外伝ストーリー①

外伝① 婚約者達の想い(静歌編)

「静歌~,私とユウは先に帰るわね~。」

「ごめんね,千堂さん。片付けを手伝えなくて。」

「うふふ,気にしないで。今日はお約束があるんでしょう?」


 私の親友とその彼氏。二人は去年の体育祭がきっかけで付き合うことになり,今では学園の生徒達が羨むほどの熱々の恋人同士であった。


 一般家庭の出である彼と政財界に顔が利く緋凰家の御令嬢。やはり,最初は良い印象を周りから受けることはなかった。


 だが,祖父である理事長にチェス勝負で勝ったことから一転,彼は理事長のお気に入りなり,周囲の者達も徐々に彼のことを認めて来ていたのだ。


 そして,今日はその理事長と3人で会食があるらしい。


「ねぇ,ユウ。これって,いつ行っていいか,お爺ちゃんに聞いてもいい?」

「僕は構わないけど,あまり良い顔をされないような……。」

「平気よ。お父さん達は兎も角,曾孫はまだか~って毎回聞いてくるぐらいだし。」

「あはは……。困ったなぁ。」


 実はこの二人,まだ皆には報告していないが,卒業したら籍を入れる約束をしているのだ。流石に恥ずかしいのか,今は私しか知らないことでもあった。


「で,静歌。風間君とあれから何か進展あったの?」

「特にはないかなぁ。それに,シンちゃんが好きなのは奈都姫ちゃんだから。」

「…………。」


 彼女は何故か呆れた顔でこちらを見た。一体,どうしたんだろう?


「……静歌,いい加減に自分の気持ちに正直になったらどうなの?風間君のこと,好き何でしょう?しかも,小さい時から。」

「…………。」


 彼女はやはり気付いてた。ううん,おそらく隣にいる彼もだ。


 だが,自分は彼に好きだとはもう言えない。


 何故なら,彼の心は今は自分ではなく奈都姫ちゃんの方を向いているからだ。


 私は,自分の気持ちを伝えることが……遅過ぎたのだ。


「渚沙,そろそろ行かないと……。」

「……そうね。静歌,二人のことだからとやかく言わないけど,自分の気持ちには正直になった方が良いわよ。……今でも好きだと思っているならね。」


 耳元でそう囁かれてしまい,少し困った顔をしたが,正直その言葉は嬉しかった。


 簡単に私に挨拶すると,二人はそのままマンションを出て行った。


「保衣美~,真白ちゃん達はもう準備できているぞ~。」

「あ~,今行くから待って~!」


 玄関付近ではシンちゃん達が真白ちゃん達を見送る準備をしていたようだ。あの二人も本当に仲が良いなぁと微笑ましく思ってしまった。


 そして,恋人じゃなかったとしても,あの二人の関係がとても羨ましかった。


「(もし,私がシンちゃんの義姉弟になってたらどうなっていたんだろう?かなり甘やかしていたのかな?)」


 あの事件で実の母親を亡くした時,彼は保衣美ちゃんが泣いていたこともあって人前で泣こうとはしなかった。それに,あの事件が原因で付き合っていた奈都姫ちゃんとも別れて彼には拠り所がなかったのだ。


 そんな彼が,本音で甘えていた唯一の存在,それが自分であった。


 あんな事件があって,彼も本当は泣きたかったのだろう。


 私の前にいた時はいつも泣いていて,彼を抱きしめて慰めていた。


 彼が甘えてくれることがとても嬉しかった。あんな状況であった彼をただ慰めていただけなのに,それでも彼が自分を求めてくれていたことに……。


「……姉ちゃん,どうしたんだ?」

「ん?」


 先程からキッチンで黙々と食器を洗っていた自分の弟が声を掛けてきた。


 私の実の弟である瑞穂ちゃん。身長2mもある大きな男の子であり,可愛い物が好きと言う少し変わった性格をしている私の大切な弟。彼もまた,シンちゃんとは古い付き合いのある親友だったりもする。


 そして,私がシンちゃんを好きであることを知る,数少ない人物でもあった。


「会長達と何か話していたようだが?」

「特に大したことはないよ~。瑞穂ちゃん,そっち手伝おっか?」

「問題ない。」


 相変わらず,寡黙だなと思った。お父さんもお母さんも瑞穂ちゃんを見て本当に自分達の息子なのかと不思議に思っているらしい。

 

 それはそうと,他に何かすることってなかったかしら?


 洗い物以外に他にすることがないか考えていると,彼は急に驚くことを尋ねた。


「姉ちゃんはシンのことを今でも好きなのか?」

「えっ?」

「この間,姉ちゃんの初恋の人を聞かれた。」


 シンちゃんが私の初恋の人?どうして……。


「……黙っていたが,何回かシンにはそのことは聞かれていた。」

「!?そうなの!?」


 それは初耳であった。シンちゃんに私が好きであることは黙っていてほしいとは瑞穂ちゃんにはお願いしていたが,シンちゃんからもそのことを聞かれていたのだ。


「瑞穂ちゃん,どうして教えてくれなかったのかな?」


 珍しくムスッとした表情で彼を可愛らしく睨んだが,彼は表情を変えなかった。


「今まであいつは恋愛事から縁を切っていただろう?あいつのためを思って言わないようにしていた。それだけのことだ。」

「……ごめんなさい。」


 彼を怒ることもできなかった。何せ,自分達はあの事件に関りがなさ過ぎたのだ。


 シンちゃんや保衣美ちゃんは母親と父親を亡くして,奈都姫ちゃんの家族はあの事件に大きく関わり過ぎているのだ。……傷が深いのは確かであった。


「だが,状況が変わった。だから,シンのことを姉ちゃんに教えた。」

「状況って,今回の婚約の件かな?」


 彼は何も言わずにただ頷いた。婚約の件がどうしてだろう?あれは,偽装婚約であることは瑞穂ちゃんも知っているはず……。


「1つ聞く。姉ちゃんはまだシンのことが好きか?」

「……好きよ。」


 今更かと思われるかもしれないけど,私はまだシンちゃんのことが好きだった。


 何度も男の子達に告白をされて来たけど,自分には好きな人がいると言って彼等の告白を全て断ってきた。それくらい,私は彼のことが好きだったのだ。


「なら,俺がすることは1つだけだ。」

「1つだけって?」

「……好きなんだろう?本気で婚約する気はないのか?」

「瑞穂ちゃん!?」


 彼にそう言われて私は珍しく顔を真っ赤にして抗議をした。この子は一体何を言うのかしら!?確かに,シンちゃんのことは好きだけど私にも色々と……。


 そう思っていると,廊下から足音が聞こえてきた。


「悪いな,フレディ。片付けを手伝ってもらって……。」

「気にするな。」


 どうやら,シンちゃんがこちらの様子を見に来たようだ。


 相変わらず,瑞穂ちゃんは表情を変えずに未だに洗い物の片付けをしており,そんな彼を見て、シンちゃんは苦笑していた。


「……静ねぇ?どうしたんだ?物凄く顔が赤いけど?」

「えっ!?そ,そうかな?」


 私は珍しく動揺してしまった。どうやら,先程.言われたことを思い出して熱が冷めてなかったようだ。何かあったのかなと思い,シンちゃんは瑞穂ちゃんを見たが,いつもと変わっていなかったようなので心配ないと思ったのだろう。


 私は気付かれないように気持ちを落ち着けると,そのことに安堵した。

 

「シン~,こっちは準備出来たわよ~。」

「今行く~!それじゃ,俺は梨央君達を奈都姫と一緒に送ってくるから。」


 奈都姫ちゃんに呼ばれた彼は私達にマンションの方を頼むと言った。


「うん。気を付けてね。」

「フレディ,静ねぇを頼むぞ。」

 

 瑞穂ちゃんが頷くのを確認すると,彼は奈都姫ちゃん達と出て行った。


「……姉ちゃん,俺は動くぞ。」

「……えっ!?」

「止めるのは勝手だが,俺は自分の思う通りに動かせてもらう。」


 一体,瑞穂ちゃんは何をする気なんだろう?珍しく口数も多いし,いつもより感情的にもなっているような気がした。そんな彼を見て,私は不思議に思ってしまった。

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