第20話 婚約者たちとの朝
――チュンチュン。
朝の5時過ぎ,5月も下旬に差し掛かり,日の出も徐々に早くなってきていた。
そんな中,俺は新しく自室となった和室で既に15分以上も瞑想に浸っていた。
何も考えず,深い深呼吸を繰り返したが,ここ最近,色々と忙しい事が多かった性か,色々と雑念が混じってしまう。
いかんな……。俺もまだまだ師父のようには行かないか。
その気になれば,あの人は半日以上は座禅を組んでいるとんでもない人なのだ。
本当にあの人が学校の先生になったのは何でだろうと今でも謎だ。
「それにしても,本当に和室って落ち着くよなぁ……。」
目の前の床の間に置かれている掛け軸を見ながらそう呟いた。
隣の違い棚にも親父に譲ってもらった骨董品を置いてオシャレな雰囲気な和室となっており,机も和室に合うように文机に変えてみた。
ただ,今までベットに寝ていたのでそちらに慣れていた性か,布団ではなく特注で和室に合うベットを探すことになってしまった。
そして,今まで俺が使っていたベットは奈都姫が使っているという……。
いかん,また雑念が……。
――コンコン
和室とリビングの間にある扉からノックするような音が聞こえた。
何で障子じゃなくて扉があるんだって?
実はこの和室の場所だけ二重扉になっていて障子の向こうに小さな玄関のような場所があるのだ。
俺は障子を開けてスリッパを履くと扉を開けた。
「おはよう,シン。今から走りに行くけど一緒にどう?」
ランニングウェアに着替えていた奈都姫はどうやら走り込みに行くらしい。
毎日,欠かさず続けているとは聞いていたが,流石だなと思った。
「ちょっと待っていてくれ。直ぐに着替える。」
「うん。それじゃ,リビングで待っているから。」
奈都姫はそう言うと扉を閉めて俺は急いで着替えて準備をした。
******************************
「それにしても,いつもこんな早くから走り込んでいるのか?」
近くの大きな公園を3週ぐらい走り込んでいると,二人は持って来た水筒に口を付けながら話し込んでいた。
俺は久しぶりに走り込んで少し息が上がっていたが、奈都姫は慣れているのか,まだまだ平気そうにしていた。
「お父さんが毎日走り込んでいるからそれに付き合っていたらこうなったのよ。」
「なるほどな。おじさんは結構忙しいのか?」
彼女の父親は県警察本部に勤務する警部であり,彼女が風紀委員会に所属している理由は父親の影響であった。
親父と真逆で爽やかな見た目の真面目な人であり,警察官には見えない人なのだ。
だが,そんなおじさんは俺の母が亡くなった事件で責任を感じて警察官を辞めようとしていた時期もあった。
「忙しいけど,今は少し落ち着いたみたい。お義母さんに心配するから電話は毎日欠かさずするようにって帰ってきたら怒られていたわ。」
「おばさん達とは上手くいってるのか?」
「上手く行き過ぎているわね。人前であんなにイチャつかないでよっていうぐらい熱々よ。
新しくできた義弟と義妹のことを思うと彼女は溜息を吐いた。
そういえば,梨久ちゃんは小学校に入ったばかりだよな?
しばらく会ってなかったが,久しぶりに顔を合わせに行くか……。
婚約の説明もしないといけないだろうし……。
「……でも,よかったよ。」
「シン?」
「おじさんもやっと前を向いてくれて。一番責任を感じていたのはおじさんだったからな。何も悪くないのに……。幸せになってくれて本当によかった……。」
「そうね。…………ありがとう,シン。」
奈都姫も俺の言いたいことが分かったのか,ただ一言だけお礼を言ってそれ以上は何も言わなかった。
ただ,少ししんみりさせてしまったことは申し訳なく思い,気付けば,昔の様に奈都姫の頭を撫でていた。
「シ,シン!?」
「おっと,悪い。それよりも,もう少し走ろうか。先に行っておくぞ。」
「あ,待ちなさいよ!!」
俺は恥ずかしさを隠すために奈都姫から手を離すと先に走り出した。
幼い時からそうであったが,俺は好意がある人に頭を撫でる癖があるらしい。
静ねぇのしていることが移っただけかもしれないが,小学校の時に付き合っていた奈都姫がよく泣いていた時は慰めるために頭を撫でていたことがあったのだ。
信じられるか?奈都姫って小学校の頃はやんちゃで泣き虫だったんだぞ?
正義感が強い所は変わっていないが,あの事件を得て本当に精神面は強くなったと心の底から思った。
「遅いぞ,奈都姫。早く帰ってお昼のお弁当も作らないと駄目何だろう?」
「わかっているわよ!そう思うなら少しはペースを落としなさいよね!」
「だが,断る!」
定番の台詞を吐きながら俺達は急いで自宅のマンションまで走って帰った。
******************************
「3人とも,忘れ物はないな?」
「ないわよ?」
「大丈夫!」
「シンちゃん,戸締りは私と保衣美ちゃんでやったから問題はないわ。」
静ねぇにそう言われて俺は玄関から再度中を見渡した。
特に問題はなさそうだな。
そう思うと俺はいつも通り誰もいない部屋に声を掛けた。
「行ってきます。」
「「行ってきます。(行ってきます!)(行ってきま~す。)」
誰に声を掛けたかは分からないが,俺と同じように3人も家の中に声を掛けるとマンションの鍵を閉めた。
奈都姫と静ねぇの鍵も今度作らないと駄目だなぁと考えながら俺達はマンションを出ると学園に向かって歩き出した。
「風間君,おはよう~。千堂さん達もおはよう~。」
「風間副会長,おはようございます!4人とも仲がいいですね!」
下級生や上級生に声を掛けられて俺は少し苦笑してしまった。
だが,婚約騒動は落ち着いてきたが,その弊害は未だに残っていたのだ。
その1つがこれだ。
「おっす,風間!朝から美少女3人を連れて登校とは羨ましい限りだな!……お願いだ,風間!お前の知り合いの女子を紹介してくれ!もう女は作らないだろう?」
「何故,風間ばかり……何故,風間ばかり……。いや,逆にこれはチャンスではないのか!?風間はこれ以上,女を増やすことはないのだから!」
「……男子達,目が血走っているわね。」
「まあ,俺がこれ以上女を作らないと思って好きな子がいた男子達は女子に告白しに行ったんだろう。…………大半が玉砕しているって聞いているけど。」
俺の婚約者が正式に決まったことで今まで大人しかった男子達が一斉に女子に告白をする行動に出たのだ。
それを聞くと,男子達ってバカなの?と奈都姫が呆れたように言った。
まあ,女子達の気持ちが直ぐに傾くはずもないので焦り過ぎだと確かに思うが,今までの反動なら仕方ないだろう。
そして,女子達の方も変化があった。
「静ねぇ,フレディはどうしてる?」
「瑞穂ちゃんなら大丈夫よ。隠れてやり過ごしているって言ってたから。」
「お兄ちゃんが無理だと判断したら,今度はパパ達が標的になるなんてね。」
2つ目の弊害。
俺がもう無理だと判断すると,女子達の一部は俺の男友達である拓人やフレディを狙うようになったのだ。
最初はリュウや銀も狙われていたが,銀は余程の怖い者知らずでない限り声は掛けないので皆遠目から熱い視線を送っているだけなのだ。
ん?リュウはどうしたかって?
あの変態思考を目の当たりにして早々に女子達はリュウを嫌厭し出したのだ。
折角のチャンスを台無しにしてどうするんだ……。
「でも,白ちゃんは喜んでいたよ?隠していたことを大っぴらにできるって。」
「まあ,確かに怪我の功名というか,これであの二人は学園公認のカップルにも慣れたからな。……俺だけ鬼畜シスコンと言われずに済んで助かったぁ。」
あまりにも拓人に対して告白が多かったことで,真白ちゃんが我慢の限界となり,兄妹で付き合っていることを自爆してしまったのだ。
だが,意外にも批判的な反応は少なく,やっぱり二人は付き合っていたのか!?と何名か薄っすらと気付いていたようなのだ。
そう考えると,学園内では色々と物事はいい方向に向き始めていると感じた。
「(だが,未だに解決できていないことは山ほどあるからな。義理とはいえ兄妹での婚約を良く思わない人達もいるだろうし,奈都姫の周りも今は大人しいが,未だにお金目当ての女子達は俺の事を諦めていないからな……。)」
そう思うと,色々と考えねばならないことも多いよう気がしてきた。
まあ,今は特に何もなさそうだし,久しぶりの平和な学園生活を満喫しますか。
「とりあえずは中間テストの結果だな。3人はどうなんだ?」
「う~ん,今回もいつも通りかな。」
「私もかな。天野君が居るから学年トップは難しそうだから。」
「シンはまた10位前後なの?本気を出せばいいのに……。」
「俺はもう本気を出すつもりはない。気が向けば本気を出してもいいが……。」
他愛もない話をしながら歩いていると,気付くと正門近くまで歩いて来ていた。
「……あれ?また,学生達が固まっていない?」
「そうね。でも,渚沙ちゃん達がいない所を見ると大したことではないのかしら。」
何事かと思い俺達は学生達が固まっている中心を見ると,そこには俺達とは違う学園の制服を来た金髪のイケメン男子が居たのだ。
芸能人かな?と思ったが,こちらの存在に気付くと男性は俺に声を掛けて来た。
「君が風間新之助君かな?初めまして,俺と同じ生贄になった男子君。」
「…………えっ?」
俺は今始めて自分と同じ境遇に合ってしまった男子生徒と邂逅したのだった。
******************************
次回:白腹先輩という名の腹黒先輩 お楽しみに!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます