第16話 「じゃあ,私が婚約者になろっか?」

「今の話って本当なの!?」

「間違いないです!私も奈都姫と一緒にいましたから!」


 廊下を走りながら渚沙さんは生徒会室に入って来た女の子から事情を聞いていた。


【上の階から水が落ちてきて奈都姫がずぶ濡れになった!】


 正直,聞いた時は誰かの悪戯かと思ったが,問題はその後だ。


 何と,水が入っていたバケツまで一緒に落ちて来たというのだ。


 幸いにも奈都姫は運動神経がよかったのでバケツを避けることはできたが,一歩間違えれば大惨事になっていただろう。


 だが,その水が落とされた階も問題があって……。


「4階から落とされたって本当なのか?」

「それは間違いないよ。一瞬だけど,4階に誰かいた気配があったから。」


 4階か……。


 例え水であっても落下する衝撃によっては大怪我を負うことだってあるのだ。


 彼女は大丈夫そうにしているとは言っていたが,もしもということがあり得る。


 そう思いつつ,急いでいると保健室に辿り着き,勢いよく扉を開けた。


「奈都姫,無事か……!?」

「なっ!?」


 俺と渚沙さんは目の前の光景を見て絶句してしまった。


 まあ,驚いたと言っても別の意味でだが……。


 何せ,目の前には男に取っての楽園が広がっていたからだ。


「ぐへへへへ,いいもん持ってるのう,奈都姫さんや。」

「ちょ……天音,やめ……んっ……。」


 今,俺達の目の前では下着姿の奈都姫が犯罪予備軍こと宮小路天音嬢に後ろからその豊満なたわわを鷲掴みにされてあられもない姿を晒していたのだ。


 しかも,天音のやつ,何処ぞの悪代官みたいな顔をしているぞ。


 お前ってロリショタ以外にもそっちもいける口だったのか……。


「何やってるのよ,あなたは!!」

「ふぎゃあ!?」


 姉御に物凄い勢いで飛び蹴りをされた天音はそのまま折檻コースとなった。


「……あ~,奈都姫。大丈夫か?」

「はぁ……はぁ……ん,シン!?ど,どうしてここに!?」

「いや,お前の友達に聞いて心配して,な。それよりもだ…………まずは服を着てくれないか?正直,目のやり場に困る……。」

「えっ……!?」


 顔を逸らした俺にそう言われて奈都姫は顔を真っ赤にすると,しゃがみ込んでこちらを睨み付けた。


 いや,睨まれても俺悪くないし……。


 だが,保健室にいたのはどうやら二人だけではなかったみたいだ。


「お兄ちゃん!!何してるの!?なっちゃんの裸,見ちゃダメぇぇぇ!!」

「保衣美!?お前,奈都姫達と一緒に……。」

「こっち向いちゃ駄目でしょう!!!」


 ズブリと右手指の2本で目を潰された俺はそのまま床に転びながら絶叫した。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!??目が!?目が!?」


 義妹よ,その技は絶対に誰にもしちゃ駄目だぞ…………。


 ******************************


「お,お前,なんて羨ましいことを……。」


 先程の事情を聞いたリュウは俺を恨めしそうに見ていた。


 リュウよ,変わってもいいが,マジで死ぬぞ?


 本気で失明したかと思ったんだからな。


 俺は手の平を合わせてごめんなさい!!と謝っている義妹を見た。


 そして,未だに犯罪予備軍女子こと天音は姉御に説教されていた。


「それで奈都姫。怪我の方は大丈夫なのか?」

「えっ!?け,怪我は大丈夫よ?ただ,制服がびしょびしょになったから予備の制服に着替えようと思って……。そうしたら,ほいみん達が慌てて入ってきて先程のように天音が……!?シン,さっきのは忘れなさい,いいわね!!」

「別に気にする必要もないだろう?何回も言うが,下着姿など見慣れている。」

「そう言う話じゃないでしょう!!!」


 怒鳴る奈都姫を他所に内心では結構ドキドキしていた。


 何せ,下着姿を見慣れていると良く言っているが,それはあくまで中学までだ。


 正直に言うと,高校に入ってからは一度もないのだ。


 おまけに,中学を卒業してからスタイルも更に良くなった性か,俺は先程の光景を思い出すと本気で悶えそうな気分なのだ。


「それで,犯人は分かったのか?」

「それが全然。瑞穂君と由美が先生達と調べているって。」


 合流してきた拓人が奈都姫に尋ねると状況を説明してくれた。


 フレディと寝屋川はまだ現場に居て先生達と状況の確認をしているらしい。


「まさか,奈都姫に嫌味を言っている子達じゃないでしょうね!?今の状況だとあの子達が一番あり得そうだわ。」

「でも,お姉様。そんな悪戯をしただけではまったく意味がないと思いますが?」

「……あまり言いたくないが,彼女達は半分自棄になっているんだろう。」


 溜息を吐くと呆れた顔で拓人は奈都姫を見た。


「認めたくはないんだが,彼女達の中ではこいつの最後の婚約者は東条で決まっているんだろう。だからこそ,最後の抵抗をしようとしたんだと思うぞ。」

「えっ?拓にぃ,それってどういうこと?」

「期限は残り2日,その2日の間にどうやってこいつを振り撒かせるんだ?自分以外に狙っている女子達が大勢いる中でどうやってアプローチを掛けるつもりだ?」


 拓人にそう言われて納得した。


 彼女達はもう自分達が最後の枠に入ることはできないと諦めているんだろう。


 そして,その心情を加速させたのが,昼間に銀が言った発言だと確信した。


『邪魔なら全員退学させようか?』


 あの言葉はおそらく本気だろう。


 そして,龍之介兄さんがカンカンに怒っている,要するに風華グループ次期後継者が今回の件をかなりご立腹だと言うことだ。


 彼女達もやはり自分達の命が大事だ。危険を犯してまで無茶はしたくないのだ。


「あれ?てことは,シンの最後の婚約者ってもう奈都姫で確定じゃね?」

「だから俺は最初からそう言っている。だが,東条自身はどうなんだ?」

「私は,その……。」


 俺をチラッと見ると困った顔をした。


 一応,偽装婚約というのは話はしているが,やはり複雑な心境なのだろう。


 奈都姫の友人はこれはチャンスだよと奈都姫を応援しているが,彼女は本当に困っていた。


「(だが,奈都姫が無理なら誰に頼もうか……。天音は家の関係上,色々と問題があるし,寝屋川だと場合によっては生家が何か違いするかもしれないし。)」

「う~ん……。」

「は~い,1ついいかな?」


 俺が悩んでいると,先ほどまで折檻されていた天音が手を上げた。


「婚約者は奈都姫でいいと思います!」

「ちょっと,天音!?何,勝手に……。」

「え~,だってさ。責任取ってもらわないと駄目でしょう?」

「…………責任?」


 ニヤニヤした顔で見る天音を俺はどういうことだ?と考えた。


 そう考えていると,リュウも納得したのか,ポンッと握り拳で手を叩いた。


「あ,言われてみれば,シンは責任取らない駄目だわ。」

「……本当にどういうことだ?あと,何でお前までニヤニヤしている?」

「お前,本当に分かってないのか?後、奈都姫も。さっきお前達は何があった?」

「何があったってそれは……!?!?」

「おまっ!?」


 リュウに言われて俺と奈都姫は顔を真っ赤にした。


 強引な方法ではあるが,奈都姫に嫌味を言う女子達も仕方がないと思うだろう。


 何せ,あれは偶然とはいえ,100%俺が悪いからだ。


「だ,だが,それだと奈都姫の意思を……。」

「風間君,もし奈都姫を選ばないって言うなら全校生徒に保健室で奈都姫の下着姿を見て襲ったって言い触らすから。ちなみに,証拠は押さえてるわよ。」

「渚沙さん,それ脅しでしょう!?」

「それで,奈都姫はどうするの?お膳立てはばっちりよ?」


 俺を無視して姉御は奈都姫にそう聞くと保衣美も奈都姫と一緒がいいと彼女にお願いをしていた。


 だが,彼女は何も言わず,俯いて何か考え込んでいた。


「皆,やっぱり無理やり勧めるのは……。」

「……待って。」

「奈都姫?」

「シン,まだ枠って1つ空いているのよね?それで,決まりそうにないのよね?」

「あ,ああ。」

「…………じゃあ。」


 俺の前に来ると上目遣いで顔を覗き込まれた。正直,ドキッとしてしまった。


「私が,婚約者になろっか?」

「!?……いいのか?」

「良いも何も,私がならないと後一人は絶対に決まらないんでしょう?」

「まあ,そうだな。それに,奈都姫となら気兼ねなく居られるのは確かだよ。」

「じゃあ,決まりね。あ,今更文句は言わせないわよ?」

「そんなつもりはないさ。……奈都姫,改めてよろしくな。」

「ええ!!」


 彼女は少し照れた顔で笑った。その顔は少し嬉しいのかなとも思えた。


 そう思ってくれているなら俺も嬉しく思い,微笑みそうになったが,それよりも今は周りの視線が気になって仕方がなかった。


「いや~,煽ったのは私達だけどこれは……。」

「何だろう……。俺,物凄く複雑な気分なんだが……。」

「二人とも,間違っても学園で不純異性交遊はするんじゃないわよ?」

「「っ……しませんから!!」」


 渚沙さんにそう言われて俺達は反論し,保健室にいた皆は笑い出した。


 こうして,俺の婚約騒動は一旦,落ち着いたのだった。…………多分?



 ******************************



 次回:婚約した?なら,同棲だ! お楽しみに!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る