04:かつて神童、今は只人(ただびと)
「ありがとうございました。またお越し下さい」
商品を買った客に俺は何の感情も込めず、機械的に応対していく。
何故なら、ここはコンビニ。
アルバイト店員でしかない俺に、それ以上の対応を求められたって困る。
(今のこんな姿を見て、昔の俺の
こう見えて昔は同年代の奴等どころか、大人達さえ俺の顔色を窺ってペコペコと頭を下げていた。
むしろ、大人達の方が俺の事を理解していた分、必死で媚びを売っていただろう。
(それが今じゃあ、その日暮らしのアルバイトってんだから未来ってのは解からないね)
ぶっちゃけ俺自身、話を聞く立場だったら大法螺吹いてるか、本気で言ってるなら頭でもおかしくなったとしか思ない。
それくらい今と昔じゃあ妄想としか言えないくらい、俺の立場は変わってしまっていた。
(んー、この時間は客来ないし今の内に掃除でもしとくか……)
そんな昔の日々に懐かしさを感じつつ。
だからと言って過去に戻りたいなんて願ったところで、今更何も変えられない。
それならば清掃に勤しむ事にした俺の目に、ふとスポーツ新聞の見出しが目に付いた。
(……頑張ってるじゃないか)
そこには今や日本中が注目していると言っても過言ではない有名な野球選手の名前が、活躍を褒め称えるような言葉と共に書かれている。
俺はどこか誇らしい気分になりながら、この面識の一つもない野球選手の過去に想いを馳せていく。
(コイツが報われないって方が、おかしいもんな……)
貧乏農家に生まれた、ただ野球が好きな家族想いの男だった。
野球が好きなのもあったが、将来はプロになって大金を稼いで家族を養ってやるって決意を胸に頑張る姿を見て――
そこまでしないと欲しい物の一つも手に入れられないとか、何も持たずに生まれてきた奴は哀れだなんて嘲笑っていた。
(本当に昔の俺は、どうしようもない奴だったな……)
好き勝手甘やかされて育って。
努力も苦労も理解出来ない俺には、こんな風に生まれなくてよかったとしか思えず。
どうせ頑張ったところで叶いやしないんだから、野球なんて辞めちまえとしか思ってなかったのに。
(コイツ、笑えなくなるくらい不幸続きだったんだよな……)
台風で作物が全部やられるわ、金なくて何とか入れた近くの高校に野球部はないわ、両親共に病気になって高校中退しようとするわ。
呪われてんじゃないかっていう不幸っぷり。
(極め付けがアレだもんなあ……)
病気で動けない両親に代わって、大雨の中、田んぼの様子を見に行ってさ。
本当ならここで死ぬのが、コイツの運命だったらしい。
(……見過ごせねえだろ。暇潰しでしかなかったとはいえ、ずっと見てきた身としてはさ)
当時、天界に住んでいた俺が下界の人間に手を出すのはトンデモナイ掟破り。
神の実の息子だったからこそ、その辺のルール破りは厳罰になると解かっていても、それでも止められなくて。
(コイツの運命に干渉した結果、ただの人間にされて下界に追放ってな……)
誰も庇っちゃくれないどころか、率先して追放されたが仕方ない。
次の最有力神候補で誰も逆らえないのをいい事に、やりたい放題暴れた事でどれだけの相手を泣かせて恨まれてきたかすら解からないんだ。
むしろ消されずに追放処分で済んだだけ、マシってもんだろう。
そんな俺の事情は、さておいて――
(精々行けるトコまで行ってくれよ? これでも神の座を捨ててもいいと思ったくらいには、応援してるんだぜ?)
きっと、今後も出会う事なんて無いだろう野球選手に、想いを馳せて。
かつて神の子どもだった俺は――
ただの人間として、この世界を生きていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます