05:セーダ・パサール
簡単に言うならそれは、膝の靭帯とか骨とか、そういうのが全部トンじゃう、全てを狂わせる大怪我。
──16の頃だった。とある名門サッカーチームの下部組織からトップチームに引き抜かれる直前の、最後のテストマッチ。後半ロスタイムに、軸足の膝を思い切りスライディングで削られた。
そしたらブチブチって変な音がして……その瞬間にわかった。
終わった、って。
すぐに搬送され手術を受けて、翌日に目を覚ました時。
メロンかってくらいに腫れ上がった俺の膝を見て、泣き叫んだ日の恐怖と絶望は、今だって鮮明に思い出せる。
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天才として世界から注目されてきた俺は、それ以降2度と日の目を浴びなかった。
俺はテクニックとオフェンスセンスに優れた選手だったが、完全にそのおこぼれみたいなものが、試合中たまに出てきてくれた。それだけのちっぽけな選手になった。
俺より下手くそだった同僚のうち3人は、今じゃ世界各国の1部リーグでしのぎを削る、トップアスリートになった。そして自然と連絡を取らなくなった。
今思えば俺は、自分から離れて行ったと思う。会うたび、怪我しなかった自分を想像して辛くなるから。
それでも俺は、サッカーやってりゃ勝手に知っちゃうような、そいつらの活躍にクソほど焦ってもがきまくった。
無理をした結果、古傷の状態を悪化させて悶絶する日々を過ごした。流した涙は数知れないし、身勝手な癇癪を起こし、ひどい言葉で傷つけてしまったチームメイトだっている。
あの日から十年経って、気がつけば俺は4部リーグを主戦場とする、26歳の選手になっていた。大抵のサッカー選手のキャリアハイにさしかかる。そんな年齢。
そして──この年、俺はやっと、自分の運命を受け入れる覚悟ができた……いや、カッコつけすぎだ。違う。そうじゃない。
身の程を知ってしまった。それだけだ。超満員のスタジアムなんて夢のまた夢。
でも、こうしてサッカーボールを蹴り続けられる。それだけでも幸せと思わないとな。
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それからは俺は色々考えた結果、大成しないキャリアの悔しさを、チーム全体のサポートにぶつけることとした。
常にアスリートが何たるものかと、愚直に努力する姿勢を見せ、後輩の面倒をよくみてきた。監督とも死ぬほどコミュニケーションをとって、俺から戦術を進言できるほどの仲になった。
俺の働きかけと、理解してくれた周囲のおかげで、少しずつ。少しずつ、俺達のチームは強くなっていった。
それが俺の生き甲斐になり………結果が数字として出るのは、文字通り
昨年4部リーグ9位だった俺達が、リーグ優勝した。そして、3部に昇格。昇格したばかりの翌年にリーグ2位で2部昇格。
そして、勢いそのままに、弱小クラブであったはずの俺達は2部リーグも席巻し、優勝。
奇跡の1部昇格を果たした。
天才ともてはやされていた時間よりも、俺は2部の優勝カップを掲げた瞬間を、キャリア最高の時にあげるだろう。
この年もう、35歳になっていた俺は、2試合のみの出場に留まった。
それでも、最高の一年だった。
そしてこの年、俺は長らく世話になったチームと契約を結ばなかった。
ボロボロの脚はもう、言うことを聞いてくれなかった。
その三日後。ある人物から俺に電話があった。
「えーっと、マルコ?マルコ・ロッシ?」
「久しぶりだな、ロベルト」
マルコ・ロッシ。
彼は、名門チーム下部組織時代のチームメイト。
その名門チームにキャリアの全てを捧げ、不世出のスタープレイヤーとして名声をほしいままにした。
今シーズン限りで引退と聞く。
「なんていうかな、マルコ、長い現役お疲れ様」
「ありがとな。お前はどうするんだ?フリーになったそうじゃないか」
「は?知ってたのか……?」
「当たり前だろ……まあそれは置いといて、ロベルト。単刀直入に頼む。俺の引退セレモニーの後、チャリティーマッチを開こうと思う。参加してほしい」
「おいお前それは冗談だろ!」
声をあげて笑ってしまった。
世界的スターの引退チャリティーマッチ。
往年のレジェンド達が、一人の選手の引退を祝すために集まり、超満員の観客はその偉大さを惜しみながら、見送る。
だから、完全に俺はお門違いなわけで。
「お前だから頼むんだ。ジョークじゃないぞ。憧れだったし、目標だった。全キャリアを通して」
「いや初耳だわ」
「気を遣ってたんだよバカ!お前のキャリアに水を差すような報道はさせたくなかった」
彼の声色は至って真面目だった。
「え……まじか、そう、だったのか」
「わがままは承知だが、点取り屋として、お前のパスをもう一度受けたいんだ。
「……一晩考えさせてくれないか」
「ああ、期待してる」
通話は切れた。
俺はベッドに倒れ込み、傷んだ自分の膝を抱える。
「サッカー、やめないでよかったな」
そう語りかけ、傷痕に優しく口付けをした。
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