第3話
「どうして、と言っても、今日テニス部があることを偶然、ここに来るまでに知ったからだけど?」
残念ながら、テニス部なるものにミジンコ程の興味も持っていない僕はテニス部が男女分かれているのか否かは知らなかったが、例の会話の主が女子だったから、本来樋口さんが行かなくてはならないことは考えるまでもない。
「そうじゃなくて、どうして私が女子テニス部に入ってるって知ってたの?」
ほう、男女分かれているパターンだったか。
で、どうして樋口さんがテニス部に所属しているか知っているか、だったな。
「私、友達に誘われて入ったから、入ったの最近だし、あんま言ってなかったからきっと速水くんも知らなかったと思うんだけど」
成程、そういう理由だったか。
だが、そういう問題ではない。
何かないか、彼女がテニス部だと思えた理由。あの理由以外で。
誰かに聞いた。いや、ミステリファンとしてそんな理由は許せない。
そうだ、ホームズみたいに手を見て……。そんなに目立つほどのタコがある訳ではない、ボツ。
何か荷物に、それっぽい何かは……。見るまでもなかった。普通の黒いリュックに、多分世界一有名だろう黒い斑がキュートなビーグル犬付いていただけだった。お、あれは阪神タイガースコラボバージョン。僕も持っているゾ。
だが、そんなことはどうでもいい。
こうなれば、割り切るしかない。
「さっき、樋口さん、勢いよく椅子から立ち上がったろう?」
「そういえば、そうかも」
「その時、そのスカートの下にテニス部のユニを着ているのが見えた、以上。
そう、その校則に反しない程度に短いスカートが別に風の悪戯という訳ではないが、さっき捲れてしまって見えてしまったのだ。仕方ないだろ。不可抗力だ。こういうことも想定して、常に目を逸らしておけ、とか無理に決まってる。
でも、色んな意味で耐えた方だな。下に何かしら履いてもらえていて助かった。いや、履いていたからこそこうなったのか?
そんな風に考えている間、樋口さんは例のスカートをガバと押さえ赤面している。誰か、緋色のマントを貸してやれ、メロスみたいに。
「ぉ、お嫁に行けない……」
なんか小さないじけた声を出している。
「まぁ、大丈夫だ。僕は樋口さんに性的な興味もない。良かったな、相手が僕で。僕からすれば、催しもの会場の入れ替えの時、周りのパーテーションが倒れて中が見えたくらいの気分だ。全く興味もそそられない。いや、逆に催しものの方が興味もあるかもしれないな」
僕としては、慰めたつもりだったんだが、どうやら樋口さんはそうはとってくれなかったらしい。
「速水くんのバカ!」
樋口さんはそう言いながら、何が入ってるんだ? と言うような重いリュックをブルンと僕にぶつけて去っていく。何にしろ、彼女を追いやることに成功した訳だが、もろジャストミートしたらしく肩が痛い。
「ってか、本当にあんなお決まりのセリフ吐く人いたんだな」
そう思った。
その翌日のことである。
いつも通り、図書館の所定位置に着いた僕だが、程なくして、"いつも通り"ではなくなった。
「速水く〜ん、ちょっと聞ぃてくれん?」
そう、樋口さんがどうしてか、ここに来るようになったのである。まぁ、来るようになった、と言えど、サンプル自体は昨日と今日しかないからデータとしては不十分だけど、そんなことはどうでもいい。
要は、僕の放課後の余暇が
何遍も繰り返すようで悪いが、由々しき事態である。
「何が、あったんだ?」
これが地雷であることを確認しながら自分で踏みに行くバカなことをしているな、僕。
「まずね、今日、学校で体力測定があったでしょ」
——体力測定。
運動に興味のない僕たち、特に帰宅部にはただ出席をとるためだけに学校にわざわざ行く下らない日である。
「そこでね、上靴を脱ぐ機会があったでしょ」
普段、体育館では体育館シューズ(アリーナシューズというところもあるとか。なんだアリーナって)を履かなくてはならないが、効率を上げるために上靴でも可な場所があった。だが、計測の時だけそれは脱がなくてはならないのだ。
って、なんで僕はさっきから説明係をしてるんだ?
「ああ、あったな」
「上靴がね、なくなったの」
「盗まれたのか?」
つい、ミステリファンの性分で出てしまう。
「ううん、多分誰かが間違って持っていったのだと思う。それに探そうにもどこに上靴を仮置きしたか覚えてなくて」
「そうか」
僕は、呆れるようにそう言うしかなかった。
だって、僕は『ちょっと、聞いてくれ』としか言われていない。それに対して、何かコメントしろとは言われていない。そうだろ?
「でね」
「なんだ、他にもあるのか?」
うん、と樋口さんはボブに切り揃えられた黒髪を揺らしながら小さく頷く。
「その体力測定なんだけど、50メートル走、あったでしょ」
ははは、あの最下位から脱出するために如何に遅そうな人を同じレースに巻き込むかを競うやつだろ。因みに僕はそのレースに負けた組だ。
なんだ、6秒台て。人間じゃないだろ。
「私、頑張ろうと思ったんだけどね、靴が脱げたの、走ってる途中で。私、ショックだったの」
そう言い終えると樋口さんはガクンと項垂れる。
だが、単に運が悪かったと言うしかないのではないか。
上靴にしても、靴に関しても——偶然にも靴がらみだ——。
ふと、向かいに座る樋口さんの足下の方を見てしまう。
「何、速水くんって意外にムッツリだったの?」
当然こうなる。
「心外だな。僕は樋口さんの靴を見たに過ぎない」
「そう、私、あまり足大きくないの」
どうも話の芯がずれるな。僕がベストボールを放っても、大抵ジャストミートしていない打球が返ってくる。
「そういえば、今日この前の模試が返ってきたね」
話を変えてみる。
「それは私を励まそうとしてるの、それとも傷口に塩を塗り込もうとしてるの?」
どうやら、地雷だったようだ。
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