第2話 ソロ

「と、取り敢えず自己紹介しましょうか!」


 探索者ギルド応接室にて、私は愛想笑いを貼り付けながら立ち上がる。

 ギルドの応接間は利用無料で財布に優しい。

 これは、内密な話をする事もある探索者に配慮されたものだ。ギルドに登録している人間でしか利用できない為セキュリティ面でも問題は無く、実際に密談も想定されているのかギルド内に応接間は五つある。

 喋る前に、自分の顔を両手で触り確認。

 大丈夫だろうか。私は上手く笑顔でいられてるだろうか。笑顔じゃなかったら殺されたりは流石に無いと信じたいが。

 ふー。と、ゆっくりと息を吐き気持ちを落ち着かせる。そして、私は小刻みに震えるくちびるを持ち上げる。


「私はテルミニ・テセス・ローレンライトです。案内人やってます」

「新人だな」

「はい」


 彼の重く打ち付けるような声に、私は一瞬怯みながらも答える。何この人滅茶苦茶怖い。


「端的に言うと俺は、お前と直接契約を結びたい」


 固唾を呑み込む。

 本来、案内人は探索者ギルドが斡旋した探索者と契約を結ぶ。

 そのメリットは、ある程度の問題ならギルドが解決してくれること。そして、迷宮の素材を換金するときも手続きが無くて済む。

 デメリットとしてはある程度の手数料を引かれることだが、さして問題にはならない程恩恵は大きい。

 だが、それを避ける連中もいる。

 ギルドを介さず直接契約。それが、眼前の大男の目的だ。言葉に詰まっている私に構う事無く、大男は話を進めていく。


「記録は?」

「えぇーっと……砂漠です」


 我々が主に迷宮と呼称するカリメアの迷宮は、その内部に幾つかの階層が存在する。しかも内部の空間が歪んでいるのか、階層ごとに環境が全く異なるのだ。

 第四階層、砂漠。煌々と照りつける太陽により昼間は猛暑を、日が沈んだ夜間は熱はを奪い取り極寒が訪れる。そんなエリアだ。

 探索者として行った事は少ないが、修行の一環として訪れたことがある。尚、師匠に無理やり置き去りにされただけなのだが。


「成程、上出来だな」

「あ、ありがとう……ございます?」


 何故かお礼を言わねばならない気がして、私は咄嗟に低頭ていとうする。

 緊張で頭が上手く働かない。私は早くも、彼の話を聞く選択を後悔し始めるようになっていた。


「あのぉ」

「俺はレグルスだ」


 それだけ告げるとレグルスは口を固く結んだ。応接室に居心地の悪い沈黙が暫く満ちる。


「え、あれ? それだけ? ……所属チームは?」


 そう、本来案内人は個人とではなく、その探索者チームと契約を交わす。それぞれが契約を交わし合う探索者チームとは異なり、案内人はチームそのものに雇われる形なのである。

 そうなったのは、基本的に役職に応じて報酬が山分けされる探索者業において、案内人の働きは目に見えない為だ。

 それに一般人の思考回路で行けば、迷宮の攻略は複数人でなくてはならないと気が付くだろう。

 一人では戦闘の役割分担が出来ないではないか。魔法持ちは魔法だけ、剣士は剣のみの戦闘を余儀なくされる。敵との相性なんて考えずにだ。

 野営時の見張り役はどうする。一人だと寝込みを襲われても一切の抵抗の余地が無い。マッピングも、料理も、罠の警戒も、索敵も、全てを一人でこなすには無理がある。

 迷宮攻略に一番大事なスキルは、友達を作ることだと言われるほどだ。

 なので私は彼の口から探索者チームの名が出ることを待っていたのだが、いつまで待っても出てこない。

 だから私はつい沈黙を打ち破り、困惑を吐き出したのだ。すると、レグルスは不思議そうに開口する。


「ソロだ」

「ソ、ソロ!?」


 思わず絶叫を上げてしまう。

 ソロ。独奏を由来とするその言葉は、単独である事を示す。


「え、ソロ!? 嘘でしょ嘘でしょ! え、……ほんと?」

「嘘を吐く理由が無い」


 あるでしょ、と言いたい気分をグッと呑み込む。毅然とした態度に、私はあることに気が付き閉じない口を手で抑える。

 そうだ。私が彼に雇われれば、パーティーメンバーは私含め二人になる。ソロから人を雇うという事は、ソロでの迷宮探索は無理だと察したという事だろう。その歳にしては少し遅い気がするが。

 という事は彼が、斥候の知識がある索敵やマッピングや料理が得意な前衛のショートスリーパー出ない限り、今まで彼がやっていた様々な雑用が回ってくる訳であり。

 私はレグルスの怪訝そうな視線を気にも留めず、激しく首を横に振る。


「無理ですよそんなの!! 私案内しか出来ませんよ!? いやほんとに! 戦えないですし!」

「騒ぐな。まだ契約の概要を説明していないだろう」

「いやでも! ……んん分かりました」


 どうせ色々任せるんでしょ、やってられませんよそんなの。なんて吐き捨てて立ち去りたい気持ちを再びグッと吞み込むみ、私は渋々腰を下ろす。人間生きていれば時には、理解できないものを理解しようとする心意義こそ大切な瞬間だってあるのだ。

 彼の言う通り、まだ契約の内容を聞いていない。もう殆ど受けるつもりは無いが、聞くぐらいならいいだろうと思ったのだ。


「全て俺が一人でやる。お前は、案内人としての仕事を全うしてくれればいい」

「むぅ」


 まさか本当に斥候の知識がある索敵やマッピングや料理が得意な前衛のショートスリーパーだったとは思わなんだ。一瞬で私の懸念していた事が吹き飛び、私は低く唸る。

 案内人は廃れている。その理由はただ一つ、探索者も馬鹿ではないからだ。

 ひとえに、探索者の歴史が古すぎる。

 今までの案内人の行動や、探索者たちが独自に研究したデータ。それらを元に、探索者は徐々に案内人無しでも迷宮を攻略しつつあるのだ。

 現に洞窟、森林、砂漠、草原の迷宮第四階層までは誰もが知る環境になっている。

 我々の仕事は、言わば迷宮専用の斥候。ある程度の情報が出回ったこの環境では、完全に非戦闘職の案内人を雇うよりも、戦闘が可能な野伏などの斥候を雇った方が効率がいい。

 案内人が栄華を極めたのは百年以上前と聞く。

 古参の探索者や、それらに鍛えられた探索者ほど契約を結んでくれる傾向にはあるが、最近の探索者程契約は早期に破棄されてしまう。 だから最近は荷物運びポーターを兼ねて雇われることが多い。最近の契約は全てそうだった。

 当たり前の話だが、迷宮探索における荷物は重い。魔法薬や薬草、地図等は勿論のこと、蝋燭ろうそくや食器類、様々な用途の布が幾枚か。 それだけじゃない。換えの武器や場合によっては鎧、帰る時には魔物の素材なんかも含まれる。

 自分の分ですらとても重いと感じるのに、それを数人分持たされるのだ。それはとても、私のような非力な女に持てる重さではない。

 だから今、この依頼は私が今まで見てきた中で一番の好条件になったのだ。自分の荷物を運びながら案内さえすれば、私は何もしなくてもいいのだから。


「……報酬は?」

「お前が七、俺が三でどうだ」

「えぇ!!? そんなに…」


 私はまたも絶叫を上げる。

 探索者は、何も迷宮に潜れば金が貰える訳ではない。

 探索者が金を稼ぐ方法は二つ。一つは、探索者ギルドに張り出された依頼をこなし、依頼人から報酬を貰う事。もう一つは、迷宮内で採れた素材を売る事。

 一般的な探索者チームでは、それらで得た金銭を事前に決めた配分で山分けするのだが、危険と隣り合わせの前衛ならともかく、案内人の配分は低い。パーティーに雇われるようになったとはいえ、そう簡単には変わらない。と言うより、選んでいられる程仕事に余裕が無いのだ。

 なのに私に七割も譲るというのだから、驚くのも無理は無い。


「え、あの…。知ってます? 相場」

「あぁ。確か一割以下だろう」

「知ってて言ってたんですか……」


 一般的な四人パーティー。剣士、戦士、野伏、魔法持ち。そこに案内人が加わるとなると、その配分は平均的に剣士と戦士に三。残る二人に一と一未満。残った額が案内人の報酬になる。大抵の場合、稼ぎは雀の涙にも等しい。

 相場を知らない可能性を否定された私は、不思議そうな表情を浮かべるレグルスを他所に思案に耽る。

 この依頼、どう考えても話が良すぎる。

 戦闘もせず、料理や荷物運び等の雑用もせず、案内人としての仕事を全うするだけで七割の報酬が支払われる。

 冷静に考えなくても甘い、誘き寄せるような話だ。こうなれば、この契約の裏には何か裏があると考えるのが自然だろう。

 迷宮の第二層には、探索者の身ぐるみを剥いで生計を立てる者がいるらしいし、その協力をさせられるのかもしれない。

 いや、最近聞いた話では、男性だけのチームに雇われた女性案内人が、強姦された上に暴行を加えられ、息絶えた姿が発見されたらしい。この契約を受けたら最後、私はその二の舞になってしまうのでは。

 悪い想像は止まりそうにない。


「因みに、なんでギルドを通さないんですか?」


 一応訊いてみる。すると、レグルスは言いにくそうに口を開く。


「ギルドに素性を探られたくない」


 うわ、こいつ完全に犯罪者だ。私は確信する。

 一般の者が探索者としてギルドに認められるには、ギルドから素姓の調査を受けなければならない。だからこそ、ギルドが所有する施設を格安で利用できるのだ。同時にそれは、迷宮という閉鎖空間の中で犯罪の発生を事前に防ぐためでもある。効果は微々たるものではあるが、それでも無いよりはマシという事で続けられている。

 それを受けたくないとは、彼に相応の理由があるという裏付けに他ならない。


「ご契約の概要はにつきましては、十分理解致しました。近日中に返答いたしますので、今日はこれにて失礼します!」

「そうか」


 私は逃げるようにギルドの応接室を後にし、出来る限りの早歩きで廊下を抜ける。息を止めてしまうほど必死だった私は、見慣れたギルドのホールが見えた時、思わず安堵のため息が漏れた。


「あら、テルミニさん。どうでした?」


 見知った顔、ゼクレが私に気付き、足を止めて私に話しかける。書類を抱えたその姿は、依頼用の掲示板に張り付けられていた依頼書を回収した後だろう。


「これ」


 私はサムズアップを逆さにし、首の前で左から右にスライドさせる。


「失礼ですよ。……と言いたいところですが、実は私も同じ思いです。とは言え、応接間使用の許可を出したのはギルドマスターですし」

「また明日来るわ。いいの探しといてくんない?」

「分かりました。もうあまり顔を出さないようにしてくださいね」


 そう彼女に残し、私は足早に宿屋に夕食を摂りに向かうのだった。

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