第2話
「ごめんね、速水くんの邪魔をしちゃったみたいで」
判っているのなら結構。直ちに退去することをお勧めしたい。というか、僕の名前知られていたんだな、意外意外……。
「いや、それで僕に何か用か?」
思っていることを素直に吐き出せない己の弱さよ。
「う〜ん、用って程のことではないんだけどね……」
「うん、僕にも用はない。出口への道は空いているように見えるけど?」
「なぜに、そんなに邪険に扱うのじゃ?」
樋口さんは小動物のように小首を傾げるが、そんな様子も男子に人気のある所以なのかもしれない。
「もちろん、僕が今、本を読みたいからだが?」
「……」
「その無言にはどんな意味が込められている?」
「我々はその行動に断固抗議し、建設的な協議の場を設けることを要請する」
「いや、そんな日本政府の声明みたいに言われても」
「で、なんだけど、速水くんってミステリが好きなんだよね?」
「話を変えるなし。いや、好きだけど」
「愛の告白?」
「どういう文脈を取ったらそうなった?!」
「ごめん……ちょっと揶揄った」
「別に(どうでも)いいけど」
「なんか今変な間がなかったですか?!」
特にない気がするが……。
だが、そんなことより何故僕がミステリ好きと言うことを知っていたのか、という方が看過できない問題である。僕は、学校で本を読む際何かしらのカバーを掛けているし、(ここの図書館の本はほぼ学校に持って行かない、失くしても面倒だ)自己紹介の時も「読書が趣味」としか言っていない。
「おーい、自分の中に入り込まないでくださーい」
「お、まだいたのか?」
「いましたが、何か?」
「僕はミステリ好きだが何か?」
「私も、ミステリー好きなんだよね!」
「ふ〜ん、そうか」
「反応ゼロ?!」
「まぁ、ミステリファンとしては、ミステリを好む人材が増えることはありがたいことだな。需要が増えれば東京創元社の文庫本の値段も新潮並みに……。それは無理か」
「ほんと、高いよね。でもそれを上回るのがハヤカワミステリ!」
「ところで、どうして樋口さんは僕がミステリ好きだと?」
「前、速水くんが落とした本を拾ったんだけど、覚えてない?」
誠に残念な情報だ、樋口くん。全く記憶にない。
「あ〜あ、その顔は全く覚えてなかったって顔だ」
「でも、恐らく一瞬だったよな?」
「うん、でもこういうの覚えるの得意だから、日本一、いや」
「「世界一かも」」
「意外だね、コナンも読むんだ」
「悪いか?」
「いや、全然」
で、そんな速水くんに訊きたいんだけど、と樋口さんは続ける。
「一番の名探偵、と問われたら誰を推す?」
上手く(かは不明だが)ペースに乗せられているな、と思いながら答える。ミステリファンにあまり邪険に扱う理由はない。もしかすると、相手が絶版本を持っていたり……グフフ。
「あ、ちょっと待って、いっせいのーで、でいこ」
「まぁ、いいけど」
「じゃぁ、いっせいのーで」
「クイーン」
「フェル博士」
僕が前者で、樋口さんが後者だ。
「え、ちょっと待って、一番だよね?どしてギデオン・フェル?」
「そっちこそ、王道で行くなら普通ポアロか、ホームズあたりでしょ」
樋口さんは勢いよく椅子から腰を上げて応酬する。
「いやいや、あの穴のない論理展開、人柄においてもクイーンが圧倒的だ」
「穴のない、って言うならその題の通り驚くほどの可能性を考えている
「その言葉の通り、人柄だが?性格とか、言動とかから判るだろ、大体そっちこそなんだフェル博士って。どうなったら一番の名探偵でフェル博士が出てくる?」
「一番だからこそですが?!密室犯罪の巨匠、カーの生み出したフェル博士を舐めてるんかっ?!」
図書館であることを忘れ、相手の意見を聞かず、ただ自分の論理(暴論)をぶつけながら思う。好きなものを語り合うってのも悪いものではないかもしれない。そう考えると、部活というのは意外と悪いだけのものではないのかもしれない。
そんな僕たちの様子を遠くからブルーライトカット眼鏡を掛けたササキさんが微笑ましく眺めていたのに僕たちは気付いていなかった。
「ところでなんだけど」
ある程度、各自が言いたいように言った後、僕はそう切り出す。
「どした?私に惚れちゃった?」
「ああ、1km中の1nmくらいは惚れたかもしれないな」
「ということは1兆分の1くらいは惚れてくれた訳ね!」
「真面目に計算しなくても良かったんだが……ってそうじゃなくて」
「テニス部には行かなくていいのか?」
「ど、どうして知ってるの?」
—————
お読みくださり、ありがとうございます。
クイーン、フェル博士のファンの方に不快な気分にさせてしまいましたら申し訳ございません。彼らに代わって謝らせて頂きます。
少し、余談を。
最後、本当はホームズがワトスンが軍医であったことを見抜いたシーンのようなものを書きたかったのですが、そう上手くはいきませんね。まぁ、当たり前の話です。
最後までお付き合い頂けると幸いです。
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