードしたロボットアプリを起動すると、ポンと一つハートマークが増えた。

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